魔王軍補給庫で支払い忘れたら終わりです
魔王軍補給庫には、夢みたいなアイテムが並んでいました。
夢みたいな値札もついていました。
そして、会計前の一歩は命取りです。
魔王城の門は見るだけで危険。
これは、わたしの中で重要な攻略情報になった。
つまり、正面から近づかない。
村の裏手を回る。畑の脇を抜ける。城壁の影を避けて、赤い射線を踏まない。門番の視界に入らない。
泣きながらでも、学習は進む。
「ログル、わたし今、勇者というより不審者じゃない?」
「魔王軍側の判定では、すでに不審勇者です」
「称号として定着させないで」
城壁の外側を進むと、小さな建物が見えた。
黒い旗。木の看板。窓口。棚。値札。
看板には、こう書かれている。
【魔王軍補給庫】
【関係者以外も購入可】
【無断持出は番犬対応】
わたしは足を止めた。
「お店」
「はい」
「安全地帯?」
「ローグライクのお店は、安全とは限りません」
「お店まで疑わせるな!」
でも、入らない選択肢はなかった。
補給庫の中には、魔王軍の黒い制服を着たアリアがいた。受付嬢だった時と同じ顔。砦の補給係だった時と同じきびきびした動き。
でも、今回は魔王軍側だ。
「いらっしゃいませ。代金は前払いでも後払いでも結構です。ただし、支払い前の商品を持ったまま庫外へ出た場合、自動で備品無断持出判定となります」
「説明が丁寧!」
「魔王軍は規則説明を省略いたしません」
「神様より信用できる」
「なお、事故で押し出された場合も判定は発生します」
「そこは情状酌量して!」
わたしは棚を見た。
そして、息が止まりかけた。
【超天使の種】
【強化の壺】
【分裂の壺】
【腹減らずの腕輪】
【白紙の巻物】
【帰還の巻物】
【保存壺】
【合成壺】
【身代わりの杖】
【場所替えの杖】
棚がまぶしい。
宝石ではない。金貨でもない。
それより危険な光だ。
「ログル」
「はい」
「ここ、天国?」
「魔王軍補給庫です」
「天国より品ぞろえいい」
「値札を見てください」
「見たくない」
値札を見た。
わたしは静かに棚へ背を向けた。
「帰ろう」
「賢明です」
「見たら負ける」
「かなり負けかけていました」
「腹減らずの腕輪がわたしを呼んだ」
「腕輪は呼びません」
「呼んだ。おなかに直接」
腹減らずの腕輪。
満腹度が減りにくくなる夢の装備。
食料不足のシードで、空腹の怖さは骨身にしみている。腐った食べ物も、怪しい草も、爆発するキノコも、全部わたしの胃と死因図鑑に刻まれている。
あれがあれば、どれだけ楽になるだろう。
だが、値段は楽ではない。
「ログル」
「はい」
「一回、持つだけ」
「やめてください」
「買わない。持つだけ。重さを見るだけ」
「それが危険です」
「でも、腹減らず......」
「勇者様」
「はい」
「手が伸びています」
「止めて」
ログルが尻尾で、わたしの手首をぺちんと叩いた。
わたしは我に返る。
「危ない。今、欲で死ぬところだった」
「まだ死んでいません」
「言い方が不穏」
その時だった。
補給庫の外から、訓練用の鉄球が転がってきた。
魔王軍の兵士が遠くで叫ぶ。
「すみませーん! 訓練球、そっち行きましたー!」
「そっちに行かせるな!」
鉄球が入口の段差にぶつかり、跳ねた。
わたしの背中に、どん、と当たる。
一マス。
体が押し出される。
その瞬間、わたしの手は、なぜか腹減らずの腕輪をつかんでいた。
庫外。
所持状態。
【備品無断持出判定】
アリアが、にこやかなまま判子を取り出した。
「盗難処理に移行します」
「違う! 腹は減ってるけど盗む気はない!」
「魔王軍規則では、所持状態で庫外へ出た事実を重視します」
「事実が刃物!」
床が開いた。
盗賊番ゴーレムが四体せり上がる。
通路の奥から、番犬ケルベロスもどきが走ってくる。
天井に弓兵の射線が並ぶ。
棚では、超天使の種がきらきら光っている。
「ログル」
「はい」
「あれ飲めば助かる?」
「未払い品です」
「飲んだら?」
「罪状が増えます」
「死ぬより先に書類が増える世界、やだ」
わたしは、床に落ちていた【高飛び草もどき】をつかんだ。
「これも未払いでは?」
「今さら!」
飲む。
視界が跳ねる。
次の瞬間、わたしは番犬部屋にいた。
三つ首。
十五匹。
全部、こっちを見ている。
「はい」
「はい」
「犬」
「犬です」
「たくさん」
「たくさんいます」
「異議申し立てしたい」
「死後にしましょう」
番犬たちが、同時に吠えた。
【死亡ログ】
【死因:腹減らずの腕輪を持ったまま庫外へ押し出され、備品無断持出判定になった】
【評価:お腹より先に規則が減りませんでした】
【死亡回数:52】
【ロスト:腹減らずの腕輪/高飛び草もどき/理性】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
ネムは死亡受付の机で、魔王軍から送られてきた書類を読んでいた。
「今回は備品無断持出です」
「盗んでない!」
「異議申し立て欄があります」
「あるの!?」
「三十営業日以内に回答です」
「シード終わってる!」
ネムは、追加の紙をめくる。
「魔王軍補給庫から、請求書も来ています」
「死んだのに!?」
「腕輪は回収済みですが、草は消費しています」
「高飛び先が犬部屋だった草にお金払いたくない!」
拠点に戻ったわたしは、反省会テーブルに看板を置いた。
【支払い前に持つな】
少し考えて、さらに書き足す。
【腹減らずの腕輪は、心に刺さる】
ログルが真顔で言った。
「次からは、値札を見てから呼吸してください」
「呼吸にも手順がいるの?」
「今回の棚では必要です」
【今回の死亡ログ】
死亡時レベル:Lv2
死亡時HP:0/19
死亡時満腹度:88
今回の死因:【腹減らずの腕輪を持ったまま庫外へ押し出され、備品無断持出判定になった】
評価:【お腹より先に規則が減りませんでした】
ロスト:【腹減らずの腕輪】【高飛び草もどき】【理性】
新規獲得:【支払い前に深呼吸 Lv.1】【備品持出判定警戒 Lv.1】【押し出し泥棒警戒 Lv.1】【レア棚耐性 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード066
死亡回数:52回
クラス:地図師候補/盗賊適性 発現
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済みスキル:【未識別警戒 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【射線確認 Lv.3】【投擲前確認 Lv.1】【間合い管理 Lv.1】
今回の新規獲得・更新:【支払い前に深呼吸 Lv.1】【備品持出判定警戒 Lv.1】【押し出し泥棒警戒 Lv.1】【レア棚耐性 Lv.1】
【ローグライクあるあるメモ】
店に強化の壺、分裂の壺、腹減らず系の腕輪、白紙系の巻物が並ぶと、プレイヤーの理性はだいたい試されます。
買えれば勝ち筋。盗めれば夢。でも、逃げ道も支払い確認もないまま外へ出ると、番犬や盗賊番が来ます。
コヨリは盗む気がありませんでした。世界は気持ちより位置と所持品を見ます。ひどい。
続きを見守っていただける方は、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると、とても励みになります!




