一フレーム神域――思考ターンに割り込まれる
相談中も安全ではありません。
思考割込天使が来ます。
長考せず、三択で決めます。
八十四階に降りた瞬間、空気が一枚薄くなった。
世界は止まっている。いや、止まっているはずだった。コヨリが動かなければ、敵も動かない。相談と盤面確認はターンを消費しない。それが、この世界の根幹だった。
なのに、天井から白い羽が一枚落ちた。
「ログル」
「はい。嫌な数字が出ています」
「いつもの嫌な数字?」
「今回は、思考中に増えています」
「相談中に増えるな!」
白い天使が、部屋の向こうに立っていた。顔は見えない。腕も見えない。ただ、背中の輪だけが一フレームずつ位置を変える。コヨリの視界に、赤い予測線が浮かんだ。相談している間に、その線が少しずつずれていく。
【警告】
【思考停止領域に干渉を検知】
【相談時間:制限】
「思考割込天使」
「名前が最低!」
「長く考えるほど、予測がずれます」
「じゃあ短く」
「はい。三択で」
ログルの宝石に、三つだけ表示が出る。
一、眠らせる
二、壁を作る
三、階段へ逃げる
いつもなら、持ち物欄を全部見る。敵の位置も見る。罠も見る。けれど、見る時間そのものを敵が食べる。深層は、考えることすら攻撃対象にしてくる。
「眠りは?」
「耐性あり。五割」
「壁」
「一手稼げます」
「階段」
「射線に入ります」
「壁」
一手。
コヨリは土塊の札を投げ、天使との間に低い壁を作った。壁は薄い。けれど、赤い予測線がそこで折れる。天使の輪が一フレーム止まり、コヨリの呼吸が戻る。
「効いた!」
「一手だけです」
「一手でいい!」
八十七階では、思考割込天使が二体になった。三択だけでは足りない。コヨリは一瞬、焦って持ち物欄を全部開きそうになる。
「勇者様」
「分かってる。見ない。全部見ない」
手元にあるのは、眠りの杖、場所替えの杖、小石袋改。候補は三つ。足りないなら、二つに減らす。
「場所替えか、小石」
「眠りは捨てますか」
「耐性ある敵に賭けない」
「では」
「小石で右の天使を動かす。場所替えで左を越える」
一手目、小石。右の天使の予測線がずれる。二手目、場所替え。左の天使の背後へ抜ける。相談は短い。怖いほど短い。だが、長考で死ぬよりいい。
【思考割込警戒:更新】
【深層三択判断:成立】
八十九階の階段前で、コヨリはようやく息を吐いた。
「ログル」
「はい」
「考える時間まで殴ってくる敵、ずるい」
「深層ですので」
「深層、性格悪すぎる」
八十八階では、思考割込天使が攻撃ではなく、質問を投げてきた。
【なぜ帰る?】
答えようとした瞬間、赤い予測線がずれる。質問に答えることも、思考時間を奪う攻撃だった。
「答えない」
「はい」
「でも、心の中でなら?」
「短く」
コヨリは、胸の中でだけ言った。
帰りたいから。ログルと帰りたいから。みんなをなかったことにしないために帰るから。
言葉にすると長い。心の中でも、長い。だから最後は一つにした。
帰る。
その一語だけで、予測線が安定する。思考割込天使の輪が、わずかにひび割れた。
【目的圧縮:成功】
「目的まで圧縮するの!?」
「深層三択判断の応用です」
「わたしの気持ち、アイテム欄みたいに整理されてる!」
「散らかすと危険です」
笑いながらも、コヨリは分かっていた。最後の階層では、迷いも敵になる。
八十九階の最後、思考割込天使は攻撃をやめて、コヨリを見た。顔はない。けれど、見られていると分かる。
【なぜ迷わない?】
今度は、答えても予測線が揺れなかった。たぶん最後の確認だ。コヨリは短く息を吸う。
「迷ってるよ」
天使の輪が少し傾いた。
「迷ってる。でも、止まらないだけ」
その言葉で、床のマス目が一つずつ青く戻る。迷わない勇者ではない。迷っても、三択に絞り、足を出す勇者。コヨリがこの深層で得たのは、完璧な答えではなかった。
「ログル、今の記録した?」
「はい」
「恥ずかしいから消して」
「成功ログですので」
「成功ログ、たまに照れる!」
天使は羽を一枚残し、消えた。コヨリは今度も拾わず、階段へ進む。きれいなものを拾わない判断にも、だいぶ慣れた。
天使の羽は、階段の光に触れると文字になった。
【迷ってもよい】
【止まりすぎるな】
「ちょっといいこと言って消えた」
「敵の残滓です。油断しないでください」
「分かってる。でも、今のはちょっと好き」
コヨリは羽文字を保存しなかった。心の中でだけ読む。深層では、良い言葉すら持ち物欄を圧迫するかもしれない。
「ログル、次に同じ敵が出たら?」
「三択から始めます」
「迷ったら?」
「目的を一語に圧縮します」
「帰る」
「はい。帰る、です」
その一語が、階段の奥までまっすぐ伸びた。
階段の影で、コヨリは一度だけ自分の手を見た。考えすぎると死ぬ。考えなさすぎても死ぬ。その間の細い道を歩く手だ。
「ログル、わたし、ちゃんと考えてる?」
「はい」
「考えすぎてない?」
「今は、ぎりぎり」
「ぎりぎりばっかり」
「ローグライクですので」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還最終シード
死亡回数:1100回
クラス:帰還者/勇者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【一フレームの神様 Lv.3】【時間不一致警戒 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.4】【深層逃走判断 Lv.2】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【思考割込警戒 Lv.1】/新規獲得:【深層三択判断 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:長考を捨て、三択で動く。/ログル:全部説明せず候補を絞る。/思考割込天使:相談時間を攻撃してくる神域敵。
【ローグライクあるある解説】
通常のターン制では止まって考えられるが、深層では思考中に干渉する敵が出る。候補を絞り、長考しない判断が生存策になる。
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