魔物が友好的な世界は、安全とは言っていない
射線の谷を越えたコヨリ。
次の世界は、魔物がやけに人懐っこい。
なお、人懐っこさと安全性は別ステータスです。
拠点の作戦ボードに、ぷにっとした肉球の印が浮かんだ。
赤い射線でも、罠の黒線でも、属性迷宮の嫌な虹色でもない。薄い桃色の肉球だ。見ているだけなら、今までで一番かわいい。
だからこそ、コヨリは一歩下がった。
「ログル」
「はい」
「これ、信用していい肉球?」
「肉球に善悪の判定はありません」
「じゃあ、神様の罠?」
「その可能性は高いです」
「肉球を疑う幼女、もうだいぶ末期じゃない?」
ログルは否定しなかった。否定してほしかった。
ボードの横には、今回の候補クラスが薄く表示されている。
【クラス適性:魔物使い候補】
「魔物使い」
「はい。魔物の敵意を読み、距離を取り、時には一時的に同行させる職です」
「いいじゃん! かわいい魔物と仲良くできるやつ!」
「ただし」
「出た。ただし。異世界で一番こわい接続詞」
「敵意が低いことと、接触ダメージがないことは別です」
「仲良しでも殴られるの?」
「大型犬が全力で喜んで飛びつくと、幼女は倒れます」
「例えが急に生活感ある!」
コヨリはため息をつき、短弓、小石袋改、こども杖、鍋のふたを確認した。前回増えた射線訓練場のおかげで、矢の向きと壁の位置を見る癖はついている。だが、肉球マークは射線より読みづらい。
「今回は、何で死なないようにする?」
「近づきすぎないことです」
「それ、友達作りとしてどうなの」
「生存重視です」
白い床がほどけ、コヨリの足元に草の匂いが戻ってきた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
初期村ミルカは、今まで見たどのミルカよりものんびりしていた。
村の入口では、草色のスライムが水桶を押している。肩に乗るほど小さなコウモリが、洗濯物の端をくわえて飛んでいる。畑のそばでは、ふわふわした毛玉の魔物が、子どもたちと一緒に転がっていた。
コヨリは村道の真ん中で固まった。
「ログル。村が平和」
「はい」
「平和なの、こわい」
「勇者様の警戒心が順調に育っています」
「育ちたくなかった」
背後から、どん、と大きな桶が置かれる音がした。
「腹が減ってちゃ、魔物にも好かれないよ。ほら、食べな」
振り向くと、そこにはミーナがいた。
パン屋ではない。今回は腰に革手袋を吊るし、肩には魔物用のブラシをかけている。村の魔物飼育係らしい。だけど、顔は同じだった。食べ物を差し出す手つきも、同じだった。
コヨリは、受け取った丸パンを見つめる。
「......また、違うミーナさんだ」
「ん? あたしに会ったことあるのかい?」
「あるような、ないような」
「変な子だねえ。まあ、食べな。泣くなら食べてからにしな」
「そこは、同じなんだ」
ログルが、コヨリの足元で静かに尻尾を丸めた。
「記録しますか」
「うん。あとで」
コヨリはパンをかじった。温かい。前の世界のミーナは覚えていない。今のミーナも、次の世界では違うかもしれない。それでも、パンはちゃんと甘かった。
その横を、草食スライムがぷるんと通る。
「かわいい」
「勇者様、近づきすぎないでください」
「わかってる。今回は接客でいく」
コヨリはしゃがみこみ、両手を膝にそろえた。できるだけ丁寧に、営業スマイルを作る。
「こんにちは。勇者コヨリです。本日はご機嫌いかがでしょうか、スライム様」
「なぜ接客口調に?」
「初対面の魔物には礼儀がいるでしょ」
「礼儀より距離です」
草食スライムは、ぷるぷる震えた。うれしそうだった。敵意はない。ログルの宝石も赤く光っていない。
コヨリは一歩近づく。
草食スライムも一歩近づく。
世界が、かちりと鳴った。一手一動。コヨリが一手進めば、相手も一手動く。
「よし、まだ安全」
「勇者様、接触範囲です」
「ちょっと手を伸ばすだけ」
コヨリが手を出した瞬間、スライムは大喜びで跳ねた。
ぼよん。
やわらかい衝撃が体に当たる。かわいい音のくせに、威力は丸太だった。コヨリは後ろへ吹っ飛び、木の幹に背中を打ちつけた。
【HP:15 → 3】
「......友好度と質量は別パラメータ」
「はい」
「今、かなり学んだ」
「下がってください」
コヨリは下がろうとした。だが、背中は木に当たっている。逃げ道がない。
草食スライムが、もう一度うれしそうに跳ねた。
「ログル」
「はい」
「これ、なつかれてる?」
「はい」
「助けて」
「一手、足りません」
ぼよん。
画面が白くなった。
【死因:友好的な草食スライムに喜ばれて圧死した】
【評価:好意にも質量があります】
【死亡回数:43 → 44】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
死神ネムは、死因ログを見て少しだけまばたきをした。
「敵意なしですね」
「じゃあ事故じゃん!」
「はい。友好的事故です」
「そんな保険会社みたいな分類やめて」
ネムは事務用の判子を押した。ぽん、という軽い音がした。
「新しい死因欄に入れておきます」
「入れなくていい!」
「好意による接触ダメージ」
「分類名がつらい!」
拠点に戻ると、ログルは床にコヨリとスライムの駒を置いた。コヨリの駒の後ろには木の模型。
「ここで後ろを確認していれば、生存率が上がりました」
「スライム相手に退路確認する勇者、どうなの」
「生き残る勇者です」
「正論で押してくるなあ」
コヨリは拠点の壁に、新しい看板を貼った。
【魔物はかわいい】
【でも距離を取れ】
【あと質量を見ろ】
ログルは三行目を見て、うなずいた。
「大事です」
「かわいいに殺されるとは思わなかった」
「次は、かわいいから一歩下がりましょう」
「前回の反省、ここでも使うのやめて」
【今回の死亡ログ】
死亡時レベル:Lv1
死亡時HP:0/15
今回の死因:【友好的な草食スライムに喜ばれて圧死した】
評価:【好意にも質量があります】
死亡回数:44回
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード041
クラス:魔物使い候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【危険察知 Lv.3】
【足元確認 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.3】
【射線確認 Lv.3】
【一歩下がろう Lv.1】
【投擲前確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【魔物距離感 Lv.1】
新規獲得:【接触ダメージ警戒 Lv.1】
新規獲得:【なでる前に観察 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:友好的なスライムに営業スマイルで接近し、友好的に死んだ幼女勇者。
ログル:今回は「かわいいより距離」と主張する解析神獣。だいたい正しい。
ミーナ:今回のシードでは魔物飼育係。どの世界でも、だいたい食べ物をくれる。
【ローグライクあるあるメモ】
敵意がない、または中立っぽい存在でも、接触や位置取りを間違えると普通に事故ります。仲間候補・友好NPC・召喚獣でも、通路や移動ルールを読み違えると死因になります。今回は「かわいい=安全ではない」回でした。
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