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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第30章 帰還最終シード――死んだら全部終わります

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1F、黒狼再配置――最初の死因が待っている

最初の黒狼が、最後の1Fに再配置。

今度は死にません。

でもHP15なので普通に怖いです。

 第一階層は、腹が立つくらい普通の草原だった。

 風が草を揺らし、遠くでは村の屋根らしいものが見える。空は青い。小鳥まで鳴いている。普通すぎる景色に、コヨリは逆に足を止めた。


「ログル」

「はい」

「こういう平和な場所、だいたいチュートリアル詐欺でしょ」

「実績に基づく警戒、正しいですね。勇者様」


 草の奥で、黒い影が沈んだ。低い唸り。丸い耳。細い脚。初めて見た時は、ただの狼に見えた。今は違う。コヨリの視界には、爪の届くマス、飛びかかりの方向、逃げられない袋小路まで、薄く重なって見えている。

 黒狼が牙をむいた瞬間、世界が盤面みたいに固まった。唾の粒が空中に止まり、草の葉の先で光っている。


「通常速度。攻撃範囲、正面一マス。飛びかかりは次ターン」

「右足、罠は?」

「なし。左前に小石で誘導可能」

「倒す?」

「Lv1で正面から倒す必要はありません」

「正論」


 コヨリは小石袋改から、一番小さい石を選んだ。投げるだけなら一手。黒狼も一手動く。けれど、投げる先を間違えなければ、黒狼の向きがずれる。


 一手。

 小石が草むらの右奥へ落ちた。乾いた音に黒狼の耳がぴくりと動き、牙の向きがわずかに外れる。次の瞬間、止まっていた世界が動き出した。黒狼は石の音へ半歩寄り、コヨリは壁ぎわではなく、草の薄い青マスへ体を滑らせる。


「いける」

「次、階段まで五マス。黒狼は追跡します」

「走ると?」

「一手ごとに一歩です。気持ちだけ走ってください」

「気持ちだけ全力疾走!」


 コヨリは、黒狼に背を向けすぎないように進んだ。一歩、また一歩。背中の毛が逆立つほど怖い。初死亡の痛みが、喉の奥に戻ってくる。それでも、今の足は震えながら動く。

 階段の一マス手前で、黒狼が飛びかかり体勢に入った。初めて死んだ時と同じ角度。同じ牙。同じ終わり方になりかけた。


「左へ」

「左、踏む!」

「踏んでください。罠ではありません。草です」

「草も信用できない!」

「今回は草です」


 一手。

 左へずれた。黒狼の爪が、コヨリのリボンをかすめる。切れた赤い端が宙で舞い、黒狼の前足が空を切った。

 階段に足がかかる。


【初死亡因子:突破】

【黒狼の爪筋回避:最終シード同期】


 コヨリは階段を降りながら、鼻の奥が熱くなるのを感じた。


「最初の死因に勝ったああああああああああああああああああああああ!!」

「はい」

「ちょっと泣きそう うるうる」

「泣くと視界が悪くなります」

「ログル、今だけ情緒を優先して」

「......かなり、えらいです」


 それで十分だった。


 階段を降りた先で、コヨリはリボンの切れた端に触れた。布はほんの少しだけ短くなっている。ダメージではない。けれど、初死亡の記憶に触れるには十分だった。


「ログル、リボン、持ち帰れる?」

「シード内損耗なので、通常は帰還時に補正されます」

「補正しなくていい」

「記念ですか」

「ううん。確認用。わたし、怖かったけど、ちゃんと動いたっていう」


 ログルは少し黙り、宝石を薄く光らせた。


【拠点接続種:微小記録】

【初死亡因子突破証明:保存】


「保存しました」

「ありがと」

「ただし、見せびらかすとネム様にまた死因グッズと言われます」

「言いそう」


 二階への階段は、草の匂いから石の匂いへ変わる。黒狼はもう追ってこない。それでも、背後を見ないで済むわけではない。コヨリは一歩降りるたびに、足裏へ力を入れた。最初の死因を越えたからといって、次が優しいとは限らない。


「勇者様」

「なに」

「最初を越えたから、次も越えられる、とは言いません」

「うん」

「でも、最初を越えた事実は残ります」

「ログル、そういう言い方、いい」

「では記録します」

「照れるからやめて」


 次の階へ降りる前に、コヨリはもう一度だけ草原を振り返った。黒狼は遠くでこちらを見ている。倒していないから、勝利の音は鳴らない。経験値も入らない。でも、今のコヨリにはそれが少しだけ誇らしかった。


「倒さなかったのに、勝った気がする」

「勝利条件を間違えなかったからです」

「昔なら、倒さなきゃって思ったかも」

「勇者という言葉に引っ張られていました」

「今は?」

「帰還者です」


 帰還者。その言葉は、剣よりも少し軽くて、でも、胸には重かった。誰かを倒して進むだけではない。逃げる、避ける、待つ、捨てる、選ぶ。全部が帰るための一手になる。


 黒狼が低く吠えた。威嚇ではなく、合図のようにも聞こえる。コヨリは小さく手を振りかけて、途中でやめた。敵に手を振るのは、行動判定されるかもしれない。


「今の、手を振ったらターン?」

「微妙です」

「微妙なことしない」

「たいへんよい最終判断です」


 コヨリは手を握り直し、階段へ降りた。


 階段の途中で、ログルは小さく耳を動かした。

「今の黒狼、倒せば少量の経験値でした」

「言わないで」

「言わないほうがよかったですか」

「ちょっとだけ迷うから」


 でも、その迷いもすぐ消えた。経験値は階層内の力になる。死ねば失う。帰還最終シードでは、失う前に終わる。だからこそ、いま必要なのは強くなることではなく、余計な傷を負わないことだった。

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還最終シード

死亡回数:1100回

クラス:帰還者/勇者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【危険察知 Lv.4】【黒狼の爪筋回避】【足元確認 Lv.5】【総合盤面確認 Lv.4】【逃走判断系統:内部保持】


【今回の新規獲得・更新】

更新:【初死亡因子】突破。新規表示なし。


【登場人物紹介】

コヨリ:最初の死因を正面から倒さず突破した。/ログル:短い警告だけで支える相棒。/黒狼:第1話の初死亡担当。今回は攻略対象ではなく突破確認役。


【ローグライクあるある解説】

1F再演回(はじめのリプレイ)。ローグライクでは敵を倒すより階段へ行く判断が正解になる場面がある。経験値欲より生存優先。

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