99F、神様の最終問題
第99階層です。
敵はいません。
でも、ラスボスは待っています。
九十九階には、敵がいなかった。
床は白く、壁も白い。けれど、拠点の白とは違う。何もない白ではなく、全部を消したあとの白。足元には、今まで見たマス目が重なっている。黒狼の草原、未識別の床、油の属性床、罠王都の石畳、射線の谷、魔王城、思い出ログ棚。全部が薄い線になって、中央へ集まっていた。
その中央に、アドミニスが立っている。
白い神官服。軽そうな顔。いつもの笑い方をしようとして、失敗した顔。
「勇者ちゃん」
「なに」
「ここまで来たんだね」
「来たよ」
コヨリは短剣を抜かない。ログルも宝石を光らせるだけで、解析ログを出さない。ここでは、たぶん全部分かっている。
「きみが帰ること自体が、保存なんだ」
「知ってる」
「拠点は、消えたシードの記録が集まった世界種。ログルは、それをきみの元世界側へ運ぶ鍵。帰還門は、逃げ道じゃない。滅びる世界の記録を、外へ逃がすための」
「知ってるってば」
アドミニスは、そこで言葉を止めた。
コヨリは一歩近づく。足元のマス目が、音もなく光る。行動すれば、世界は動く。けれど、アドミニスは動かない。
「世界を助けたかったのは、わかった」
「うん」
「滅びないシードを探してたのも、わかった」
「うん」
「わたしが帰ることが、みんなの記録をつなぐことになるのも、わかった」
「......うん」
コヨリは拳を握った。
「でも、説明しなかったこと」
「うん」
「わたしを千回以上死なせたこと」
「うん」
「ログルを端末扱いしたこと」
「うん」
「魔王さんを便利なラスボスにしたこと」
「うん」
「ミーナさんやカイたちを、役割で消したこと」
「うん」
「それは、別」
アドミニスは、ようやく笑うのをやめた。
「ごめんなさい」
軽くない声だった。だからこそ、コヨリは泣きそうになった。泣きそうになって、それでも拳をほどかなかった。
「謝るの、遅い」
「うん」
「だから、みんなで殴る」
「うん」
「抵抗する?」
「しない」
白いログが、静かに浮かぶ。
【最終敵性体:主神アドミニス】
【状態:抵抗しない】
【反撃:なし】
【経験値:0】
【特殊条件:全員の一手が終わるまで、主神は行動できない】
ログルが、コヨリの横に立った。
「勇者様」
「なに」
「今のは、攻略ではなく決着です」
「うん」
「でも、ログは出ます」
「出して」
アドミニスは膝をつかない。まだ。ちゃんと立っている。殴られるために、逃げずに立っている。
コヨリは拳を上げた。
アドミニスの足元には、経験値の光がなかった。倒しても強くならない相手。倒しても何かを奪うわけではない相手。だからこそ、ここで殴る意味は数字では測れない。
「神様」
「うん」
「わたし、世界を助けるのは嫌じゃない」
「うん」
「でも、助けてって言われたかった」
「うん」
「勇者だから、死んでいいわけじゃない」
「うん」
「子どもだから、説明しなくていいわけじゃない」
「......うん」
ログルが、コヨリの横で小さく息を吸った。
「主神様。ぼくからも言います」
「うん」
「コヨリ様は、記録対象ではありません」
アドミニスは、そこで初めてログルを見た。
「そうだね」
その返事を聞いて、コヨリは少しだけ拳を下ろしかけた。けれど、下ろさない。謝ったから終わりではない。受け止めることと、なかったことにすることは違う。
「じゃあ、始める」
「うん」
白い部屋の空気が、ターン制へ変わった。
コヨリの拳が上がる前に、アドミニスは両手を下ろした。防御しない、というより、防御する資格がないと分かっている顔だった。
「僕は、きみが思っているより、たぶん臆病だった」
「神様なのに?」
「神様だから。滅びる世界を見続けて、どの選択も壊れて、誰かに助けてって言うのが怖かった」
「だから、わたしを黙って使った?」
「うん」
「最低」
「うん」
コヨリは少しだけ目を伏せた。アドミニスの怖さを理解したからといって、殴る理由は減らない。むしろ、説明しなかった理由が臆病だったなら、なおさら一発必要だ。
「怖いなら、怖いって言えばよかった」
「うん」
「子どもにだって、それくらい分かる」
「......うん」
ログ表示の【経験値:0】が、やけにまじめに光っている。コヨリはそれを見て、少しだけ口元を曲げた。
「経験値ないの、先に出てるの腹立つ」
「倒す前から報酬が渋いです」
「神様ァ、最後まで渋い!」
アドミニスの謝罪は、白い部屋に吸い込まれず、ちゃんと残った。音として、空気として、コヨリの耳に残る。コヨリはそのことにも少し腹が立った。もっと早く聞きたかったからだ。
「神様」
「うん」
「謝罪が本物でも、殴るから」
「うん」
「本物じゃなかったら、もっと殴る」
「本物です」
「じゃあ、予定通り殴る」
ログルが小さくうなずく。
「予定通り、という表現が少し怖いです」
「最終攻略だからね」
「はい。主神殴打ルート、開始します」
「ルート名にしないで!」
それでも、コヨリは笑った。笑えるくらいには、もう怖さだけではなかった。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還最終シード
死亡回数:1100回
クラス:帰還者/勇者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【仕様書読解 Lv.1】【滅亡シード照合 Lv.1】【神様に説明を求める Lv.1】【帰還接続管理 Lv.2】【ログルと帰る Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
更新:【ログルと帰る Lv.1】本発現準備/戦闘条件:【主神アドミニス:抵抗しない】開示
【登場人物紹介】
コヨリ:理解したうえで許さず、決着を選ぶ。/ログル:攻略ではなく決着だと告げる。/アドミニス:抵抗しないラスボス。世界を救いたかったが、やり方を間違えた神様。
【ローグライクあるある解説】
99Fボス前回。敵を殺す戦闘ではなく、ターン制の公開反省会へ移行する。経験値0のラスボス!
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