まっすぐ立つと撃たれます
射線の谷、開幕です。
今回は、敵が見える前に撃たれます。
幼女に対する配慮、今回もありません。
拠点の床に、赤い線が走った。
最初は傷かと思った。けれど、線は一本では終わらなかった。白い床の上を、細い赤線が何本も伸びて、交差し、重なり、わたしの足元の少し先でぴたりと止まる。
ログルの額の宝石が、じり、と嫌な色で光った。
「ログル。その赤いの、なに」
「射線です」
「しゃせん」
「まっすぐ立つと撃たれます」
「じゃあ立たない!」
「移動しないと進めません」
「神様ァ! 立っても歩いても殺すなああああああああああああああ!」
作戦机の上には、いつもの木剣ではなく、小さな短弓が置かれていた。子供用に見える。けれど、弦に触れた指先がぴりっとした。
【初期装備】
【短弓】
【木の矢:五本】
【小石袋】
【鍋のふた】
【クラス適性:弓使い候補】
「弓って、遠くから攻撃できるやつだよね」
「はい」
「つまり安全」
「勇者様がそう思った時点で、安全ではありません」
「なんでわたしの感想が死因になるの!?」
ログルは短弓の横に前足を置いた。ふわふわの足なのに、妙に重そうに見える。
「遠くを攻撃するには、まず自分がどこに立っているかを見る必要があります」
「床なら見てる。王都の罠で、もう床とは仲良くなった」
「今回は、床だけでは足りません」
「増やすな。見る場所を増やすな」
白い光が足元から広がった。転送の光だ。
「勇者様」
「なに」
「今回こそ、生きて戻りましょう」
「それ毎回言って」
「毎回、本気です」
その言い方が少しだけやさしくて、わたしは短弓をぎゅっと握った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
次に足がついた場所は、初期村ミルカの外れだった。
村そのものは平和に見えた。パン屋の煙突から白い煙が上がっているし、井戸の横でおばさんが洗濯物を絞っている。道端のにわとりが、わたしの足元を横切って、ぴよ、と鳴いた。
普通すぎる。
だから信用できない。
「平和な村ほど、チュートリアル詐欺の匂いがする......」
「前より疑い深くなりましたね」
「死因ログのおかげです!」
「誇るところではありません」
王都グランベルへ続く道は、村の北にある谷を抜けるらしい。村人は気軽に「谷を抜ければすぐだよ」と言った。すぐ、という言葉はだいたい罠だ。
谷の入口には、小さな砦があった。砦というより、石を積んだ見張り小屋に近い。風が岩肌をなでるたび、ひゅう、と細い音が鳴る。その音に、かすかな金属音が混じっていた。
「止まってください」
ログルが低く言った。
わたしの右足は、まだ地面につく前だった。足元の砂が、風で少しだけ流れる。次の瞬間、すん、と乾いた音がして、わたしのつま先の前に矢が刺さった。
「ぎゃああああああああああ!」
「まだ当たっていません」
「当たってから叫んだら遅いでしょ!」
砦の上から、女の人が顔を出した。
「あら。止まれたんだ。えらいね」
その顔を見て、わたしは一瞬だけ固まった。
アリアさんだ。
前に見たギルド受付嬢と同じ顔。けれど今回は、肩に矢筒を下げ、革の胸当てをつけた補給係だった。わたしを見ても、知っている顔はしない。
「王都へ行くなら、矢鳴り谷を抜けるしかないよ。射線を踏むと撃たれるから、赤い石の横には立たないこと」
「説明が雑に怖い!」
「大丈夫。慣れれば足音で分かるから」
「慣れる前に死ぬやつ!」
アリアさんは短弓の構え方を教えてくれた。肘を張りすぎない。引きすぎない。近づかれたら撃つより逃げる。
「弓なのに逃げるの?」
「弓だから逃げるの」
かっこいい。けれど、幼女には難しい。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
谷へ入った瞬間、空気が変わった。
岩肌に挟まれた道は、まっすぐではない。右へ曲がり、左へ折れ、途中で細くなっている。上を見ると、崖の縁に黒い影が動いた気がした。
足元に青白いマス目が浮かぶ。
一手一動の盤面だ。
「勇者様。次の一歩で、左上から射線が通ります」
「左上ってどこ!? 上に左とかある!?」
「あります。谷ですので」
「三次元を持ち込むなああああ!」
わたしは岩陰にぴたりと背中をつけた。前に進むには、どうしても開けた場所を一マス通らなければならない。
動かなければ敵も動かない。けれど、ずっと止まっていると満腹度が減る。
「ログル。ここ、考えてるだけでお腹減る?」
「長く考えすぎれば」
「神様ァ! 思考にカロリーを要求するなあああああああ!」
わたしは短弓を握った。敵は見えない。けれど、撃つ場所は分からない。なら、走るしかない。
「いく!」
「待って、勇者様、まだ」
わたしは一歩出た。
世界が動いた。
崖上の影が弓を引く。空気が裂ける音がする。矢が、わたしの胸の前へまっすぐ飛んでくる。
避けようとした。けれど、わたしの一手はもう使った後だった。
画面が、白く弾けた。
【死亡ログ】
【死因:射線を見ずに一歩出た】
【評価:初手から谷の教材になりました】
【死亡回数:35 → 36】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
死神ネムの受付で、わたしは机に突っ伏した。
「死亡受付番号、またコヨリさんですね」
「またって言わないで」
「今回は射線死亡、初回です」
「初回特典みたいに言うな!」
ネムは眠そうな目で、死因図鑑に新しいページを差し込んだ。
「射線を踏むと撃たれる。分かりやすい死因ですね」
「分かりやすいなら事前に教えて!」
「ログルさんは止めていました」
「わたしの足が速かっただけ!」
「死ぬ方向に速かったですね」
「言い方ぁ!」
拠点に戻ると、ログルが床に赤い線を一本引いた。わたしの人形を置き、その前に小さな矢を置く。
「ここに立つと死にます」
「わかりやすい」
「次は、ここに立たないでください」
「うん」
「そのうえで、進んでください」
「むずかしい!」
わたしは床に座り込み、赤い線を見た。
帰るためには、王都へ行かなければいけない。王都の先に、まだ見つけていない何かがある。帰還の手がかりは、いつも死にそうな場所の向こう側にある。
「ログル」
「はい」
「今回は、何で死なないようにする?」
「まずは、線を見ます」
「床だけじゃなくて?」
「壁も、角も、遠くも」
見る場所が増えた。
でも、帰るための場所も、きっとその先にある。
【今回の死亡ログ】
死亡時レベル:Lv1
死亡時HP:0/15
死亡時満腹度:96
今回の死因:【射線を見ずに一歩出た】
評価:【初手から谷の教材になりました】
新規獲得:【射線確認 Lv.1】【矢音警戒 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード052
死亡回数:36回
クラス:弓使い候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【恐怖耐性 Lv.1】
【危険察知 Lv.3】
【足元確認 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.3】
【食材識別 Lv.2】
【魔法安全確認 Lv.1】
【属性識別 Lv.1】
【盤面確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【射線確認 Lv.1】
新規獲得:【矢音警戒 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:今回から弓使い候補。遠くを見る前に足元から撃たれた幼女勇者。
ログル:射線を見ていた。止めた。足は止まらなかった。
アリア:今回は砦の補給係。射線を踏まない理論をさらっと言うタイプ。
ネム:射線死亡を事務処理した死神。常連対応が板についてきた。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると、とても励みになります!




