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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第30章 帰還最終シード――死んだら全部終わります

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三倍速黒影――逃げたら三回殴られます

三倍速の上位種が出ます。

逃げると死にます。

止める、遅らせる、投げる前に確認する。

 九十四階の床は、黒かった。

 光を吸うような黒ではない。影そのものが床になったみたいな黒だ。そこを、三倍速黒影の上位種が滑ってくる。足音は一つなのに、影は三つに分かれて見えた。


「逃げたら?」

「三回殴られます」

「逃げない」

「はい」

「止める」

「はい」


 コヨリは保存壺を開けた。中には未識別の草が一つ。候補は鈍足草、毒草、爆裂草。自分で飲む選択肢はない。投げる。だが、投げる前に確認することがある。


「腕輪」

「遠投なし」

「投げるもの」

「未識別の草」

「後ろ」

「壁」

「敵の後ろ」

「壁」

「外したら?」

「三回殴られます」

「外さない!」


 一手。

 草が黒影の胸に当たった。緑の光がはじけ、三つにぶれていた影が、一つに戻る。


【未識別の草:鈍足草】

【対象:三倍速黒影】

【状態:鈍足】


「当たり!」

「かなり当たりです」

「今の未識別、味方だった!」

「投げたからです」

「飲んでたら?」

「勇者様が鈍足になっていました」

「やっぱり敵!」


 九十五階では、黒影が二体になった。一体は鈍足化できる。もう一体は残る。眠りの杖はない。場所替えの杖は一回。階段は遠い。

 コヨリは、敵を止めるのではなく、敵同士をぶつけることを考えた。


「場所替え」

「相手は」

「奥の黒影」

「入れ替え後、手前の黒影が?」

「奥の黒影にぶつかる」

「勇者様の位置は」

「壁ぎわ、安全マス」

「罠」

「なし」


 一手。

 場所替えの光が走る。コヨリの体がふわりと引っぱられ、奥の黒影と位置が入れ替わった。手前の黒影は三回動こうとして、奥の黒影にぶつかり、互いの影を食い合うように止まる。


【速度差誘導:成功】


 九十六階の最後、黒影上位種が階段を守っていた。今度は草も杖もない。手持ちは小石袋改、身代わりぬいぐるみ、空の保存壺。


「身代わり置く」

「黒影は一回目で破壊、二回目で接近、三回目で攻撃します」

「壺」

「空です」

「投げる」

「壺を?」

「うん。壊す」


 一手。

 空の保存壺を黒影の足元へ投げる。壺が割れ、破片が散る。黒影の一回目の移動が破片で止まり、二回目でぬいぐるみへ向かい、三回目でぬいぐるみを切った。その隙に、コヨリは階段へ。


【三倍速停止確認:更新】

【速度差対応:成立】


「空の壺、役に立った!」

「保存できたのは命です」

「ログル、今のうまい」


 九十六階を抜けたあと、空の保存壺の破片が一つ、コヨリの靴に挟まっていた。拾う価値はない。けれど、さっき命を救った破片だ。


「壺って、保存するものだと思ってた」

「今回は、敵の行動を保存せず消費させました」

「ログル、言い方がちょっとかっこいい」

「ありがとうございます」


 三倍速黒影の気配はもうない。だが、コヨリはすぐに走らなかった。速い敵を越えたあとほど、自分の心が速くなる。焦って進めば、今度は普通の罠で死ぬ。


「一回、止まる」

「はい」

「満腹度」

「残り二十一」

「HP」

「十五。無傷です」

「無傷って、深層では逆に怖いね」

「慢心しやすい数字です」

「慢心しない」


 コヨリは壺の破片を靴から外し、床に置いた。記念品にしない。持ち物欄も心の欄も、もう十分重い。


 速度差対応の感覚は、足より頭に残った。速い敵には、速く逃げない。これは、言葉にすると簡単なのに、体はどうしても逃げたがる。


「ログル、わたし、さっき逃げたかった」

「はい」

「でも止めた」

「はい」

「えらい?」

「とても」


 短い返事なのに、コヨリは少し胸を張った。深層では、派手な勝利より、逃げたい足を止めるほうが難しい。


 階段の前に、黒影の残した小さな黒い玉が落ちている。使えば三倍速になれるかもしれない。そんな雰囲気がある。もちろん、絶対に事故る。


「拾わない」

「理由は」

「速くなりすぎると、わたしがわたしを追い越す」

「詩的ですが、たぶん正しいです」


 速さは力。でも、制御できない力は罠。コヨリは黒い玉を置いて、ゆっくり階段を降りた。


 黒い玉を置いていく時、コヨリは少しだけ未練があった。三倍速になれたら、どれほど楽だろう。階段まで一瞬。敵から逃げ放題。そんな都合のいい想像が、頭の端をよぎる。


「ログル、もしわたしが三倍速になったら」

「罠を三倍速で踏みます」

「終了」

「敵にも三倍速で近づきます」

「終了!」


 速さは、制御できる人のものだ。今のコヨリに必要なのは、自分だけ速くなることではなく、敵の速さを盤面に閉じ込めること。


【速度差対応:安定】


 表示を見て、コヨリは黒い玉から目をそらした。欲しい力を全部取らない。それも深層の持ち物判断だった。


 階段の上で、コヨリは黒影がいた方向へ小石を一つ置いた。罠ではない。ただの目印だ。


「次に同じのが出たら、思い出す用」

「死因ログではなく、成功ログの目印ですね」

「うん。死ななかった敵も覚える」


【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還最終シード

死亡回数:1100回

クラス:帰還者/勇者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【三倍速警戒 Lv.1】【三倍速停止確認 Lv.1】【投擲前確認 Lv.2】【深層逃走判断 Lv.2】【間合い管理 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【速度差対応 Lv.1】/更新:【三倍速停止確認 Lv.1】深度上昇


【登場人物紹介】

コヨリ:逃げるのではなく、速度差を利用する。/ログル:投擲前確認を徹底。/三倍速黒影上位種:一手で三回動く深層の理不尽敵。


【ローグライクあるある解説】

三倍速敵は移動で逃げると詰む。鈍足、場所替え、障害物、空の壺すら使って行動回数を浪費させるのが打開になる。

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