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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第30章 帰還最終シード――死んだら全部終わります

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魔物休憩所フロア――なでるか逃げるか

全部の魔物が敵ではありません。

でも全部なでると死にます。

三倍速黒影、初登場。

 五十三階の空気は、少しだけ温かかった。

 床には小さな寝床が並び、壁ぎわには水皿が置かれている。魔物休憩所に似ている。コヨリは一瞬、ピヨラの小さな背中を思い出した。


「ピヨ、いるかな」

「記録反応はあります。ただし、本人ではありません」

「分かってる」


 寝床の奥から、丸い毛玉が顔を出す。敵意は薄い。なでれば道を開けそうだ。だが、その隣の影は違う。真っ黒で、輪郭がぶれている。床のマス目を三つぶん、同時になめるように揺れた。


「ログル、あれ」

「三倍速黒影です」

「名前だけで帰りたい」

「逃げると一手で三マス詰められます」

「逃げたら死ぬじゃん!」

「はい。逃げ方を間違えると」


 五十五階、黒影はついに通路へ出た。コヨリが一歩下がれば、三歩で隣接する。攻撃すれば、その後に三回殴られる。だから、逃げない。まず動かさない。


「眠りの杖」

「残り一回」

「ここで使う」

「温存は」

「死んだら意味ない」

「正解です」


 一手。

 白い光が黒影に触れた。黒影は一瞬だけ止まり、すぐにまた揺れ始める。


「効きが浅い!」

「深層耐性です。二ターン程度」

「二ターンで十分?」

「壁を作るなら」


 壁生成の杖はもうない。かわりに、コヨリは土塊生成の小札を取り出した。弱い。薄い。たぶん一撃で壊れる。けれど、三倍速の進路を一手ずらすには足りる。


 一手。

 土の壁が通路の真ん中に盛り上がる。黒影は目を覚まし、三回動いた。一回目、壁にぶつかる。二回目、壁を壊す。三回目、壊れた土の向こうで止まる。


「止まった!」

「正確には、一手遅らせました」

「それが命!」


 五十八階では、敵意のない魔物が道をふさいでいた。なでれば通れる。でも、なでる一手で黒影が近づく。

 コヨリは小さくしゃがみ、魔物の目を見た。


「ごめん、今なでない」


 かわりに、おとも呼びの記録札を使う。ピヨラの火の粉が、ほんの少しだけ床に落ちた。


「ピヨ、こわい。でもコヨリ守る」


 黒影が火を嫌がり、一マスだけ進路を変える。その一マスが、階段への道になった。


【三倍速停止確認:成立】

【魔物敵意判断:更新】


「ピヨラ、帰ったらお礼言う」

「記録召喚ですが、思い出ログには届くと思います」

「じゃあ二回言う」


 三倍速黒影を抜けたあと、五十九階の小部屋に水皿があった。ピヨラの記録札が、そこへそっと光を落とす。コヨリは水皿の前にしゃがんだ。


「ピヨラ、ありがと」


 声は返らない。かわりに、小さな火の粉が一つだけ浮かび、すぐ消えた。


「二回言うって言ったから、もう一回。ありがと」

「届いています」

「ほんと?」

「思い出ログ棚が、少し温かいです」

「それならいい」


 部屋の奥には、なでられ待ちみたいな魔物がまだいる。大きな目でこちらを見る。時間があれば、なでたかった。敵意を下げて、道を開けて、拠点に記録したかった。

 でも、今は99Fへ行く途中だ。全部の縁を増やす旅ではなく、今ある縁を持って帰る旅。


「ごめんね」


 コヨリはなでずに、会釈だけして通る。魔物は不思議そうに首を傾げたあと、道を少しだけ空けた。


「なでなくても通してくれた」

「敵意が低い魔物です」

「優しい」

「はい。だからこそ、欲張ると危険です」


 優しいものにも、距離が必要な時がある。コヨリはそれを、少しだけ覚えた。


 五十九階の出口で、黒影の欠片が床に残っていた。三倍速だった影が、今はただの黒い染みになっている。コヨリはそれを踏まないようにまたいだ。


「踏んだら?」

「たぶん鈍足になります」

「敵の残り香まで罠なの!?」

「深層ですので」

「その言い訳禁止!」


 笑いながらも、コヨリは足元確認を怠らない。友好的な魔物、危険な魔物、速すぎる魔物。全部が同じ部屋にいるからこそ、分類だけに頼ると危ない。


「魔物使いって、仲良くなる職業だと思ってた」

「敵意を見る職業でもあります」

「なでれば全部解決じゃない」

「はい。なでる一手で死ぬこともあります」


 それでも、魔物休憩所の記憶は温かい。ピヨラが怖がりながら守ってくれたこと。魔物を倒さず、敵意を下げて通ったこと。深層でも、それは消えていない。


 コヨリは階段を降りながら、小さく言った。

「帰ったら、ピヨラの寝床もちゃんと残す」

「拠点接続種に、登録済みです」

「よし」


 水皿のそばには、焦げた小さな跡が残っていた。ピヨラの火の粉が落ちた場所だ。火が怖いドラゴンが、それでも火を使ってくれた記録。コヨリはその焦げ跡を指でなぞらず、目だけで覚えた。


「触らないのですか」

「触ったら、消えそうだから」

「記録には残っています」

「うん。でも、目で覚えたい」


 思い出ログは便利だ。けれど、便利だからこそ、自分の記憶を空にしたくなかった。

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還最終シード

死亡回数:1100回

クラス:帰還者/勇者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【魔物なでなで Lv.2】【おとも管理 Lv.1】【相棒同行意志 Lv.1】【三倍速警戒 Lv.1】【深層逃走判断 Lv.2】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【三倍速停止確認 Lv.1】/更新:【魔物敵意判断】内部統合→【魔物なでなで Lv.3】候補


【登場人物紹介】

コヨリ:なでたい気持ちを我慢して生きる。/ログル:速度差を冷静に読む。/ピヨラの思い出ログ:本人ではないが、火の粉で道を作る。/三倍速黒影:逃げる選択を罠にする深層敵。


【ローグライクあるある解説】

倍速・三倍速敵は、単純に逃げると追いつかれる。眠り、壁、進路変更、敵意判断で『動かさない・遅らせる』ことが重要。

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