停止時計兵――時間停止を止め返せ
時間停止は味方の技ではありません。
敵が使うと最悪です。
止め返すのではなく、見えなくします。
九十階の廊下には、時計がなかった。
針もない。音もしない。それなのに、コヨリの胸の奥だけが、ちくたくと鳴る。ログルの宝石が、いつもより遅れて光った。
「ログル?」
「反応が、一瞬ずれています」
「少しでもずれるの、深層ではだいぶ嫌」
「かなり嫌です」
廊下の奥に、鎧を着た兵士が立っている。片手に剣、片手に古い懐中時計。時計のふたが開いた瞬間、コヨリの視界から青いマス目が消えた。
【停止時計兵】
【能力:思考猶予削減】
【効果:相談可能時間を短縮】
「時間停止って、こっちが有利になるやつじゃないの!?」
「今回は敵が使います」
「神様ァ! 深層の敵にだけ高級スキル持たせるなあああああああああ!」
叫んだ瞬間、時計兵が一歩近づいた。大声は行動判定。コヨリは口を両手で押さえた。
「今の、ターン使った?」
「はい」
「叫び損!」
「学習しました」
時計兵の能力は、世界を完全に止めるものではない。コヨリの相談時間を削る。迷っている間に、候補が消えていく。ログルの表示も一秒遅れる。
九十一階、時計兵が二体並んだ。視界に入った瞬間、相談時間がさらに短くなる。
「視界を切れば?」
「停止干渉は弱まります」
「壁」
「壁札は残りなし」
「砂けむり」
「自分も見えません」
「ログルは?」
「近距離なら照らせます」
「じゃあ、煙」
一手。
コヨリは砂けむりの巻物を読んだ。部屋中に茶色の煙が広がり、時計兵の懐中時計がかすむ。コヨリの視界も悪い。けれど、ログルの宝石だけが、足元三マスを淡く照らす。
「右、壁」
「左、罠」
「正面、時計兵」
「斜め前、安全」
「行く」
一手。
斜め前へずれる。時計兵の剣が、さっきまでコヨリのいた場所を切った。煙の向こうで時計が鳴る。だが、音はもう遠い。
九十三階の出口で、時計兵の上位種が待っていた。停止時間そのものをぶつけてくる敵。コヨリは剣を見ない。時計を見る。ふたが開く前に、針がわずかに震える。
「今」
一手。
小石を投げる。時計のふたに当たり、音がずれた。停止の波が半拍遅れ、コヨリはその隙に階段へ滑り込む。
【停止解除読み:成立】
【思考割込警戒:更新】
「時間を止め返した?」
「いいえ。止められる前に邪魔しました」
「それでいい。神様の時間停止に正面から付き合うほど、わたし暇じゃない」
時計兵を越えたあと、コヨリはしばらく耳を押さえていた。音がしないのに、まだ針の音がする気がする。時間を止められるというのは、体より先に心が焦る。
「ログル、今、ちゃんと動いてる?」
「はい」
「わたしも?」
「はい。少し手が震えています」
「そこは見逃して」
「記録はします」
「見逃して!」
九十三階の壁に、古い時計が一つだけ残っていた。割れている。針は止まっている。コヨリはそれを見て、拾おうとはしなかった。時間系のアイテムは、便利な顔をして一番ややこしい。
「持っていけば役に立つ?」
「可能性はあります」
「事故る?」
「かなり」
「置いていく」
置いていく判断にも、慣れてきた。強そうなものを全部持つのではなく、事故るものを持たない。深層持ち物判断は、たぶんこういうことだ。
【深層持ち物判断:兆候】
「便利そうな時計を置いていける幼女、えらくない?」
「かなりえらいです」
停止時計兵の階層を越えたことで、コヨリの中の時間感覚が少し変わった。一秒は短い。けれど、短いから意味がないわけではない。杖を構える一秒。小石を投げる一秒。ログルが足元を照らす一秒。
「一秒あれば、何ができる?」
「一歩下がれます」
「杖を振れる?」
「構えていれば」
「叫べる?」
「おすすめしません」
「叫びたい時もある」
「その場合、死なない場所でお願いします」
コヨリは小さく笑った。昔なら、一秒足りなかったと泣いた。今は、一秒で足りるように準備する。
【停止前仕込み:再確認】
時計のない廊下の先に、階段が見える。コヨリは走らず、歩いた。一秒を急ぐのではなく、一秒を使うために。
階段の手前で、コヨリは一度だけ深呼吸した。時計兵の階層では、呼吸すら急かされていた気がする。だから、普通に息を吸えることがありがたい。
「一秒って、短いけど」
「はい」
「ちゃんと使うと長いね」
「深層の感想として、かなり正確です」
ログルの宝石に、小さな成功ログが浮かぶ。
【一秒を待てた】
それは派手なスキルではない。敵を倒すわけでもない。けれど、コヨリはその文字を見て、少し笑った。
「待つのも一手」
「はい」
「動くのも一手」
「はい」
「叫ぶのは?」
「場所によります」
「まだ言う!」
時計兵の針の音が消えたあとも、コヨリは次の一手を急がなかった。急がされる敵のあとで急ぐのは、相手の置き土産に乗るようなものだ。
「急がない」
「はい」
「でも止まらない」
「はい」
「この間、難しい」
「深層ですから」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還最終シード
死亡回数:1100回
クラス:帰還者/勇者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【一フレームの神様 Lv.3】【停止時間対策 Lv.1】【時間不一致警戒 Lv.2】【思考割込警戒 Lv.1】【未識別杖確認 Lv.2】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【停止解除読み Lv.1】/更新:【思考割込警戒 Lv.1】→【思考割込警戒 Lv.2】
【登場人物紹介】
コヨリ:時間停止を正面から破らず、視界とタイミングでずらす。/ログル:遅延しながらも足元を照らす。/停止時計兵:相談時間を削る深層の理不尽敵。
【ローグライクあるある解説】
時間停止・思考猶予削減への対処回。完全無効化ではなく、視界切り、煙、予備動作読みで一手だけずらすのがローグライク的な打開。
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