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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第30章 帰還最終シード――死んだら全部終わります

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98F、帰還鍵――使えば帰れる、使えば消える

帰れるかもしれない場所まで来ました。

でも一人なら意味がありません。

帰還鍵を使わない回です。

 九十七階は、何もなかった。

 敵も罠も宝箱もない。ただ、階段だけが遠くに見える。静かすぎる。コヨリはそれだけで信用しなかった。


「ログル、嫌な数字は?」

「出ています」

「やっぱり」

「敵はいません」

「じゃあ何が敵?」

「帰りたい気持ちです」


 胸元の帰還鍵(ホームキー)が、淡く光った。第九十八階に近づくほど、その光は強くなる。階段を降りた先には、古い玄関の匂いがした。靴箱。夕方。味噌汁の湯気。現実の家にしかない、少し湿った空気。


帰還鍵ホームキー:起動可能】

【単独帰還:可能】

【ログル同行:未承認】

【拠点接続:未固定】


 コヨリは足を止めた。

 帰れる。今なら帰れる。たぶん、本当に。けれど、ログルの宝石には、未承認の文字が浮かんだまま。


「勇者様」

「言わないで」

「使ってください」

「言わないでって言った」


 ログルは、いつもより小さく見えた。

「ぼくは、ここまでで十分です」

「十分じゃない」

「コヨリ様が帰れるなら」

「ログルまで神様みたいなこと言わないで」


 その言葉に、ログルの耳が伏せた。コヨリはすぐに後悔した。でも、取り消さない。取り消すかわりに、しゃがんでログルと目を合わせる。


「わたし、帰りたい」

「はい」

「ずっと帰りたかった」

「はい」

「でも、一人で帰るために、千百回死んだんじゃない」


 鍵の光が揺れる。九十八階の奥には、白い扉がある。たぶん、ここで鍵を使えば、99Fを飛ばせる。ラスボスも、アドミニスも、公開反省会も、全部飛ばして帰れる。

 それは近道だ。だから罠だ。


「ログル」

「はい」

「帰るよ」

「......はい」

「一緒に」


 コヨリは帰還鍵を握り、使わずに胸へ戻した。


【帰還実行:保留】

【ログル同行本承認:未達】

【第99階層へ進みます】


 扉の横に、宝箱があった。帰還鍵の光よりも、少し弱く光っている。


「開けない」

「中身は」

「見ない」

「帰還補助品かもしれません」

「かもしれないで開けて、何回死んだと思ってるの」

「かなり」


 宝箱は、呼吸していなかった。だから余計に怖い。コヨリは目をそらし、99Fへの階段へ足をかけた。


「神様のところまで行く」

「はい」

「殴ってから帰る」

「はい。順番は大事です」


 九十九階への階段は、九十八階の一番奥にあった。階段の横には、さっきの宝箱がまだ見える。呼吸していない。動かない。たぶん、本当に中身がある。


「ログル」

「はい」

「中身、何だと思う?」

「推測ならできます」

「聞かない」

「はい」

「聞いたら開けたくなる」

「かなり正しい自己分析です」


 帰還鍵はまだ温かい。単独帰還の文字は消えていない。コヨリはそれを胸の上から押さえた。


「帰れるって、怖いね」

「はい」

「帰れない時は、帰りたいだけだったのに」

「帰れるようになると、何を置いていくかが見えます」

「だから、一緒に帰る」

「はい」


 階段を降りる直前、宝箱が一度だけ光った。コヨリは見なかった。見なかったことを、ちゃんと覚えておく。欲に勝ったことも、死因ログではなく成功ログになる。


【成功ログ:階段前の宝箱を見ない】


「今のログ、好き」

「ぼくもです」


 九十八階の終わりで、ログルの宝石に一瞬だけ、元の世界の住所らしき文字列が浮かんだ。町名、番地、玄関の座標。懐かしいはずの情報が、ダンジョンの座標みたいに見えて、コヨリは少し嫌な顔をした。


「家までマス目で表示しないで」

「帰還座標ですので」

「わたしの家はダンジョンじゃない」

「帰還後、確認します」

「確認しなくていい!」


 それでも、その座標があるから帰れる。嫌でも、数字が道になることはある。コヨリは胸の中で、住所ではなく玄関の匂いを思い出した。靴箱。夕方。家の床。


「帰る場所って、数字じゃないね」

「はい」

「でも、数字もいる」

「はい」

「めんどくさい」

「帰還は、かなりめんどくさいです」


 めんどくさい。だからこそ、神様に丸投げしない。コヨリは帰還鍵をしまい、99Fへの階段を見た。


 99Fへの階段は、普通の階段より一段だけ高かった。幼女の足には少しだけきつい。コヨリは手すりを探したが、ない。最後まで不親切だ。


「神様、手すりくらいつけて」

「管理画面領域なので、身体サイズ配慮がありません」

「幼女に配慮して!」


 文句を言いながら、コヨリは一段目へ足をかける。帰還鍵は使わなかった。宝箱も開けなかった。強そうな近道を全部置いて、いちばん面倒な階段を選んだ。


「ログル」

「はい」

「面倒なほうで合ってる?」

「今回は」

「今回は?」

「はい。今回は、面倒なほうが正解です」


 コヨリはうなずき、九十九階へ進んだ。


 高い段差を越える時、ログルが先に跳んだ。着地点を宝石で照らし、罠がないことを確認してから、コヨリを見上げる。


「大丈夫です」

「ありがと」

「今回は、ぼくが先に見ます」

「うん。でも置いていかないでね」

「もちろんです」

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還最終シード

死亡回数:1100回

クラス:帰還者/勇者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【帰還門感知 Lv.3】【帰宅線形成 Lv.3】【帰宅猶予線形成 Lv.2】【相棒再分類拒否 Lv.2】【帰還接続管理 Lv.2】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【ログルと帰る Lv.1】仮発現/更新:【帰還実行保留】最終維持


【登場人物紹介】

コヨリ:帰れる誘惑を蹴って、ログルと帰る道を選ぶ。/ログル:自分を置いて帰らせようとして拒まれる。/帰還鍵:一人なら帰れる最大の誘惑。


【ローグライクあるある解説】

階段前・帰還前の誘惑回。今すぐ帰れる、今すぐ開けられる、という近道ほど危険。目的を間違えないことが最終盤の攻略になる。

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