初期村の隣に魔王城を置かないでください
新しいシードは、初期村の隣に魔王城。
近い。近すぎる。
便利な立地は、勇者にはだいたい罠です。
拠点の作戦ボードに、初期村ミルカの地図が浮かんでいた。
白い線で描かれた村。井戸。畑。村道。そこまでは、いつもの初期村に近い。
問題は、畑のすぐ横に、黒い城の影が置かれていることだった。
わたしは、しばらく黙った。
ログルも黙った。
白い拠点に、気まずい沈黙が落ちた。
「ログル」
「はい」
「この黒いの、何?」
「魔王城です」
「はぃぃ!?村の隣の?」
「はい」
「歩いてどれくらい?」
「勇者様の歩幅で、およそ三十歩です」
「観光地なら便利。勇者なら最悪」
わたしは作戦ボードの前に座り込んだ。
近い。
近すぎる。
魔王城は、山の向こうとか、荒野の果てとか、黒い霧の奥とか、そういう遠いところにあるべきだ。初期村の畑の横に置くものではない。
「ログル、これってバグ?」
「神様は仕様と言うと思います」
「先に言われた。むかつく」
けれど、行かないと進まない。
わたしは深呼吸して、シードに入った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
初期村ミルカの空気は、妙に普通だった。
村人は洗濯物を干している。畑ではおばあさんが鍬を持っている。井戸の横ではにわとりが走っている。
その全部の背後に、黒い魔王城がそびえていた。
朝の日差しを浴びる初期村と、空気を重くする魔王城。
混ぜてはいけない背景素材を、神様が同じ画面に置いた感じだった。
「初期村の景観にラスダンを混ぜるな」
「勇者様、額の宝石にクラス反応が出ています」
ログルの額に、小さな文字が浮かぶ。
【クラス適性:地図師候補】
【盗賊適性:微弱反応】
「勇者じゃないの?」
「勇者で正面突破すると、だいたい死ぬ配置です」
「見た目で分かるやつだ」
わたしは村の入口に立ち、魔王城を見た。
門だけ見て帰ろう。
そう思った。
わたしは本当に、それだけのつもりだった。
だって、初見の魔王城に入るほど、わたしも雑ではない。門の位置、門番の数、射線、罠っぽい床。それだけ確認する。
これなら安全確認だ。
たぶん。
「勇者様」
「言わないで」
「その『たぶん』は、かなり危険です」
「分かってる。でも見ないと地図が描けない」
一歩。
敵は動かない。
二歩。
城壁の上で、黒い影がひとつ動いた。
三歩。
地面に、薄い赤線が走った。
「射線」
「はい。右の城壁からです」
「射線の谷で見たやつ!」
「経験が活きています」
「活きてるのに行きたくない!」
わたしは岩陰を使って、赤線を避けた。
門の前には、小さなゴブリンが立っていた。槍を持ち、鉄兜をかぶり、妙に礼儀正しい姿勢をしている。
「入城許可証はありますか」
「ないです」
「謁見予約はありますか」
「ないです」
「魔王軍関係者ですか」
「違います」
「勇者様ですか」
「違います」
「勇者様です」
「ログル!」
ログルが小さく耳を伏せた。
「事実確認です」
「今は事実を伏せる場面!」
門番ゴブリンは、胸元から笛を取り出した。
「規則により、勇者接近警報を発令します」
「まだ接近しかしてない!」
ピーッ、と音が鳴った。
城壁の上で、黒い影が一斉にこちらを向く。
赤い射線。青白い魔法陣。門の横から、三つ首の番犬が顔を出した。
右の首が火を吐き、左の首が氷を吐き、真ん中の首が眠そうにあくびをした。
「ログル」
「はい」
「門を見ただけ」
「はい」
「入ってない」
「はい」
「なのに?」
「警報です」
わたしは後ろへ一歩下がった。
床が光った。
【来客誘導罠】
ぐい、と足元が引っ張られ、わたしは門の真正面に戻された。
「接客がしつこい!」
もう一歩、横へ逃げる。
床が光る。
また門の正面。
さらに一歩。
また門の正面。
「神様ァ! 店員さんより門番の接客が強引なんだけど!」
城壁の上から矢が降った。
番犬が走る。
門番ゴブリンは淡々と、わたしの額に判子を押した。
【不審勇者】
「判子押されたああああああああああああああ!」
次の瞬間、視界が白く飛んだ。
【死亡ログ】
【死因:魔王城の門を見学して勇者接近警報を鳴らした】
【評価:観光ではありません】
【死亡回数:49】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
死神ネムは、受付の机に置かれた死亡ログを見て、少しだけ首を傾けた。
「今回は見学死です」
「見学死って何」
「見ただけで死ぬやつです」
「初期村の隣に置くな、そんなもの」
ネムは判子を押した。
「不審勇者判定、記録しておきます」
「その称号いらない」
「返却不可です」
「額から消して!」
拠点へ戻ると、わたしは反省会テーブルに看板を置いた。
【魔王城は見るだけでも危険】
ログルがその横に、小さく書き足す。
【門前罠あり】
わたしはさらに下へ書いた。
【門番は礼儀正しいが通報する】
「よし」
「よしではありませんが、情報としては有用です」
「地図って、こういう泣きながら作るものなんだね」
「今回の地図は、かなり涙でにじみそうです」
その後も私は、いろんな理由で魔王城に近づいては、死んだ。
死亡回数+3。だって城が近すぎるんだもん!!
【今回の死亡ログ】
死亡時レベル:Lv1
死亡時HP:0/15
死亡時満腹度:96
今回の死因:【魔王城の門を見学して勇者接近警報を鳴らした】
評価:【観光ではありません】
新規獲得:【門前警戒 Lv.1】【警報床警戒 Lv.1】【不審者判定警戒 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード066
死亡回数:51回
クラス:地図師候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済みスキル:【危険察知 Lv.4】【足元確認 Lv.3】【罠感知 Lv.3】【射線確認 Lv.3】【間合い管理 Lv.1】【おとも管理 Lv.1】
今回の新規獲得・更新:【門前警戒 Lv.1】【警報床警戒 Lv.1】【不審者判定警戒 Lv.1】
【ローグライクあるあるメモ】
入口、階段、店、門。安全そうな場所ほど、踏んだ瞬間に判定が走ることがあります。
今回は魔王城の門前がそれでした。まだ入っていないのに警報。ひどい。
でも「一歩踏んだら敵対」は、とてもそれっぽい事故です。
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