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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第8章 魔王が近すぎるシード

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魔王討伐は帰還条件ではないかもしれない

魔王城の地下で、古い扉の情報に近づきます。

倒すべき相手は、本当に魔王なのか。

でも強制戦闘装置は空気を読みません。


 何度も死んで、魔王城外縁と地下通路の地図ができた。


 正門は通らない。

 補給庫では、支払い前に商品を持たない。

 階段横の宝箱は後で考える。


 危険地帯で地図を書かない。

 場所替え先の床を見る。

 未識別巻物は安全地帯で読む。


 当たり前のようで、当たり前にできなかったことが、死因ログと一緒に積み上がっている。


「ログル、確認」

「はい」

「支払い」

「済みです」

「手持ち」

「購入済みの罠消しの巻物、眠り玉、小石袋改、短弓、場所替えの杖一回」

「出口」

「青線の先です」

「腹減らずの腕輪」

「置いてきました」

「えらい、わたし」

「かなりえらいです」


 魔王軍補給庫で、アリアは丁寧に頭を下げた。


「お買い上げありがとうございます。今回は会計済みです」

「今回は、が胸に刺さる」

「魔王軍では事実を重視します」

「知ってる。痛いほど」


 わたしは補給庫を出た。今回は、警報は鳴らない。

 それだけで少し泣きそうになる。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 地下通路では、訓練モンスターハウスに入った瞬間、わたしは動かなかった。


 前は叫んで死んだ。今回は叫ばない。


 心の中で叫ぶ。でも、声は出さない。

 床に薄いマス目が走る。敵の位置、罠の気配、通路の出口、射線。


「ログル」

「右に眠り玉。左に霜ふり床。正面は盾ゴブリンで詰まります」

「雷は?」

「自分もしびれます」

「使わない」


 一手。眠り玉を投げる。

 遠距離魔法兵が眠る。倍速コウモリが進む。番犬が一歩近づく。


 一手。

 霜ふり床。

 倍速コウモリが滑る。わたしも滑りかけるが、壁ぎわで止まる。


 一手。

 小石で警報床を確認。


 鳴らない道を抜ける。

 怖い。


 でも、今回は死んでいない。

 地図の青線が、わたしの足元につながった。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 地下執務室で、魔王ゼルドとベルが待っていた。

