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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第9章 同じ顔、違う人生

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パン屋さんが鎧を着ている

見慣れた村に、見慣れない兵舎がありました。

コヨリは知っている顔に会います。

でも、その人はコヨリを知りません。

 青い空の下に落とされた瞬間、コヨリは顔から草むらに突っ込んだ。


「むぐっ」

「勇者様、開始位置は初期村外縁です。顔面着地によるダメージはありません」

「心にはある!」


 草を吐き出しながら起き上がると、コヨリの視界にミルカ村の木柵が入った。井戸の位置も、広場へ続く道も、畑の並びも、見覚えがある。何度も死んで、何度も通った場所だから、平和そうな景色ほど信用できない。


 コヨリはまず足元を見た。次に柵、井戸、空、屋根、道端の石を順番に見る。


「ログル、罠っぽい?」

「足元は安全です。井戸の横に小さな訓練用の杭がありますが、踏まなければ問題ありません」

「踏まなければ、って言われた瞬間に踏む未来が見える」

「見えているなら避けてください」


 ログルは肩の上で地図帳を開いた。いつもの地形地図とは違い、余白に人物欄が作られている。コヨリが昨日、震える字でミーナとカイの名前を書いたページだ。


 村へ入ると、コヨリはすぐに違和感に気づいた。


 パン屋の看板がない。


 そこにあったのは、小さな兵舎だった。扉の横には槍が立てかけられ、壁には手入れされた革鎧が吊ってある。焼きたてパンの匂いの代わりに、油と鉄の匂いがした。


「待って」

「はい」

「ここ、パン屋さんの場所」

「地形座標は一致しています」

「じゃあパン屋さんは?」

「役職差分の可能性があります」

「役職差分でパンが槍になるの、振れ幅おかしくない?」


 その時、兵舎の扉が開いた。


 出てきたのは、ミーナだった。


 顔は同じ。大きな手も、笑うと目尻に皺が寄る感じも、コヨリの記憶にあるパン屋のおばちゃんと同じだった。けれど彼女は白い前掛けではなく、革鎧を着ていた。腰には短剣、背中には丸盾。手には、焼きたてパンではなく訓練用の木槍を持っている。


「おや、見ない子だね。旅の子かい?」


 コヨリの口が、勝手に動きかけた。


 ミーナさん。


 でも、声にはしなかった。ログルの尻尾が、コヨリの頬を軽く叩いたからだ。


「勇者様」

「分かってる。知らない人。今は、知らない人」


 コヨリの腹が、きゅう、と鳴った。


 緊張していたのに、体は正直だった。ミーナは一瞬きょとんとして、それから鎧の腰袋を探る。取り出したのは、布に包まれた硬い携帯食だった。


「腹が減ってちゃ、勇者もできないよ。ほら、食べな」


 同じ言葉だった。


 パン屋のミーナが、かつてコヨリにくれた言葉と、ほとんど同じだった。


 けれど、目の前のミーナはコヨリを知らない。心配そうに見ているのは、見知らぬ幼い旅人に対してであって、死に戻りを繰り返してきたコヨリにではない。


 コヨリは携帯食を受け取った。指先が少し震えたのを、ログルは見ていた。何も言わず、人物欄に静かに書き込む。


【ミーナ】

【役職:女騎士】

【記憶:なし】

【行動傾向:食べ物をくれる】


「ログル、最後の欄」

「必要情報です」

「泣かせにきてる?」

「泣かせる意図はありません。ただ、重要です」


 ミーナはコヨリの視線に気づいたのか、首を傾げる。


「どうしたんだい。携帯食、硬かったかい?」

「まだ食べてない」

「硬いよ。歯で負けるんじゃないよ」

「パンの注意としておかしい」


 少しだけ笑えた。その一瞬で、コヨリは油断した。


 嬉しさと痛さが混ざったまま、ミーナに駆け寄ろうとした。たった一歩。けれど、この世界では一歩が判定になる。


 足元の土が、ぱかん、と開いた。


「うそおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 コヨリの体が半分沈み、訓練用の槍罠が横から飛び出した。致命傷ではない。だが、幼女勇者のHP15には十分すぎる。視界の端でミーナが慌てて手を伸ばす。


 暗転。


【死亡ログ】

【死因:パン屋さんだと思って走ったら女騎士の訓練罠を踏んだ】

【評価:顔だけで判断しないでください】

【新規獲得:顔で判断しない Lv.1】


 白い拠点に戻ったコヨリは、ネムの受付前で膝を抱えた。


「顔だけで判断しないって、分かってたもん」

「分かっていても足は動きました」

「ログル、優しく言って」

「かなりつらい罠でした」

「罠の感想じゃなくてわたしへの優しさ!」


 ネムは台帳に判を押しながら、眠そうに言った。


「今回は調子に乗った死ではなく、感情で足が出た死ですね」

「分類が細かい!」


 次の挑戦で、コヨリは兵舎の前に立っても走らなかった。ミーナが携帯食を差し出してくれた時も、足元を見て、杭の位置を確認し、ゆっくり手を伸ばす。


 硬い携帯食を受け取る。今度は罠を踏まない。


「えらい、わたし」

「はい。かなりえらいです」


 ミーナは不思議そうに笑った。


「変な子だねえ。まあ、腹が減ったらまたおいで」


 コヨリは携帯食を抱え、地図帳に新しい線を引いた。パン屋の場所には、兵舎の記号。ミーナの名前の横には、小さなパンの絵と盾の絵を両方描く。


 同じ顔。違う仕事。覚えていない人。


 でも、食べ物をくれた。


 コヨリは胸の奥が苦しくなるのを、携帯食の硬さのせいにした。


【今回の死亡ログ】

累計死亡回数:58回

シード088内死亡回数:1回

死亡時レベル:Lv1

死亡時HP:0/15

今回の死因:【パン屋さんだと思って走ったら女騎士の訓練罠を踏んだ】

評価:【顔だけで判断しないでください】

新規獲得:【顔で判断しない Lv.1】


【今回の勇者ステータス】

現在シード:シード088

累計死亡回数:58回

シード088内死亡回数:1回

クラス:地図師候補

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済みスキル】

【危険察知 Lv.2】

【足元確認 Lv.2】

【未識別警戒 Lv.2】

【罠感知 Lv.1】

【射線確認 Lv.1】

【間合い管理 Lv.1】

【地図読み Lv.1】

【ルート選択 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【顔で判断しない Lv.1】

更新候補:【シード差分確認 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ:知っている顔を見て足が出た。死因は痛いが、心の方がもっと痛い。

ログル:優しく言ってほしい場面で正確な分類をする相棒。悪気は少ない。

ミーナ:このシードでは女騎士。コヨリを覚えていないが、やはり食べ物をくれる。

ネム:死亡受付担当。感情で足が出た死を淡々と分類する。


【ローグライクあるあるメモ】

見えている罠でも、焦ったり嬉しかったりすると踏みます。今回は宝箱ではなく知っている顔が罠でした。足元確認は、感情にも必要です。


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