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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第30章 帰還最終シード――死んだら全部終わります

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思い出ログフロア――ミーナのパンとカイの木剣

ここは敵より選択肢が重いです。

全部は持ち帰れません。

だから、つなぎます。

思い出ログフロア――ミーナのパンとカイの木剣


 七十三階は、パンの匂いがした。

 それだけで、コヨリの足が止まる。白い階段も、深層の罠も、理不尽な敵も、この匂いの前では少しだけ遠くなった。


「ミーナさん?」

「思い出ログ反応です。本人ではありません」

「分かってる」


 部屋の中央に、丸いパンが置かれていた。となりには、使い込まれた木剣。どちらも、ただのアイテムではない。シードごとに違う人生を生きたミーナとカイの記録が、形を持っている。

 壁には、いくつもの役割名が浮かんでいた。パン屋。女騎士。魔王軍料理長。王妃。敵兵。孤児。騎士見習い。存在しない人物。


「みんな、ちゃんと生きてたのに」

「はい」

「役割じゃないよ」

「はい」


 床に白い枠が出た。


【持ち帰り候補】

【ミーナのパン】

【カイの木剣】

【消失シードの記憶】

【ログル同行権】


 持ち物枠は足りない。持てるのは二つ。選べということだ。昔なら泣きながら全部持とうとして、荷物欄を詰まらせたかもしれない。

 コヨリはパンに手を伸ばし、途中で止める。木剣も同じ。欲しい。持って帰りたい。でも、持ち物に入れた瞬間、どちらかが荷物になってしまう。


「パンは食べるもの」

「はい」

「木剣は握るもの」

「はい」

「思い出は、荷物じゃない」


 コヨリは保存壺を開けなかった。かわりに、拠点接続種の小さな光を取り出す。29章で知った、拠点の正体。リセットされない世界の種。そこへ、パンの匂いと木剣の手触りをつなぐ。


【帰還因子:記憶】

【帰還因子:縁】

【接続維持】


 パンが消えたわけではない。木剣が消えたわけでもない。光の細い糸になって、コヨリの胸元からログルの宝石へ、そこから拠点接続種へ伸びる。


「腹が減ってちゃ、勇者もできないよ」

「これ、使って。勇者なら、いるでしょ」


 声がした。本人ではない。でも、忘れないと決めた人の声だった。


 七十八階の階段前、白い箱が置かれていた。


【記憶圧縮箱】

【入れると軽くなります】


 コヨリは箱を見て、すぐにふたを閉めた。


「軽くしない」

「重いまま進みますか」

「うん」

「満腹度は」

「減ってもいい」

「荷物ではありませんが、心は重くなります」

「重いまま帰る」


 ログルは何も言わず、コヨリの肩に寄った。


 七十七階の終わりに、小さな食卓があった。パンと木剣だけではなく、空の椅子が二つ。ミーナの椅子と、カイの椅子だ。座れば会えるかもしれない。けれど、座る一手は、たぶんこのフロアの罠でもある。


「座りたい」

「はい」

「でも、座ったら?」

「長くなります」

「長くなるだけ?」

「帰りたくなくなる可能性があります」


 それが一番怖かった。死ぬより怖い、とは言わない。でも、帰る目的がぼやけるのは怖い。


 コヨリは椅子の背もたれにだけ触れた。座らない。引き止められない距離で、ありがとうを言う。


「ミーナさん、カイ。行ってくる」


 椅子の上に、パンくずがひとつ落ちた。木剣の先が、ほんの少しだけ階段のほうを向く。


「行っていいって」

「はい」

「忘れないって、持ち歩くより難しいね」

「でも、勇者様は得意です」

「ほんと?」

「千百回分、覚えています」


 その言い方は少し重かった。けれど、嫌ではなかった。


 椅子に座らず進んだあと、コヨリのポケットにパンくずが一つ入っていた。拾った覚えはない。持ち物欄にも表示されない。ただ、指先に触れる温かさだけがある。


「ログル、これ」

「アイテムではありません」

「じゃあ何」

「たぶん、見送りです」


 コヨリはパンくずを握りしめた。食べれば消える。捨てても消える。だから、何もしない。持ち物ではないものは、持ち物欄で管理しなくていい。


 七十八階の階段を降りる時、背後の食卓から椅子を引く音がした気がした。振り返らない。振り返れば、帰れなくなるかもしれないから。


「また会える?」

「同じ形では、分かりません」

「じゃあ、違う形でも覚えてる」

「はい。それが思い出ログです」


 泣きそうになったが、泣くのは階段を降りてからにした。今は足元を見る。


 七十八階の階段は、他の階段より少し暗かった。思い出ログの光が後ろにある分だけ、前が暗く見えるのかもしれない。


「ログル」

「はい」

「忘れないって、重いね」

「はい」

「でも、忘れるほうが軽いなら、重いほうでいい」

「その判断は、拠点接続種に記録します」

「うん。忘れないで」


 ログルの宝石から細い光が伸び、コヨリのポケットのパンくずに触れた。パンくずはアイテムにならないまま、少しだけ温かくなる。


 その温かさを確認してから、コヨリは階段を降りた。涙はまだ落ちていない。落ちてもいいけれど、足元がにじむと危ない。だから、泣くのはもう少しだけ後にする。



【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還最終シード

死亡回数:1100回

クラス:帰還者/勇者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【思い出ログ記録 Lv.1】【縁感知 Lv.1】【帰還持ち帰り管理 Lv.1】【帰還接続管理 Lv.2】【世界種保存 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

更新:【帰還接続管理 Lv.2】維持/新規獲得:【思い出接続 Lv.1】内部保持


【登場人物紹介】

コヨリ:持ち帰れないものを、つなぐと決めた。/ログル:思い出を荷物として分類しない。/ミーナとカイの思い出ログ:消えたシードの縁として声を残す。


【ローグライクあるある解説】

持ち物枠不足の感情版。アイテムとして持つのではなく、拠点接続や記憶因子に変えることで、28章の『持ち帰るんじゃない、つなぐ』を回収する。

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