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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第30章 帰還最終シード――死んだら全部終わります

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満腹度フロア――おにぎり一個で世界を救え

深層前なのに、お腹が減ります。

最終攻略でも満腹度は敵。

大きなおにぎりは誘惑です。

 十階に降りた瞬間、コヨリのお腹が鳴った。

 音は小さかったのに、フロア全体がそれを聞いたみたいに静まり返る。壁には、おにぎりの絵が描かれていた。嫌な予感しかしない。


「ログル、満腹度」

「残り六十二」

「まだある」

「あります。ただし、この階層は移動消費が重いです」

「お腹にも深層補正かけるなああああ!」


 敵は多くない。だからこそ、歩かされる。階段は遠く、通路は曲がり、ところどころに食料らしきものが落ちている。だが、床に置かれた食料を拾う一手で敵が寄る。食べる一手でも敵が寄る。節約しすぎれば、満腹度が尽きる。

 コヨリは小さいおにぎりを一つ握って、真剣に見つめた。


「これ、いつ食べるのが正解?」

「空腹死する前です」

「ざっくり!」

「残り三十を切ったら検討。敵隣接中は避ける。階段前では食べない」

「階段前?」

「階段前で食べる一手に、敵が追いつくことがあります」

「おにぎりの食べ時まで殺意ある」


 十五階、通路の先に大きなおにぎりが見えた。つやつやで、海苔まで巻いてある。コヨリの足が止まる。


「大きい」

「見ないでください」

「でも大きい」

「命よりは小さいです」

「名言みたいに言うけど、相手おにぎりだよ」


 おにぎりの右側に、倍速ヤマネコ改がいる。眠っている。おにぎりを拾うには一手。拾った瞬間、ヤマネコが起きる可能性がある。いや、起きなくても、拾う一手そのものが怖い。

 コヨリは手持ちの小さいおにぎりを見た。


「手持ち食べる」

「はい」

「大きいのは?」

「置いていきます」

「うううううう」

「勇者様」

「分かってる。命より大きいおにぎりはない」

「少し違いますが、進みましょう」


 一手。

 小さいおにぎりを食べる。満腹度が回復する。倍速ヤマネコ改は眠ったまま。大きなおにぎりは、通路の灯りに照らされて、やけにおいしそうに残った。


 十八階の階段前で、今度は【おにぎり化の罠】が見えた。見えている。なのに、階段へ行く最短ルート上にある。


「踏まない」

「迂回は十二ターン増えます」

「満腹度は?」

「ぎりぎりです」

「神様ァ! お腹と罠で二択を作るな!」


 コヨリは通路の壁に、小石を投げた。音に釣られた敵が動き、罠の手前で足を止める。場所替えの杖を使えば、敵と位置を入れ替えて罠を踏ませずに階段側へ出られる。


「場所替え先」

「階段横、罠なし」

「満腹度」

「残り九」

「食べる?」

「階段を降りてから」


 一手。

 場所替え。世界が動く。敵が目を丸くする前に、コヨリは階段へ足を下ろした。


【満腹度をケチるな:更新】

【おにぎり誘惑:突破】


「ログル」

「はい」

「帰ったら、普通のおにぎり食べたい」

「具は」

「安全なやつ」


 満腹度が二十を切った時、コヨリの足は目に見えて重くなった。HPは減っていない。敵もいない。けれど、体の中から勇気が削られる感じがする。ローグライクで満腹度が尽きる怖さは、数字よりも前に心へ来る。


「ログル、あと何歩で階段?」

「最短で十七手です」

「お腹は?」

「現在十九。階段到達時、ぎりぎりです」

「寄り道なし」

「はい」


 通路の角に、焼きおにぎりの匂いがした。実物はない。匂いだけ。たぶん、食料探しを誘う罠だ。コヨリは鼻をつまんだ。


「匂いで殺しに来るの、ずるい」

「食欲誘導罠です」

「名前がもう最低」


 十六手目、目の前に小さな敵が出た。倒せば経験値。もしかしたらレベルアップでHPが少し回復する。だが、戦闘には手数がかかる。満腹度も減る。倒す価値はあるか。


「倒す?」

「階段まで一手です」

「降りる」

「経験値は」

「いらない。帰るほうが経験値より大事」


 一手。

 コヨリは敵の横を抜け、階段へ足を置いた。敵の爪が背中をかすめるより先に、視界が切り替わる。


 次の階で、満腹度の数字が少しだけ戻った。救済ではない。階層移動時の最低保証だ。コヨリはそれを見て、床に座り込みそうになった。


「おにぎり一個で世界救うの、難易度おかしい」

「しかし、今の判断は世界を救う側です」

「じゃあ帰ったら具を二個にしていい?」

「検討します」


 十八階を抜けたあと、階段の踊り場に小さな泉があった。水は飲めそうに見える。見えるだけだ。コヨリは両手を伸ばしかけ、ぴたりと止まった。


「水」

「未識別です」

「泉も未識別なの!?」

「最終シードですので」

「その言い訳、万能にしないで」


 喉は渇いている。満腹度が戻っても、気持ちが食べ物を探している。だが、泉の縁には小さな文字があった。


【満腹度回復】


 親切すぎる。コヨリは目を細める。


「回復って書いてある」

「はい」

「回復以外もする?」

「可能性があります」


 小石を泉へ落とす。水面が膨らみ、小さな口が開いた。泉型ミミックだった。最終シード、食料だけでなく水まで信用できない。


「水が噛むなああああ!」

「噛む泉です」

「そのまま!」


 コヨリは笑いながら、少しだけぞっとした。空腹と喉の渇きは、判断を甘くする。だからこそ、何かが欲しい時ほど一歩止まる必要がある。

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還最終シード

死亡回数:1100回

クラス:帰還者/勇者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【満腹度管理 Lv.2】【階段前欲張り警戒 Lv.3】【場所替え判断系統:内部保持】【総合盤面確認 Lv.4】


【今回の新規獲得・更新】

更新:【満腹度をケチるな】内部統合→【満腹度管理 Lv.3】候補/新規:【おにぎり誘惑耐性 Lv.1】内部保持


【登場人物紹介】

コヨリ:大きなおにぎりを置いていけるようになった。/ログル:食料管理に厳しい相棒。/倍速ヤマネコ改:寝ているだけで怖い食料番。


【ローグライクあるある解説】

満腹度はHPと同じく管理資源。食料を拾う一手、食べる一手、迂回するターンが全部リスクになる。大きなおにぎりは敵より強い誘惑。

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