属性反射フロア――火球は味方ではありません
火球は便利です。
便利なものは事故ります。
今回は撃つ前に床を見ます。
十九階の床は、ぬらぬらと光っていた。
油だ。たぶん油だ。見た瞬間、コヨリは火球を撃つ手を後ろへ隠した。
「撃ちません」
「まだ何も言っていません」
「床が言ってる。火を出したら死ぬって」
「たいへんよい床読みです」
属性反射フロアは、見た目がきれいなほど性格が悪かった。水床は滑る。氷床も滑る。雷床は一マス先の敵だけでなく部屋中にしびれを走らせる。光床は敵を呼び、闇床はアイテム名を隠す。
コヨリはこども杖を握り、ログルの宝石に映る属性線を目で追った。
「火球、直接禁止」
「はい」
「雷、部屋で禁止」
「自分もしびれます」
「氷、足元禁止」
「滑ります」
「魔法って味方じゃないの?」
「道具です。使い方次第です」
「神様に聞かせたい」
二十二階、爆ぜ岩が通路の奥にいた。さらにその後ろに盾コボルトが二体。昔なら、貫通小石か火球でまとめて処理したくなる配置だ。けれど、隣接爆風で死んだ記憶が、背中を引っぱる。
「一歩下がる」
「下がり先、罠なし」
「爆風範囲」
「現在位置は危険。後退後は安全」
「よし」
一手。
コヨリは一歩下がった。爆ぜ岩はまだ動かない。盾コボルトが一歩進む。次の一手で、ころころ火球を壁に反射させれば、爆ぜ岩の一マス手前で止まる。直接当てるのではなく、床の油を避け、爆風だけを敵へ渡す。
「ログル、火球」
「反射角、問題なし」
「油」
「範囲外」
「爆風」
「勇者様は範囲外」
「撃つ」
一手。
小さな火球が床を転がり、壁に当たって角度を変えた。爆ぜ岩の足元で弾け、岩のひびが赤く走る。次の瞬間、爆風が通路を満たした。盾コボルト二体が吹き飛び、コヨリの前髪だけが熱い風で揺れる。
【爆風範囲:確認成功】
【一歩下がろう:更新】
「生きてる!」
「はい」
「火球で生きてる!」
「火球で死ななかった、が正確です」
「差が大きい!」
二十七階の階段前には、反射床のゴーレムがいた。正面から魔法を撃つと返ってくる。殴るには硬い。逃げるには遅い。
コヨリは雷の巻物を手に取り、すぐ戻した。
「読まない」
「理由は」
「部屋全体。わたしもいる」
「正解です」
かわりに霜ふり床を敵の足元ではなく、その一マス後ろへ作る。ゴーレムが一歩進んだ瞬間、足を滑らせ、横の落とし穴へずれた。
「魔法って」
「はい」
「攻撃じゃなくて、床いじりなんだね」
「かなり終盤の理解です」
階段を降りながら、コヨリは油床を振り返った。
「でも火球で自爆したことは、まだ許してない」
「記録してあります」
「消して」
「最終攻略に役立ちました」
「消せない理由が強い!」
二十五階では、ルーメの記録が一瞬だけ反応した。壁に、意味ありげな詠唱文が浮かび上がる。とても立派な文字列だが、肝心の効果名が読めない。
「すごい魔法を思い出しました」
声だけが聞こえた。
「ルーメさん、効果は?」
「何の魔法でしたっけ?」
「深層でそれやめて!」
コヨリは詠唱を読まない。長い詠唱はターンを食う。満腹度も削る。しかも効果不明。昔なら、派手な魔法に賭けて死んだかもしれない。
「ログル、この詠唱、危険?」
「魔力構文は強いです。ただし、床属性と噛み合っていません」
「強いけど噛み合わない」
「はい。強い事故です」
かわりにコヨリは、詠唱文の最後だけを利用した。魔法として発動するのではなく、属性床の名前を呼ぶ。火ではない。水でもない。床が今ほしがっている名前は、土。
「土塊生成、小さく」
一手。
足元の油を避けるように、小さな土の盛り上がりができた。敵の火球がそこへ当たり、火は広がらずに消える。
「魔法、弱く使えた!」
「はい。強く使わない判断です」
「強くないのにえらいって、ちょっと好き」
火力ではなく、事故を減らすための魔法。コヨリはその感覚を、指先に覚え込ませた。
二十六階の小部屋で、属性検証卓の記録が床に浮かんだ。拠点で何度も試した、油床と火球、氷床と転倒、雷床としびれ。あの時は反省会テーブルの上で笑えた事故も、ここでは一度で終わる。
「ログル、拠点の検証って、ちゃんと意味あったんだね」
「はい。死亡ログだけでなく、成功ログも反映されています」
「成功ログ棚、えらい」
床の端に、小さな成功ログが並ぶ。
【火球は油床で撃たない】
【雷は味方がいる部屋で読まない】
【氷床は敵の後ろに作る】
【反射床は正面から殴らない】
コヨリはそれを声に出して読まなかった。読む時間がもったいないのではない。もう、体が知っているからだ。
最後に、闇床の上で未識別の杖が光った。拾えば強いかもしれない。闇属性で名前が隠れているから、なおさら気になる。
「拾わない」
「理由は」
「闇床、未識別、階段前。三役そろってる」
「完璧な拒否理由です」
コヨリは杖を置いて階段を降りた。強いかもしれない杖より、確かな一歩を選ぶ。それも魔法安全確認の一部だった。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還最終シード
死亡回数:1100回
クラス:帰還者/勇者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【属性識別 Lv.1】【魔法安全確認 Lv.1】【一歩下がろう Lv.2】【貫通先確認 Lv.3】【総合盤面確認 Lv.4】
【今回の新規獲得・更新】
更新:【属性識別 Lv.1】→【属性識別 Lv.2】/更新:【一歩下がろう Lv.1】→【一歩下がろう Lv.2】
【登場人物紹介】
コヨリ:魔法を火力ではなく盤面操作として使う。/ログル:属性床と爆風範囲を短く補助。/爆ぜ岩:過去の死因から、今回は敵処理装置にされた。
【ローグライクあるある解説】
爆発敵・属性床・反射床の組み合わせ回。強い攻撃ほど自分を巻き込むので、撃つ前の一歩と範囲確認が命を分ける。
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