最終シード選択――それでも帰る
29章ラスト。
拠点全員が、最後の挑戦を見送ります。
コヨリは壁に、新しい言葉を書きます。
拠点の壁には、最初の文字がまだ残っている。
【帰る】
椅子しかなかった頃、コヨリが書いた文字だ。何も分からず、神様の説明も雑で、黒狼に食べられて、死神受付を通って、白い部屋に戻されて。泣きながら、それでも書いた。
今、その下にはたくさんの言葉が増えている。
【神様の仕様を攻略する】
【持ち帰るんじゃない。つなぐ】
【消えた世界も、なかったことにしない】
コヨリは壁の前に立ち、しばらく黙っていた。ログルは足元にいる。ゼルド、ベル、ネム、ハコベエ、リュシアの記録、ミーナとカイの思い出ログ、魔物休憩所の小さな寝息。みんなが、拠点のそれぞれの場所から見ている気がした。
「勇者よ」
ゼルドが言う。
「余は、こちら側の門を守る」
「魔王さんが門番って、だいぶ強い」
「任せよ」
ベルが書類束を抱えたまま一礼する。
「帰還門法務担当として、最後まで書類で殴ります」
「ベルさん、ほんとに殴るんだね」
「もちろんです」
ネムは受付札をしまい、珍しく目を少しだけ開けていた。
「死亡受付は、できれば使わないでください」
「うん。休んでて」
「定時退勤を目指します」
「そこはぶれない」
ハコベエ箱が、がたん、と口を開ける。
「いらっしゃいませ、噛みませんので。最終決戦セールです」
「今それやる!?」
「保存壺、識別の巻物、満腹草、謝罪要求の巻物、取り揃えております」
「欲しいけど枠がない!」
「持ち物管理は命です」
「店が正論言うなあああああ!」
コヨリは結局、識別の巻物を一枚だけ買った。買ったというより、ベルが「領収書を主神様に回します」と言ったので、ハコベエが嬉しそうに箱の奥へしまった。
ログルが持ち込み候補を確認する。
「勇者様。最終持ち込み候補です」
「言って」
「帰還鍵。ネム様の受付外通行証。ベル様の正式抗議文。ゼルド様の影符。思い出ログ接続糸。識別の巻物。食料は小さなおにぎり二つ。同行者、ログル」
「おにぎり二つで99F?」
「途中で拾う必要があります」
「最後まで食料運!」
リュシアの記録音声が、酒場のほうから明るく響く。
「ちび勇者ちゃん、生きて戻っても死んで戻っても、まず一杯!」
「死んで戻れないんだよ!」
「じゃあ、生きて戻って一杯!」
「それならよし!」
メリメルの記録が、厨房からのんびり流れる。
「爆裂キノコも、豊かに増やしておきました」
「増やさないで!」
笑い声が拠点に広がった。
怖い。
それでも、笑える。
コヨリは壁に向き直る。手に持った筆は、少し震えていた。ログルが隣から見上げる。
「コヨリ様」
「なに」
「ぼくは、相棒として同行します」
「うん」
「端末ではありません」
「うん」
「荷物でもありません」
「うん」
「置いていかれません」
コヨリは、そこでやっと笑った。
「置いていかない」
壁の一番下に、新しく書く。
【ログルと帰る】
文字を書き終えた瞬間、帰還門建設予定地の根が強く光った。死因図鑑室のカードが震え、思い出ログ棚の札が揺れ、魔王相談窓口の書類が一斉に整列する。
【帰還最終シード:起動準備完了】
【第1階層へ転送可能】
管理画面に、また選択肢が出る。
【挑戦しますか?】
【はい】
【まだ泣く】
コヨリは【まだ泣く】を見た。
少しだけ、押したかった。
でも、泣くのは行ってからでもできる。たぶん、何度も泣く。泣きながら杖を振るし、泣きながら罠を避けるし、泣きながらおにぎりを食べる。泣くことは、行かない理由にはならない。
「ログル」
「はい」
「行くよ」
「はい」
「死なない」
「はい」
「もし、めちゃくちゃ怖くなったら」
「はい」
「短く相談して」
「はい」
「一手だけ、いちばんましなやつを選ぶ」
「はい」
コヨリは【はい】に手を伸ばした。
触れる直前、アドミニスの声が聞こえた。
「勇者ちゃん」
「なに」
「待ってる」
「待ってて。殴るから」
白い光が、足元から立ち上がる。
【帰還最終シード:起動】
【第1階層へ転送します】
【開始状態:Lv1/HP15】
【同行者:ログル】
【通常リスポーン:不可】
コヨリはログルを抱え、最後に拠点を見た。
「行ってきます」
誰かの声が、いくつも重なった。
「行ってらっしゃい」
次の瞬間、白い床が消えた。
光に包まれる直前、コヨリは振り返った。椅子も、死因図鑑室も、思い出ログ棚も、魔王相談窓口も、全部が白い光の向こうににじんでいる。
最初は、帰るためにここを出たかった。
今も、帰りたい。
でも、今は少し違う。ここを捨てるのではなく、ここにつながったまま帰る。自分のためだけではなく、ログルと、覚えてきた人たちと、神様に勝つために。
「帰る」
コヨリは、もう一度だけ言った。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:管理画面シード/ネタバレシード
死亡回数:1100回(この話では増加なし)
クラス:帰還者/死因学者/拠点管理人 複合状態
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【危険察知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.3】【足元確認 Lv.3】【射線確認 Lv.2】【満腹度管理 Lv.2】【帰還接続管理 Lv.1】【相棒再分類拒否 Lv.2】【神域死亡処理警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
章末更新:【帰還接続管理 Lv.1】→【帰還接続管理 Lv.2】/【相棒再分類拒否 Lv.2】継続
拠点施設:【椅子】【死因図鑑室】【鑑定机】【厨房】【思い出ログ棚】【罠訓練場】【魔物休憩所】【シード地図室】【反省会テーブル】【拠点酒場】【魔王相談窓口】【魔王軍資料室】【死因研究室】【仕様書保管棚】【一フレーム道場】【帰還門建設予定地】【管理画面の扉】
【登場人物紹介】
・この話の焦点:拠点全員の見送りと、壁の新しい文字で29章を閉じます。
・コヨリ:神様の仕様書を読む側に回った幼女勇者。怒りと怖さを抱えつつ、帰る意志だけは曲げない。
・ログル:解析神獣。端末扱いから相棒へ再分類されつつある。冷静だが、もう完全に情がある。
・ゼルド:魔王。ラスボス役を押しつけられていた被害者代表。怒り方が静かで怖い。
・ベル:魔王軍秘書。正式抗議文で神様を詰める有能事務担当。書類は物理的にも重い。
・ネム:死神受付。淡々としているが、最終シードの死亡処理にはいつもより慎重。
・ハコベエ:ミミック商人。最終決戦前でも商売する箱。噛まないと言いつつ信用は薄い。
・リュシアの記録:拠点酒場の酒神の記録。死んでも生きても乾杯しようとする姉御枠。
・メリメルの記録:豊穣神の記録。善意で爆裂キノコを増やすタイプの天然事故製造神。
【ローグライクあるある解説】
潜る前の最終持ち込み確認回。食料二つ、識別の巻物一枚、特殊札複数という枠制限で、30章の99F攻略の緊張を作っています。
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