未識別フロア――飲むな、読むな、装備するな
未識別品が床に落ちています。
便利そうなものほど危険です。
飲むな、読むな、装備するな。
二階から九階までは、床がやたら親切だった。
草が落ちている。巻物が落ちている。腕輪が落ちている。壺まである。普通なら喜ぶところだが、コヨリは階段の前で顔をしかめた。
「落ちすぎ」
「はい。親切に見える配置です」
「親切に見える配置は?」
「だいたい罠です」
床の草には名前がない。巻物にも題名がない。腕輪はきらきらしているが、きらきらしているものほどろくでもない。コヨリは手を伸ばしかけ、ぐっと引っ込めた。
「飲まない」
「はい」
「読まない」
「はい」
「装備しない」
「かなり成長しました」
「ほめて。もっと」
「ただし、拾う一手で敵が近づきます」
「ほめる時間短い!」
通路の奥から盾コボルトが歩いてくる。まだ距離はある。今なら未識別の草を敵に投げて識別できる。だが、効果が回復なら無駄。毒なら成功。倍速なら地獄。
コヨリは草を拾う前に、足元と背後を確認した。拾う一手。敵が一歩。投げる一手。敵がもう一歩。距離は足りる。
「ログル、腕輪」
「装備していません」
「遠投なし」
「はい」
「後ろ」
「壁です」
「じゃあ、投げる」
一手。
草は盾コボルトの兜に当たって、ぱっと青く光った。
【未識別の草:倍速草】
【対象:盾コボルト】
【状態:倍速】
盾コボルトが、二歩動いた。
「敵に倍速草あげちゃったああああああああああ!?」
「識別は成功です」
「成功の形がひどい!」
盾コボルトが盾を構えたまま迫る。普通なら一歩ずつの敵が、こちらの一手に二回進む。逃げるだけでは詰められる。コヨリは泣きそうな顔で、眠りの杖を握った。
「眠りの杖、残り三回」
「撃てば止まります。ただし外すと隣接です」
「外さない」
「願望ですか」
「決意!」
一手。
杖先から白い煙が伸び、盾コボルトの鼻先で弾けた。盾が床に落ち、コボルトはその場で寝息を立てる。
【倍速敵:睡眠処理成功】
【最終識別判断:成立】
コヨリは大きく息を吐いた。床にはまだ巻物も腕輪も壺もある。全部欲しい。でも持ち物欄は有限で、命はひとつ。
「ログル」
「はい」
「この腕輪、拾わない」
「理由は」
「きらきらしすぎ」
「たいへん正しいです」
階段を降りる直前、背後で壺がかたりと鳴った。コヨリは振り返らない。
「宝箱も壺も、呼吸するな」
「今回、壺は呼吸ではなく鳴動です」
「もっと嫌!」
八階の小部屋では、また壺が落ちていた。今度の壺は鳴らない。呼吸もしない。まるで「安全です」と言いたげに、床の真ん中へお行儀よく置かれている。
「ログル」
「はい」
「安全そう」
「安全そうに見える壺です」
「言い方がもう安全じゃない」
壺の横には、識別の巻物も落ちていた。巻物を読めば壺の正体が分かるかもしれない。だが、識別の巻物そのものが本当に識別なのかは分からない。床に落ちた説明は、いつだって信用しすぎると噛まれる。
コヨリは巻物を拾わず、壺の周りを一周した。拾う一手を使わない確認だけなら、まだ世界は進まない。壺の影が、わずかに床のマス目からずれている。
「壺じゃない」
「はい」
「壺のふりした何か」
「保存壺荒らしの幼体です」
「幼体でも荒らすの!?」
「幼体ほど、持ち物欄に入りたがります」
コヨリは小石を投げた。壺がぱかりと開き、小さな歯を見せる。やっぱり。
「開けなくてよかった!」
「勇者様、かなりよい疑い方でした」
「疑うって大事」
「ただし、疑いすぎると何も拾えません」
「そのバランスが難しいんだよおおお」
最終シードは、親切な床にこそ悪意を混ぜてくる。だからコヨリは、拾えるものを全部拾うのではなく、拾わない理由をひとつずつ作って進んだ。
九階の最後、床に【白紙の巻物】らしきものが落ちていた。白紙。名前をつければ、たぶん何かになる。ローグライク好きなら喉から手が出るほど欲しい。コヨリも、もちろん欲しい。
「ログル」
「はい」
「白紙っぽい」
「白紙に見える巻物です」
「本物なら強い」
「偽物なら危険です」
「拾う一手は?」
「眠っていた倍速ヤマネコ改が起きる可能性があります」
白紙の巻物。倍速ヤマネコ。階段は三マス先。答えは分かっている。それでも、足が巻物へ寄りかける。強いアイテムは、それだけで罠になる。
コヨリは、巻物へ向かって小さく頭を下げた。
「今回は、いらない」
口に出すと、少し楽になった。拾わなかったものは、ロストではない。生きるために選ばなかったものだ。
【深層持ち物判断:微小更新】
「今の、えらい?」
「かなりえらいです」
「白紙の巻物より?」
「命のほうが希少です」
「それ、もっと早く全勇者に配って」
階段に足をかける前、コヨリは拾わなかった腕輪を一度だけ振り返った。きらきらした輪は、床の上で無害そうに光っている。
「ログル、あれが本当に腹減らずの腕輪だったら?」
「かなり楽になりました」
「呪われた映え腕輪だったら?」
「死亡演出が派手になりました」
「置いていこう」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還最終シード
死亡回数:1100回
クラス:帰還者/勇者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【未識別警戒 Lv.5】【投擲前確認 Lv.2】【遠投の腕輪装備確認 Lv.3】【総合盤面確認 Lv.4】【倍速警戒系統:内部保持】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【最終識別判断 Lv.1】/内部更新:【倍速敵への打開判断】
【登場人物紹介】
コヨリ:未識別を自分で飲まない勇者。/ログル:識別成功の形がひどくても冷静。/盾コボルト:倍速草をもらってしまった被害者兼加害者。
【ローグライクあるある解説】
未識別品は使えば分かるが、使い方を間違えると即事故になる。自分で飲まず敵に投げる識別は便利だが、倍速草などを敵に与える危険もある。
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