HP1、となり、撃たない勇気
弓使いだから撃つ。
......とは限りません。
今回は、撃たないことを覚えます。
わたしは、拠点の床に寝転がっていた。
見上げる天井には、ログルが投影した射線図が浮かんでいる。赤い線、青い逃げ道、黄色い危険予測。最近の拠点は、だんだん作戦室みたいになってきた。
「ログル」
「はい」
「弓使いって、もっと楽しい職だと思ってた」
「楽しい場面もあります」
「だいたい死んでる」
「学習効率は高いです」
「命を教材にしないで!」
床の端に、アリアさんがくれた古い短弓が置いてある。隣には、木の矢、鉄の矢、銀の矢。それから、わたしが泣きながら書いた標語。
【一歩下がろう】
【撃つ前に隣を見る】
【遠投の腕輪は外す】
標語が増えるたびに、わたしの死に方も増えている。
「でも、次は行ける気がする」
「勇者様」
「なに」
「その言葉を言った時は、まず足元を見てください」
「信用がない!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
谷の中盤には、反射岩地帯があった。
岩の表面が黒く光っている。風が吹くたびに、岩肌に刺さった古い矢羽がかさかさ揺れた。普通の岩なら矢を止める。けれど、この岩は角度によって矢をはじく。
アリアさんは、砦の上からわたしに言った。
「反射を使えば、曲がり角の敵も撃てるよ」
「便利!」
「自分に返ってくることもあるよ」
「便利の後ろに死因つけないで!」
見張り台の横には、少年が立っていた。
カイに似ていた。
初めての村で木剣をくれた、あの少年と同じ顔。同じようにまっすぐな目をしている。けれど、今回は弓を持ち、わたしのことを知らない顔で見ていた。
「近づかれたら、撃つより逃げろ」
「弓兵なのに?」
「弓兵だから」
短い言葉だった。
胸の奥が、少しだけ変な感じになった。
覚えているのは、わたしだけだ。たぶん、ログルも記録としては知っている。でも、目の前のカイは知らない。
わたしは笑ってごまかした。
「逃げるのは得意!」
「得意と言えるほど成功率は高くありません」
「ログル、今いい感じだったのに!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
反射岩の前で、盾コボルトが通路をふさいだ。
正面から撃つと盾に弾かれる。横の黒岩に鉄の矢を当てれば、反射して背中へ当たる。そういう盤面だ。
「ログル。これ、いける?」
「角度が合えば」
「角度!」
「勇者様、ほんの少し右です」
「ほんの少しがむずかしい!」
わたしは右へ一歩。射線は通った。鉄の矢を放つ。
かん、と岩に当たった音がした。
矢は予想より浅く跳ねた。盾コボルトではなく、わたしの鍋のふたに当たった。
「ひゃっ!」
転んだ。
起き上がるのに一手。盾コボルトが近づく。さらに横から倍速ヤマネコが飛び込んできた。
HP1。
目の前に敵。手には木の矢。
「撃つより下がってください」
「でも、となり!」
「だから下がります」
「撃てば倒せるかも!」
「外した後を考えてください」
「考えたら泣く!」
わたしは撃った。
木の矢は、倍速ヤマネコのひげを揺らしただけだった。
敵ターン。
【死亡ログ】
【死因:反射矢で自分を転ばせ、HP1で木の矢を外した】
【評価:曲芸は練習してから】
【死亡回数:41 → 42】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
すぐ再挑戦した。
今度はうまく進めた。反射岩は使わない。使うなら先に角度を確認する。見えている罠は踏まない。遠投の腕輪は外してある。
それでも、谷は優しくない。
弓コボルトが二マス先にいた。HP1。手には銀の矢。敵は倒せる。
けれど、横の通路から倍速ヤマネコが来ていた。
「勇者様、隣を見てください」
「弓コボルトが撃ってくる!」
「倒しても、ヤマネコが来ます」
「でも倒さないと撃たれる!」
「逃げ道は右です」
「右、罠っぽい!」
「王都で見た転び罠です。敵に踏ませられます」
分かっていた。
でも、目の前の弓コボルトが弓を引く動きに、わたしの手が先に動いた。
銀の矢が当たる。
弓コボルトは倒れた。
けれど、わたしの一手で倍速ヤマネコが二回動いた。
隣接。攻撃。
【死亡ログ】
【死因:遠くの敵を倒して、となりの敵に倒された】
【評価:射線より近所づきあいを見ましょう】
【死亡回数:42 → 43】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点で、わたしは木の矢をにぎって泣いた。
「当てたのに死んだ!」
「当てても、次の敵ターンは来ます」
「弓使い、むずかしい!」
「はい」
「剣士の時より考えること多い!」
「遠くを見るぶん、近くを忘れやすいです」
ログルは、床に駒を置いた。
前に弓コボルト。横に倍速ヤマネコ。右に転び罠。後ろに岩陰。
「撃つと死にます」
「弓使いなのに?」
「撃つと死にます」
「じゃあ、どうするの」
「撃たない」
撃たない。
その言葉は、弓を持っているわたしには、ちょっと変に聞こえた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
同じ盤面が、もう一度来た。
HP1。前に弓コボルト。横から倍速ヤマネコ。右に転び罠。手には銀の矢。
撃てば、前の敵は倒せる。
でも、となりの敵に倒される。
足元にマス目が浮かぶ。世界が止まる。息が浅くなる。ログルの宝石が青と赤で道を示した。
「撃たない」
わたしは矢を下ろした。
右へ一歩。
転び罠の横ぎりぎりに立つ。倍速ヤマネコが二回動く。勢いよく突っ込む。罠を踏む。
ころん、と転んだ。
「今!」
鉄の矢を撃つ。
命中。
レベルアップの光が、わたしの体を包んだ。
【レベルアップ】
コヨリはLv5になった。
HPが少し回復した。
弓コボルトの矢が飛ぶ前に、わたしは岩陰へ下がった。
生きている。
「ログル」
「はい」
「撃たないの、えらい?」
「とても」
「もっとほめて」
「死亡ログではなく、成功ログです」
「それ、いちばんうれしいやつ!」
わたしは弓を握り直した。
撃つために、撃たない。
遠くを倒すために、まず隣を見る。
ちょっとだけ、弓使いが分かった気がした。
【今回の死亡ログ】
死亡時レベル:Lv5
死亡時HP:0/35
死亡時満腹度:62
今回の死因:【遠くの敵を倒して、となりの敵に倒された】
評価:【射線より近所づきあいを見ましょう】
新規獲得:【反射矢警戒 Lv.1】【撃たない判断 Lv.1】【撃つ前に隣を見る Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード052
死亡回数:43回
クラス:弓使い候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【恐怖耐性 Lv.1】
【危険察知 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.3】
【射線確認 Lv.3】
【弾数管理 Lv.1】
【一歩下がろう Lv.1】
【遠投警戒 Lv.1】
【モンスターハウス警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【反射矢警戒 Lv.1】
新規獲得:【撃たない判断 Lv.1】
新規獲得:【撃つ前に隣を見る Lv.1】
更新:【近接拒否 Lv.1】→【近接拒否 Lv.2】
統合候補:【近接拒否】【壁ぎわ逃げ】【撃たない判断】【一歩下がろう】→【間合い管理 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:弓を持ちながら撃たない勇気を覚えた。なお覚えるまで二回死んだ。
ログル:となりを見ろと言い続けた相棒。成功ログを増やしたかった。
アリア:砦の補給係。遠隔職ほど逃げろという現場派。
カイに似た少年:谷の見張り役。どこかで見た顔だが、今はまだ深く触れない。
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