遠投の腕輪は、装備したまま杖を投げてはいけない
便利アイテムほど、外し忘れると怖い。
遠投の腕輪と場所替えの杖。
ローグライク的には、やってはいけない組み合わせです。
拠点の反省会テーブルに、わたしは五つの確認項目を書いた。
【一歩下がった?】
【手に持っている物、合ってる?】
【腕輪、装備してる?】
【それ、投げる物?】
【杖は振るもの】
「ログル。これで完璧」
「完璧という言葉は、勇者様の死亡率を上げる傾向があります」
「じゃあ、そこそこ完璧」
「不安です」
今回は谷の中腹まで進めるようになった。射線はまだ怖い。矢はまだ外れる。爆ぜ岩は二度と隣で撃たない。たぶん。
「たぶんは?」
「死因です」
「自分で言って悲しい!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
谷の途中に、小さな横穴があった。
湿った土の匂いがする。奥で水が落ちる音がして、壁には古い矢傷が残っていた。わたしが横穴の入口で足を止めると、ログルの宝石が黄色く光った。
「宝箱反応があります」
「ミミック?」
「呼吸はしていません」
「宝箱の呼吸確認が日常になってるの、嫌だなあ」
箱を開けると、銀色の小さなピンが入っていた。花の形をした、きれいな留め具だ。触れると、拠点の壁に書いた【帰る】の文字が、胸の奥で少しだけ温かくなる。
【白銀の帰還ピン】
【座標石に反応する補助具】
【リセット外登録候補】
「レア!」
「はい。大事にしてください」
「投げない。絶対投げない。こんな大事なの投げるわけないじゃん」
「念のため、しまい瓶へ」
「その前にちょっと見たい」
わたしは白銀の帰還ピンを手に持ったまま、横穴を出た。
その時、岩陰から弓コボルトが顔を出した。
「敵!」
「小石を」
「分かってる!」
わたしは小石を投げたつもりだった。
手から離れたのは、白銀の帰還ピンだった。
しかも、わたしの手首には、さっき拾って試し装備した腕輪が光っていた。
【遠投の腕輪】
遠投の腕輪は、こういう時だけ仕事が早い。
白銀の帰還ピンは弓コボルトの頭上を越え、谷を越え、向こうの崖を越え、雲の下へ消えていった。
「あ」
しばらく、風の音だけがした。
「ログル」
「はい」
「今の、戻ってくる?」
「名前は帰還ですが、投げた物を帰還させる効果ではありません」
「名前詐欺ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
弓コボルトの矢が飛んできた。鍋のふたでぎりぎり受ける。心のほうは受けられない。
「レアアイテムが! わたしの帰還っぽいやつが!」
「生きていれば、次のレアを拾えます」
「今のレアがよかったあああああ!」
泣きながら逃げた先で、今度は本当に打開アイテムを拾った。
【場所替えの杖】
【残り回数:三】
敵と自分の位置を入れ替える杖。通路の敵をどかす。階段前の敵と入れ替わる。詰み盤面をひっくり返す。
見た瞬間、ログルが真顔になった。
「勇者様。これは振る杖です」
「うん」
「投げる物ではありません」
「うん」
「今、腕輪は?」
「遠投」
「外してください」
「はい!」
わたしは腕輪を外そうとした。
その瞬間、崖上から矢が飛んだ。
「ひゃっ!」
手がすべった。
場所替えの杖が、わたしの手から飛んだ。
「投げましたね」
「投げちゃった!」
杖は遠投の腕輪でまっすぐ飛び、先頭の谷スライムに当たった。
【場所替え発動】
わたしと谷スライムの位置が入れ替わる。
「えっ」
杖は止まらない。遠投の効果で、その後ろの矢ガラスにも当たる。
【場所替え発動】
わたしと矢ガラスの位置が入れ替わる。
「えっ、えっ」
さらに後ろの弓コボルト。
【場所替え発動】
崖上へ。
「待って待って待って!」
さらに奥の盾コボルト。
【場所替え発動】
谷底へ。
さらにその奥、黒い影。
【場所替え発動】
知らない扉の前へ。
杖が扉の向こうにいた何かに当たった。
【場所替え発動】
次の瞬間、わたしは部屋の真ん中に立っていた。
空気が濃い。
周囲にいる敵が、浅い階層の顔をしていない。
深層狙撃鬼。谷底処刑弓。爆ぜ岩王。倍速ヤマネコ改。経験値喰らい上位種。あと、見たことないけど絶対に嫌な目をしている壺割り小僧。