 ゼルドは黒いマントを整え、少し驚いた顔をした。


「よく来たな、幼き勇者」

「今回は正面から来てないので生きてます」

「正面門はおすすめいたしません。来客死亡率が高すぎますので」


 ベルの一言は、やけに説得力があった。


「魔王軍が言うと重い」


 わたしは机の前に立つ。今度は、床を確認してから。


「魔王さん。もう一回聞くね」

「うむ」

「魔王さんを倒したら、わたしは帰れるの?」


 ゼルドは、静かに首を振った。


「少なくとも、余はその条件を知らぬ」


 ベルが黒塗りの多い書類を広げる。


「魔王軍管理文書にも、勇者様の帰還処理は記載されておりません。魔王討伐後の世界再生成処理については、神様側の資料がほぼ黒塗りです」

「黒塗り」

「行政文書のような不穏さです」

「自分で言わないで」


 ベルは別の図面を出した。


 魔王城地下のさらに奥。そこに、古い扉のような図がある。

 王都地下で見た扉の痕跡と似ていた。

 でも、完全には同じではない。


 扉の周りには、いくつもの空欄がある。

 名前。座標。時間。記憶。縁。扉。

 ログルの額の宝石が、小さく震えた。


「帰還因子の反応に似ています」


 わたしは、胸の奥が冷たくなるのを感じた。


「魔王さんを倒しても、その扉は開かない?」

「余を倒して開くなら、余はもっと厳重に管理されているはずだ」

「魔王さん、言い方」

「魔王らしい言い方をした」

「不適切ですが、要旨は合っています」


 ベルが真顔で補足した。わたしは、笑えなかった。


「じゃあ、わたし、何回死んで、何を探してたの」


 答えは、すぐには返ってこなかった。

 ログルも、ゼルドも、ベルも、黙っていた。


 その沈黙を、明るい声が壊した。


「勇者と魔王が戦わないまま終わりそうだね!」


 空気が、最悪の方向に動いた。


 床に光の円が走る。


【勇者魔王決戦用訓練影】


 床から、黒い影が立ち上がった。


 観客席の幻影が壁に浮かぶ。どこからか、安っぽいラッパの音が鳴る。


「さあ、最終決戦です!」


 わたしは真顔で床を見た。


「ログル」

「はい」

「これ、床が悪い」

「はい。床が悪いです」


 決戦円の内側にいると、勇者と魔王へ自動で攻撃が飛ぶ。外へ出ようとすると雷。真ん中の核を壊せば止まりそうだが、周りには警報床がある。


 ゼルドが魔力で黒い影を押さえる。


「勇者よ、余を倒すな」

「倒さない。倒す相手、たぶん神様の雑な床」


 ベルが書類束を床へ投げる。決戦円の光が少し乱れた。


「書類で止まった!」

「物理的な紙束も、量があれば障害物です」

「魔王軍事務、強い」


 わたしは罠消しの巻物を取り出した。


 全部消すと、たぶん暴走する。


 罠師の死因ログが、頭の中で警告した。


 線の一部だけ切る。逃げ道を作る。

 場所替えの杖を握る。

 核と入れ替われば、一気に近づける。


「移動先」


 ログルの短い声。わたしは止まった。


 見る。核の近くは安全。だが、背後に警報床がある。


「やめる」

「良い判断です」


 わたしは小石袋改を構えた。

 銀の矢ではない。貫通させない。余計な警報を起こさない。


 小石を一つ、核へ投げる。


 一手。

 石が核を叩いた。

 ひびが入る。


 ゼルドの魔力が影を押さえ、ベルの書類束が床の光を塞ぎ、ログルの宝石が安全な一手を示す。


 もう一つ。

 核が割れた。

 決戦円が消える。

 観客席の幻影も消える。


 安っぽいラッパの音だけが、最後に情けなく鳴った。

 ゼルドが息を吐く。


「勇者よ、余を倒さずに勝つとはな」

「倒す相手を間違えない練習中です」


 ベルが書類を拾いながら言う。


「では、今回の会談結果をまとめます」

「会談扱いなんだ」

「魔王軍は記録を残します」


 ログルの宝石に、静かな文字が浮かぶ。


【帰還情報:魔王討伐条件に疑義】

【拠点登録:魔王城外縁地図】

【拠点登録:魔王軍苦情書類の断片】

【拠点登録:ベルの勤務表メモ】

【シード地図室:仮拡張】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 拠点に戻ったわたしは、壁の【帰る】を見た。


 その下には、これまでの手がかりが増えている。


【縁】

【名前】

【扉】

【座標】

【記憶】の小さなノイズ。


 そして、ログルが新しく書き足した。


【魔王討伐条件:未確認】


 わたしは、しばらく黙った。


 怒りたい。


 叫びたい。


 でも、今は少し違った。


「ログル」

「はい」

「魔王さん、敵?」

「現時点では、敵対対象です」

「でも、苦情仲間?」

「......その表現なら、かなり近いです」


 リュシアが酒場側から顔を出した。


「苦情仲間なら、反省会に席いる?」


 わたしは真顔で答えた。


「いる。魔王さん用の胃薬もいる」

「拠点備品に追加しますか」

「追加」


 ログルの宝石に、ひどく真面目な文字が浮かんだ。


【拠点備品候補:魔王用胃薬】


「帰る道を探してたら、魔王さんの胃を心配することになると思わなかった」

「今回のシード、かなり複雑でした」

「うん。でも、少し分かった」


 わたしは壁の文字を見上げる。


 帰る。


 魔王を倒すだけじゃない。

 扉を探す。因子を集める。神様の雑な説明を、こっちで検証する。


 そのために、まずは地図だ。

 死なずに進むための地図。

 逃げるための地図。

 帰るための地図。



【今回のクリアログ】

クリア時レベル:Lv10

クリア時HP:27/61

クリア時満腹度:41

持ち帰り成功:【魔王城外縁地図】【魔王軍苦情書類の断片】【ベルの勤務表メモ】

拠点登録:【魔王城外縁地図】【魔王軍苦情書類の断片】【ベルの勤務表メモ】

解放施設:【シード地図室 仮拡張】

帰還情報:【魔王討伐条件に疑義】【魔王城地下に古い扉の反応】


【今回の勇者ステータス】

現在シード:シード066

死亡回数:57回

クラス:地図師候補 確定/盗賊適性 発現

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済みスキル:【危険察知 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.4】【射線確認 Lv.3】【盤面確認 Lv.1】【間合い管理 Lv.1】【おとも管理 Lv.1】

今回の新規獲得・更新:【地図読み Lv.3】【外縁地図作成 Lv.1】【ルート選択 Lv.1】【泥棒判定警戒 Lv.1】【強制部屋事故警戒 Lv.1】【魔王会話ログ Lv.1】

統合:【門前警戒】【警報床警戒】【逃走ルート記録】【赤線青線記録】→【外縁地図作成 Lv.1】

統合:【支払い前に深呼吸】【備品持出判定警戒】【押し出し泥棒警戒】【レア棚耐性】→【泥棒判定警戒 Lv.1】

統合:【モンスターハウス初手停止】【大部屋化警戒】【強制イベント警戒】→【強制部屋事故警戒 Lv.1】


【ローグライクあるあるメモ】

強い敵は倒すより避ける。店では欲に負ける前に会計と出口を確認する。未識別巻物は安全な場所で読む。モンスターハウスでは一歩動く前に盤面を見る。

全部、分かっているようで本番では忘れがちなやつです。

コヨリは七回くらい痛い目を見て、ようやく「魔王城では戦うより地図を描く」ことを覚えました。


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