ピヨラ、火がこわい
ドラゴン幼体ピヨラ登場。
火を吹けるかもしれない。
本人は火がこわい。
焼けた草の匂いがした。
火事というほどではない。草むらの先が、ほんの少し黒く焦げているだけだ。けれど、焦げ跡のまわりには、小さな足跡がいくつも残っていた。丸い足跡。ふらふらした尻尾の跡。転んだような羽の跡。
コヨリはしゃがみこんだ。
「ドラゴン?」
「幼体反応です。かなり小さいです」
「小さいドラゴン」
「勇者様、顔がゆるんでいます」
「ゆるんでない」
「口元が戻っていません」
「戻し方を忘れた」
茂みがかさりと揺れた。
出てきたのは、小さなドラゴンだった。翼は体に対して大きすぎて、片方だけ地面に引きずっている。角はまだ丸く、尻尾も自分のものなのに持て余していた。目は涙でいっぱいだ。
「ピヨ......火、こわい......」
コヨリは、その場で固まった。
「ドラゴンが」
「はい」
「火を」
「はい」
「怖がってる」
「はい」
「担当者、呼んで」
空から、やけに明るい声が降ってきた。
「個性だよ!」
「神様、便利な言葉で逃げないで」
「火を怖がるドラゴン、かわいいでしょ?」
「かわいいけど! かわいいけど、本人が泣いてるでしょ!」
ピヨラはくしゃみをした。小さな火花が鼻先でぱちんと散る。本人がそれに驚き、翼で顔を隠した。
「ピヨ、こわい。火、こわい」
「大丈夫、大丈夫。火、消すから」
コヨリはこども杖を握った。前に覚えた【霜ふり床】なら、火花を消せる。属性迷宮では床が滑って大変だったが、今回は草むらだ。少し冷やすだけならいける。
ログルの耳がぴくっと動いた。
「勇者様」
「なに」
「床の傾斜を確認してください」
「傾斜?」
「少し下っています」
「ほんの少しじゃん」
「ほんの少しで死ぬ世界です」
「それは知ってるけど!」
ピヨラがまた火花を出した。泣きそうな目でコヨリを見る。
コヨリは杖を振った。
「霜ふり床!」
白い冷気が草の上を走った。火花は消えた。そこまではよかった。
次の瞬間、草の上に薄い氷が張った。
ピヨラの足が滑る。
「ピヨ!?」
コヨリの足も滑る。
「はい事故の匂い!」
肩のりコウモリが驚いて飛び、倍速ウサギがその影に反応して走り、草食スライムが慌てて跳ねた。全部が一手ずつ動く。コヨリが杖を振った一手に、世界がまとめて返事をした。
ピヨラが滑りながらコヨリにしがみつく。翼が顔に当たる。尻尾が鍋のふたに絡む。かわいい。重い。前が見えない。
「ログル!」
「左に落とし穴です」
「見えない!」
「右に草食スライムです」
「どっちもいや!」
コヨリは足を踏ん張ろうとした。だが、氷の床は踏ん張りを拒否した。善意を拒否した。物理が冷たかった。
ピヨラごと、落とし穴へ落ちた。
【死因:ピヨラを助けようとして霜ふり床で一緒に滑った】
【評価:善意にも摩擦係数が必要です】
【死亡回数:45 → 46】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
ネムは、今回の死因ログを読み上げてから、少しだけ声をやわらげた。
「ピヨラさんは無事です」
「そこだけはよかった」
「ただし、次シードでは覚えていません」
「......うん」
コヨリは受付の床に座りこんだ。
ピヨラは泣き虫だった。火を怖がっていた。コヨリのことも、次に会ったら覚えていないかもしれない。
でも、コヨリは覚えている。
ログルが、隣に座った。
「記録しますか」
「する」
「名前は」
「ピヨラ。火がこわいドラゴン」
「はい」
ログルの宝石に、小さな光が浮かんだ。
【記憶因子:微弱反応】
「今の、なに?」
「未確定です。帰還因子の一部に似ています」
「帰るための?」
「たぶん、記憶に関係するものです」
「......忘れないことも、帰る材料になるの?」
「可能性はあります」
コヨリは、白い床に指で書いた。
【ピヨラ】
【火がこわい】
【でも、助けたい】
それから立ち上がり、真顔で天井を見た。
「神様」
「な、なにかな?」
「火を怖がるドラゴンを作るなら、滑らない床もセットでください」
「そこ?」
「そこです。命の床です」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
次の周回。コヨリは、すぐには魔法を使わなかった。
ピヨラが火花を出して泣いても、まず足元を見た。傾斜。草。石。逃げ道。背後の落とし穴。
「ログル、冷やす場所は?」
「ピヨラさんの足元ではなく、火花が落ちた先だけです」
「ピンポイント」
「はい」
「できる?」
「勇者様なら、たぶん」
「たぶんを言うなあ。こわいから」
コヨリは息を吸い、杖を低く構えた。
「小さく。ちょっとだけ。床じゃなくて、火花」
冷気が細く走る。火花だけが白く消えた。ピヨラは驚き、涙目のままコヨリを見上げた。
「ピヨ......こわくない?」
「こわいよ」
「ピヨ?」
「わたしも毎回こわい。でも、今は一緒にこわがろ」
ピヨラは、そっとコヨリの袖をくわえた。
【新規獲得:ピヨラ記録 Lv.1】
【新規獲得:善意の前に足元確認 Lv.1】
ログルは、その光を静かに記録した。
【今回の死亡ログ】
死亡時レベル:Lv3
死亡時HP:0/24
今回の死因:【ピヨラを助けようとして霜ふり床で一緒に滑った】
評価:【善意にも摩擦係数が必要です】
死亡回数:46回
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード041
クラス:魔物使い候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【足元確認 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【魔法安全確認 Lv.1】
【霜ふり床 Lv.1】
【魔物なでなで Lv.1】
【ふれあい距離管理 候補】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【ピヨラ記録 Lv.1】
新規獲得:【善意の前に足元確認 Lv.1】
帰還伏線:【記憶因子:微弱反応】
【登場人物紹介】
ピヨラ:火がこわいドラゴン幼体。自分の火花で泣く。かわいいが、翼と尻尾の当たり判定は広い。
アドミニス:火を怖がるドラゴンを「個性」で済ませようとした主神。床の安全性は考えていない。
ログル:ピヨラの記録と記憶因子の反応を静かに保存した。
【ローグライクあるあるメモ】
救助や回復行動でも、床・罠・地形を確認しないと事故ります。氷床、滑る床、落とし穴、味方の位置が重なると、善意の一手がそのまま死因になることも。今回は「助けようとして自分も巻き込まれる」タイプのあるあるです。
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