魔王様、労働環境の件でお話があります
魔王城の裏口から、ついに魔王ゼルドと対面。
魔王は怖い。
でも、書類に埋もれた魔王はちょっと気の毒です。
魔王城外縁の地図が、だいぶ埋まってきた。
門は危険。
補給庫は欲と規則が危険。
階段横の宝箱は危険。
危険地帯で地図を書くのも危険。
つまり、だいたい危険。
「ログル、この地図、危険しか書いてない」
「安全な場所もあります」
「どこ?」
「今いる拠点です」
「攻略先に安全地帯をください」
それでも、進まなければ情報は増えない。
わたしは地図に青線を引いた。
村の井戸裏から、城壁の影を通り、補給庫の裏を抜ける。番犬の昼寝時間を待ち、盗賊番ゴーレムの巡回が西へ行った瞬間に、裏口へ入る。
勇者というより、不審者の動線だ。
でも、これが一番死ににくい。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
裏口の扉は、拍子抜けするほど普通だった。
黒い鉄扉ではなく、木の扉。取っ手も普通。罠の匂いは薄い。
「普通すぎる」
「警戒しますか」
「する。普通は罠」
足元を見て、壁を見て、取っ手に小石をぶつける。何も起きない。
わたしは扉を開けた。
中は、執務室だった。
大きな机。高い背もたれの椅子。黒い旗。重そうな本棚。
そして、書類の山に埋もれた魔王がいた。
黒いマント。立派な角。鋭い目。威厳はある。
ただし、机の上には【勇者接近警報報告書】【番犬餌代請求書】【補給庫盗難処理控え】【門前罠修理依頼】が積まれていた。
魔王ゼルドは、顔を上げた。
「幼き勇者よ、正面門から来ないとは珍しい」
「正面門は死にます」
「余もそう思う」
「魔王さんも?」
「門前警報の音がうるさくて、余の昼休みが三回消えた」
わたしは、椅子に座った。
「魔王さん、ちょっと相談があります」
「奇遇だな。余もある」
「神様の仕様が雑です」
「完全に同意する」
会話が成立した。
魔王と勇者なのに。
むしろ、神様相手より話が早い。
横の扉が開き、サキュバス秘書ベルが入ってきた。眼鏡をかけ、きっちりした黒い制服を着て、書類束を抱えている。
「魔王様、勇者様接近に関する苦情書類です。なお、神様側への提出分はまた差し戻されました」
「差し戻し理由は?」
「『勇者と魔王は戦うものだから』とのことです」
「雑!」
ゼルドは深いため息をついた。
「余は初期村の隣に魔王城を置くなと三度申請した」
「魔王さん側も嫌だったの?」
「毎朝、村のにわとりの声で目が覚める魔王の気持ちが分かるか」
「ラスボスの朝としては庶民的すぎる」
ベルが資料を机に置く。
「さらに、勇者様が門前で死亡されるたび、魔王軍側にも報告処理が発生します」
「わたしが死んでも魔王さんに迷惑が?」
「はい。死亡報告、警報履歴、罠修理、番犬出動記録が必要です」
「死ぬだけで仕事を増やしてる......」
わたしは少しだけ申し訳なくなった。
でも、悪いのはたぶん神様だ。
「魔王さん」
「何だ」
「わたし、魔王を倒せば元の世界に帰れるって言われた」
ゼルドの顔が、すっと真面目になる。
「余の側に、そのような仕様書は届いていない」
ベルも資料をめくった。
「魔王軍の契約書にも、勇者様の帰還処理についての記載はありません」
「じゃあ、神様の説明、また雑?」
ログルが、わたしの肩の上で静かに答えた。
「少なくとも、未確認です」
わたしは叫ばなかった。
机の端を、ぎゅっと握る。
「......魔王さんを倒しても、帰れないかもしれないんだ」
魔王ゼルドは、少しだけ目を伏せた。
「余を倒して扉が開くなら、余はその仕様を知らされているはずだ」
「知らされてない?」
「ない」
ベルが小さく咳払いをした。
「念のため申し上げますが、魔王軍は勇者様の帰還を妨害する契約も結んでおりません」
「魔王軍、神様より説明が丁寧すぎる」
その時、空から明るい声が落ちてきた。
「勇者と魔王が話し合ってる! イベントの雰囲気が違うね!」
わたしとゼルドは同時に言った。
「帰れ」
「帰れ」
アドミニスの声が弾む。
「じゃあ、緊張感を足しておくね!」
床が開いた。
「足すな!」
わたしだけが、真下へ落ちた。
落下先は、広い訓練室だった。
盗賊番ゴーレム。番犬ケルベロスもどき。遠距離魔法兵。盾ゴブリン。倍速コウモリ。
床には罠。壁には射線。天井には警報の赤ランプ。
完全に、訓練用モンスターハウスだ。
「勇者様、一歩動く前に打開策を」
「話し合い中にモンスターハウス出すな!」
叫んだ。
その叫びが行動扱いになった。
敵が動いた。
「あ」
【死亡ログ】
【死因:魔王との相談中に訓練モンスターハウスへ落とされた】
【評価:会議室にも安全確認が必要です】
【死亡回数:55】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
死亡受付で、ネムは少し眠そうに言った。
「今回は会議中事故です」
「会議室の床が抜けるとは思わないでしょ」
「神様案件ですね」
「全部それ」
拠点に戻ると、テーブルの上に紙片が残っていた。
魔王軍の苦情書類の断片。
そこには、こう書かれていた。
【初期村隣接配置に関する再々抗議】
わたしはそれを見て、ため息をついた。
「魔王さんも、苦労してるんだね」
「はい」
「敵?」
「現時点では敵対対象です」
「でも、苦情仲間?」
「その表現なら、かなり近いです」
【今回の死亡ログ】
死亡時レベル:Lv5
死亡時HP:0/34
死亡時満腹度:63
今回の死因:【魔王との相談中に訓練モンスターハウスへ落とされた】
評価:【会議室にも安全確認が必要です】
新規獲得:【魔王会話ログ Lv.1】【強制イベント警戒 Lv.1】【落下先確認不能 Lv.1】【モンスターハウス初手停止 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード066
死亡回数:55回
クラス:地図師候補/盗賊適性 発現
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済みスキル:【危険察知 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【射線確認 Lv.3】【逃走ルート記録 Lv.1】【階段前欲張り警戒 Lv.1】
今回の新規獲得・更新:【魔王会話ログ Lv.1】【強制イベント警戒 Lv.1】【モンスターハウス初手停止 Lv.1】
拠点登録:【魔王軍苦情書類の断片】
帰還情報:【魔王討伐条件に疑義】
【ローグライクあるあるメモ】
モンスターハウスは、入った瞬間に一歩動くかどうかが命です。
囲まれた時ほど、まず持ち物、通路、巻物、杖、罠の位置を見るのが大事。
コヨリは叫びました。叫びが一手扱いになりました。これはかなりつらい。
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