モンスターハウスで気持ちよくなってはいけない
銀の矢、再び。
今度は気持ちよく一掃します。
ただし、敵も育ちます。
拠点の死因図鑑室に、太い文字が増えた。
【遠投の腕輪は外す】
【レアアイテムはしまう】
【杖は振る】
【一歩下がろう】
わたしはその前で正座していた。
「勇者様、復唱を」
「遠投の腕輪は外す。レアアイテムはしまう。杖は振る。一歩下がろう」
「よろしいです」
「これ、勇者の訓練じゃなくて事故防止講習だよね」
「死亡率は下がります」
「勇者らしさは?」
「後で拾います」
ログルが冷静すぎる。
でも、今回は本当に反省した。レアアイテムを飛ばすのは心に来る。帰るための手がかりっぽいものを自分で投げた瞬間の「あ」は、しばらく夢に出そうだった。
「ログル。今度こそ、持ち帰る」
「はい。生きて持ち帰りましょう」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
谷の奥へ進むと、空気が急に湿った。
細い通路の先に、大きな洞穴がある。入口の床だけ、他の石より少し沈んでいた。壁には爪の跡があり、床には小さな足跡がいくつも重なっている。
わたしは足を止めた。
「ログル」
「はい」
「これ、踏むとだめな床?」
「かなりだめそうです」
「じゃあ踏まない」
そう言って一歩下がろうとした。
背後から矢ガラスが飛んできた。
「きゃっ!」
避けた足が、沈んだ床に乗った。
かちり。
洞穴の奥で、無数の目が開いた。
「ログル」
「はい」
「これ、なに?」
「モンスターハウスです」
「家って言うな! 住人の歓迎が怖いいいいいいいい!」
部屋いっぱいに敵がいる。
山ネズミ。谷スライム。矢ガラス。弓コボルト。盾コボルト。経験値虫。奥には、黒い体の経験値喰らいがいた。
入口はすでに敵でふさがれている。逃げ道はない。
HPは21。レベルは3。手持ちは木の矢三本、鉄の矢二本、銀の矢三本。眠り玉ひとつ。スープ小瓶ひとつ。
足元にマス目が浮かぶ。敵の動きがゆっくりになる。
「会議!」
「右奥から左手前まで、射線が通っています」
「銀の矢?」
「はい。貫通します。ただし、奥に経験値喰らいがいます」
「倒せばいい?」
「倒しきれなければ、周囲の経験値を吸います」
「名前からして嫌!」
敵がじりじり迫る。
銀の矢を撃てば、前列をまとめて倒せる。レベルが上がれば、HPも回復する。ここで撃たなければ囲まれる。
「ログル」
「はい」
「撃つ」
「奥まで見てください」
「見た。嫌だった。でも撃つ!」
銀の矢を放った。
矢は山ネズミを抜き、谷スライムを抜き、矢ガラスを抜き、弓コボルトを抜いた。
【レベルアップ】
コヨリはLv4になった。
HPが少し回復した。
【レベルアップ】
コヨリはLv5になった。
最大HPが上がった。
【レベルアップ】
コヨリはLv6になった。
HPが少し回復した。
気持ちいい。
すごく、気持ちいい。
「見た!? ログル、見た!? 今のわたし、完全に弓使い!」
「勇者様、奥の敵が」
「レベル上がった! HPも増えた! これは勝ち!」
「それを人は慢心と呼びます」
経験値喰らいが、倒れた敵の光を吸った。
黒い体が、ぶくりと膨らむ。
【敵レベルアップ】
経験値喰らいは経験値喰らい上位種になった。
上位種の背後にいた黒弓兵が、その光をさらに吸う。
【敵レベルアップ】
黒弓兵は深層狙撃鬼Lv18になった。
【敵レベルアップ】
深層狙撃鬼は谷底処刑弓Lv24になった。
「敵も上がるの!?」
「はい」
「わたしだけでいいじゃん!」
「世界は公平に性格が悪いです」
谷底処刑弓が弓を引いた。
わたしはLv6。HPもさっきよりある。少し強くなった。だから、一歩前に出て鉄の矢で倒そうとした。
その一歩で、射線が通った。
谷底処刑弓の矢が、わたしの胸へまっすぐ飛んだ。
レベルが上がっても、射線に立てば死ぬ。
その当たり前を、矢が教えてくれた。
【死亡ログ】
【死因:モンスターハウスで敵も育てた】
【評価:大量レベルアップは楽しいですが、敵にも適用されます】
【死亡回数:40 → 41】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点に戻って、わたしは壁に書いた。
【レベルアップは罠】
ログルが前足で、そっと横線を引いた。
「そこまでではありません」
「でも死んだ」
「正確には、レベルアップ後に慢心して射線へ立ったため死亡しました」
「長い!」
「短くすると、調子に乗った死です」
「それもつらい!」
死神ネムも同じことを言った。
「今回は調子に乗った死です」
「受付まで同じ評価しないで!」
「常連様ですので、傾向が分かります」
「常連扱いやめてえええええ!」
わたしは床に、モンスターハウスの配置を駒で並べた。敵が多い。赤い駒がぎっしりだ。奥に黒い駒を置くと、ログルがそれを指した。
「次は、この黒い駒を先に止めます」
「経験値喰らい」
「はい。銀の矢で気持ちよくなる前に、敵が育つか確認してください」
「気持ちよくなる前に確認......」
「大事です」
わたしは、床にもう一つ書いた。
【モンスターハウスで気持ちよくなってはいけない】
勇者の標語ではない。
でも、命の標語ではある。
【今回の死亡ログ】
死亡時レベル:Lv6
死亡時HP:0/39
死亡時満腹度:68
今回の死因:【モンスターハウスで敵も育てた】
評価:【大量レベルアップは楽しいですが、敵にも適用されます】
新規獲得:【モンスターハウス警戒 Lv.1】【敵レベルアップ警戒 Lv.1】【貫通先確認 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード052
死亡回数:41回
クラス:弓使い候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【恐怖耐性 Lv.1】
【危険察知 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.3】
【射線確認 Lv.2】
【弾数管理 Lv.1】
【一歩下がろう Lv.1】
【遠投警戒 Lv.1】
【指差し確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【モンスターハウス警戒 Lv.1】
新規獲得:【敵レベルアップ警戒 Lv.1】
新規獲得:【貫通先確認 Lv.1】
更新候補:【射線確認 Lv.2】→【射線確認 Lv.3】
【登場人物紹介】
コヨリ:大量レベルアップで気持ちよくなった。直後に敵も育って死んだ。
ログル:奥の敵を見ろと言っていた。気持ちよさには勝てなかった。
経験値喰らい:倒れた敵の経験値を吸う嫌な敵。名前の時点で警戒対象。
谷底処刑弓:育った結果、浅い階層にいてはいけない火力になった弓敵。
コヨリのローグライク死に覚えを楽しんでいただけたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!