「ログル」
「はい」
「ここ、なに?」
「特殊モンスターハウスです」
「深層っぽい敵しかいないんだけど」
「はい」
「わたし、今Lv3なんだけど」
「はい」
「これ、わたしが悪い?」
「かなり」
「はい」
敵ターンが来た。
まず倍速ヤマネコ改が二回動いた。
その後のことは、あまり見たくなかった。
【死亡ログ】
【死因:遠投の腕輪を装備したまま場所替えの杖を投げ、深層特殊モンスターハウスへ連続場所替えされた】
【評価:杖は振るものです】
【ロスト:場所替えの杖/白銀の帰還ピン/銀の矢束】
【死亡回数:39 → 40】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
死神ネムは、死亡ログを読んでから少しだけ黙った。
「今回の死因、長いですね」
「短くして」
「遠投場所替え事故」
「それでもつらい!」
「ロスト欄もあります」
「読まないで!」
「場所替えの杖、白銀の帰還ピン、銀の矢束」
「うわああああああああああああ! レアアイテム返してえええええええ!」
拠点に戻ったわたしは、床に新しい確認項目を書き足した。
【指差し確認】
【遠投の腕輪、外した?】
【杖は振るもの】
【手に持っているの、本当に小石?】
リュシアが酒場側からのぞき込んで、からから笑った。
「ちび勇者ちゃん、工場みたいになってきたね」
「もう声出し確認する! 遠投の腕輪、装備よし! ......じゃない! 外せえええええ!」
ログルが、そっと場所替えの杖の絵を死因図鑑に描いた。
「次は、投げる前に見ましょう」
「うん」
「腕輪も見ましょう」
「うん」
「レアアイテムは、拾ったらしまいましょう」
「うん......」
白銀の帰還ピンが飛んでいった空を思い出す。
帰るためのものを、わたしは自分の手で投げた。
ギャグみたいな死に方なのに、少しだけ胸が痛かった。
「ログル」
「はい」
「次に帰れそうなもの拾ったら、すぐしまう」
「はい。ぼくも確認します」
【今回の死亡ログ】
死亡時レベル:Lv3
死亡時HP:0/24
死亡時満腹度:74
今回の死因:【遠投の腕輪を装備したまま場所替えの杖を投げ、深層特殊モンスターハウスへ連続場所替えされた】
評価:【杖は振るものです】
ロスト:【場所替えの杖】【白銀の帰還ピン】【銀の矢束】
新規獲得:【遠投警戒 Lv.1】【遠投の腕輪装備確認 Lv.1】【指差し確認 Lv.1】【投げる前に持ち物を見る Lv.1】【杖は振るもの Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード052
死亡回数:40回
クラス:弓使い候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【恐怖耐性 Lv.1】
【危険察知 Lv.3】
【足元確認 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.3】
【射線確認 Lv.2】
【弾数管理 Lv.1】
【矢種確認 Lv.1】
【一歩下がろう Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【遠投警戒 Lv.1】
新規獲得:【遠投の腕輪装備確認 Lv.1】
新規獲得:【指差し確認 Lv.1】
新規獲得:【投げる前に持ち物を見る Lv.1】
新規獲得:【杖は振るもの Lv.1】
統合候補:【遠投警戒】【遠投の腕輪装備確認】【指差し確認】【投げる前に持ち物を見る】【杖は振るもの】→【投擲前確認 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:レアアイテムと杖を投げた。遠投の腕輪に人生を振り回された幼女勇者。
ログル:ずっと外せと言っていた。言ったが、矢が飛んできた。
リュシア:拠点酒場のお姉さん神。指差し確認を見て楽しそうだった。
ネム:長い死因ログを短くしてくれた。短くしてもつらい。
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