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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第30章 帰還最終シード――死んだら全部終わります

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未識別フロア――飲むな、読むな、装備するな

未識別品が床に落ちています。

便利そうなものほど危険です。

飲むな、読むな、装備するな。

 二階から九階までは、床がやたら親切だった。

 草が落ちている。巻物が落ちている。腕輪が落ちている。壺まである。普通なら喜ぶところだが、コヨリは階段の前で顔をしかめた。


「落ちすぎ」

「はい。親切に見える配置です」

「親切に見える配置は?」

「だいたい罠です」


 床の草には名前がない。巻物にも題名がない。腕輪はきらきらしているが、きらきらしているものほどろくでもない。コヨリは手を伸ばしかけ、ぐっと引っ込めた。


「飲まない」

「はい」

「読まない」

「はい」

「装備しない」

「かなり成長しました」

「ほめて。もっと」

「ただし、拾う一手で敵が近づきます」

「ほめる時間短い!」


 通路の奥から盾コボルトが歩いてくる。まだ距離はある。今なら未識別の草を敵に投げて識別できる。だが、効果が回復なら無駄。毒なら成功。倍速なら地獄。

 コヨリは草を拾う前に、足元と背後を確認した。拾う一手。敵が一歩。投げる一手。敵がもう一歩。距離は足りる。


「ログル、腕輪」

「装備していません」

「遠投なし」

「はい」

「後ろ」

「壁です」

「じゃあ、投げる」


 一手。

 草は盾コボルトの兜に当たって、ぱっと青く光った。


【未識別の草:倍速草】

【対象:盾コボルト】

【状態:倍速】


 盾コボルトが、二歩動いた。


「敵に倍速草あげちゃったああああああああああ!?」

「識別は成功です」

「成功の形がひどい!」


 盾コボルトが盾を構えたまま迫る。普通なら一歩ずつの敵が、こちらの一手に二回進む。逃げるだけでは詰められる。コヨリは泣きそうな顔で、眠りの杖を握った。


「眠りの杖、残り三回」

「撃てば止まります。ただし外すと隣接です」

「外さない」

「願望ですか」

「決意!」


 一手。

 杖先から白い煙が伸び、盾コボルトの鼻先で弾けた。盾が床に落ち、コボルトはその場で寝息を立てる。


【倍速敵:睡眠処理成功】

【最終識別判断:成立】


 コヨリは大きく息を吐いた。床にはまだ巻物も腕輪も壺もある。全部欲しい。でも持ち物欄は有限で、命はひとつ。


「ログル」

「はい」

「この腕輪、拾わない」

「理由は」

「きらきらしすぎ」

「たいへん正しいです」


 階段を降りる直前、背後で壺がかたりと鳴った。コヨリは振り返らない。


「宝箱も壺も、呼吸するな」

「今回、壺は呼吸ではなく鳴動です」

「もっと嫌!」


 八階の小部屋では、また壺が落ちていた。今度の壺は鳴らない。呼吸もしない。まるで「安全です」と言いたげに、床の真ん中へお行儀よく置かれている。


「ログル」

「はい」

「安全そう」

「安全そうに見える壺です」

「言い方がもう安全じゃない」


 壺の横には、識別の巻物も落ちていた。巻物を読めば壺の正体が分かるかもしれない。だが、識別の巻物そのものが本当に識別なのかは分からない。床に落ちた説明は、いつだって信用しすぎると噛まれる。


 コヨリは巻物を拾わず、壺の周りを一周した。拾う一手を使わない確認だけなら、まだ世界は進まない。壺の影が、わずかに床のマス目からずれている。


「壺じゃない」

「はい」

「壺のふりした何か」

「保存壺荒らしの幼体です」

「幼体でも荒らすの!?」

「幼体ほど、持ち物欄に入りたがります」


 コヨリは小石を投げた。壺がぱかりと開き、小さな歯を見せる。やっぱり。


「開けなくてよかった!」

「勇者様、かなりよい疑い方でした」

「疑うって大事」

「ただし、疑いすぎると何も拾えません」

「そのバランスが難しいんだよおおお」


 最終シードは、親切な床にこそ悪意を混ぜてくる。だからコヨリは、拾えるものを全部拾うのではなく、拾わない理由をひとつずつ作って進んだ。


 九階の最後、床に【白紙の巻物】らしきものが落ちていた。白紙。名前をつければ、たぶん何かになる。ローグライク好きなら喉から手が出るほど欲しい。コヨリも、もちろん欲しい。


「ログル」

「はい」

「白紙っぽい」

「白紙に見える巻物です」

「本物なら強い」

「偽物なら危険です」

「拾う一手は?」

「眠っていた倍速ヤマネコ改が起きる可能性があります」


 白紙の巻物。倍速ヤマネコ。階段は三マス先。答えは分かっている。それでも、足が巻物へ寄りかける。強いアイテムは、それだけで罠になる。


 コヨリは、巻物へ向かって小さく頭を下げた。


「今回は、いらない」


 口に出すと、少し楽になった。拾わなかったものは、ロストではない。生きるために選ばなかったものだ。


【深層持ち物判断:微小更新】


「今の、えらい?」

「かなりえらいです」

「白紙の巻物より?」

「命のほうが希少です」

「それ、もっと早く全勇者に配って」


 階段に足をかける前、コヨリは拾わなかった腕輪を一度だけ振り返った。きらきらした輪は、床の上で無害そうに光っている。


「ログル、あれが本当に腹減らずの腕輪だったら?」

「かなり楽になりました」

「呪われた映え腕輪だったら?」

「死亡演出が派手になりました」

「置いていこう」

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還最終シード

死亡回数:1100回

クラス:帰還者/勇者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【未識別警戒 Lv.5】【投擲前確認 Lv.2】【遠投の腕輪装備確認 Lv.3】【総合盤面確認 Lv.4】【倍速警戒系統:内部保持】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【最終識別判断 Lv.1】/内部更新:【倍速敵への打開判断】


【登場人物紹介】

コヨリ:未識別を自分で飲まない勇者。/ログル:識別成功の形がひどくても冷静。/盾コボルト:倍速草をもらってしまった被害者兼加害者。


【ローグライクあるある解説】

未識別品は使えば分かるが、使い方を間違えると即事故になる。自分で飲まず敵に投げる識別は便利だが、倍速草などを敵に与える危険もある。

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