ショート幕間 一フレーム道場――最後の一手を練習します
最後の一手を間違えないため、一フレーム道場へ。
深層には、時間停止も倍速も三倍速も来る予感があります。
泣きながら練習する幼女勇者です。
一フレーム道場は、拠点の中でも音が少ない。
床に青白いマス目が浮かび、壁には今までの危険行動が小さな札で貼られている。【一歩下がろう】【撃つ前に隣を見る】【拾う前に周囲確認】【未識別は安全地帯で】【満腹度をケチるな】【階段前で宝箱を見るな】。コヨリは最後の札を見て、そっと目をそらした。
「ログル、階段前宝箱の札、字が大きくない?」
「実績に基づく強調です」
「実績って言えば何でも許されると思わないで」
道場の中央には、停止した黒狼の影がいた。牙をむいたまま、空中で止まっている。唾の粒まで止まっていて、かなり嫌だ。
「これ、時間停止?」
「正確には、勇者様の行動待ちです」
「ゲームじゃん」
「世界法則です」
「ゲームじゃん!」
ログルは否定しなかった。最近、そこは諦めたらしい。
壁の奥から、低い警告が鳴る。
【訓練設定:深層敵】
【速度:倍速】
【勇者が一回行動すると、対象は二回行動します】
「倍速、やだ」
「練習です」
「本番で出る?」
「出る可能性が高いです」
「やだって言ってるのに!」
黒狼の影が、ほんの少しだけぶれた。一体だった影が、二回動いた後の予測線を出す。コヨリが右に動けば、狼は右斜めへ二歩。左に動けば、左へ一歩、次に噛みつき。後ろに下がれば、罠の上。
「罠あるじゃん!」
「はい。なので、後ろではなく斜め後ろです」
「斜め後ろ、一手で行ける?」
「【一マス横跳び】なら可能です。ただし満腹度を消費します」
「最後までお腹!」
コヨリは息を止め、足元の青いマスを見る。
一手。
横跳び。黒狼の影が二回空振りし、爪が床を削った。コヨリのすぐ横で、罠がぱちんと鳴る。踏んでいない。えらい。とてもえらい。
「生きた!」
「訓練上は」
「今くらい褒めて!」
「かなりえらいです」
次の警告が出る。
【訓練設定:深層敵】
【速度:三倍速】
【勇者が一回行動すると、対象は三回行動します】
「三倍速!? 幼女に三回近づくな!」
「深層では、もっと嫌な敵もいると思われます」
「もっと嫌って何!?」
道場の壁が白く揺れた。
【警告:思考停止領域に干渉】
【対象:時止め喰らい】
【相談中にも行動予測を更新します】
空気が重くなる。いつもなら、考えている間は敵も止まる。けれど、今度の影は、止まっているはずなのに、目だけがゆっくりコヨリを追った。
「相談中に見るなああああああああああ!」
「神域干渉型です」
「ルール守って! 敵もルール守って!」
「深層敵は、ルールの穴を突きます」
「敵だけ上級者みたいなことするなああああああ!」
ログルの宝石が、赤いマスを三つ表示した。右、左、後ろ。全部危険。青いマスは、黒狼の影の前に一つだけある。
「前?」
「はい」
「敵の前に出るの?」
「三倍速敵は、逃げ続けると追いつかれます。あえて一歩前へ入り、【眠りの杖】で止めます」
「前に出るの、勇気じゃなくて恐怖で泣きそう」
「泣いても構いません。杖は振ってください」
コヨリは杖を握った。手汗で滑りそうになる。未識別ではない。回数は一回。深層では、こういう一回をケチると死ぬ。使いどころを間違えても死ぬ。
「ログル」
「はい」
「最後のダンジョン、死ねないんだよね」
「まだ正式開示前ですが、可能性は高いです」
「じゃあ、今のうちに泣いとく」
「どうぞ」
コヨリは一回だけ鼻をすすった。
一手。
前へ出る。三倍速の影が動き出すより早く、眠りの杖の先端が白く光った。煙が広がり、影の目が閉じる。三回動くはずの敵が、三回分まとめて眠りに落ちた。
【訓練成功】
【対倍速判断:更新】
【対三倍速判断:仮登録】
【思考割込警戒:仮登録】
「生きた」
「はい」
「本番でこれやるの?」
「おそらく、もっと悪い形で」
「神様ァ! 最後のダンジョン、深層敵の性格を良くしてえええええええ!」
道場の奥で、白い管理画面が一瞬だけ笑った気がした。
コヨリは反省会テーブルのほうを向き、札を一枚追加した。
【速い敵ほど、止まって見えるうちに止める】
「うん。標語がこわい」
「深層向けです」
道場の壁には、失敗した時の仮想ログも出た。
【仮想死因:三倍速敵から一歩で逃げようとした】
【仮想評価:一歩では足りません】
【仮想死因:時止め喰らいを相談中に見つめ返した】
【仮想評価:目が合いました】
「目が合いました、じゃない! 評価が怖い!」
「深層敵は、視線も行動扱いにする可能性があります」
「見るだけでターン消費とか、幼女の目に厳しすぎる!」
コヨリは両手で目を覆いかけて、すぐにやめた。見ないと死ぬ。見すぎても死ぬ。深層は本当に性格が悪い。
道場の出口には、小さなおにぎりが一つ置かれていた。訓練後のご褒美らしい。コヨリはそれを見て、すぐにログルを見た。
「食べていい?」
「識別済みです。普通のおにぎりです」
「普通ってすばらしい」
ひと口かじると、少しだけ震えが止まった。深層では、この普通がきっと一番大事になる。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:管理画面シード/ネタバレシード
死亡回数:1100回(この話では増加なし)
クラス:帰還者/死因学者/拠点管理人 複合状態
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【危険察知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.3】【足元確認 Lv.3】【射線確認 Lv.2】【満腹度管理 Lv.2】【帰還接続管理 Lv.1】【相棒同行意志 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【対倍速判断 Lv.1】/仮登録:【対三倍速判断 Lv.0】【思考割込警戒 Lv.0】
拠点施設:【椅子】【死因図鑑室】【鑑定机】【厨房】【思い出ログ棚】【罠訓練場】【魔物休憩所】【シード地図室】【反省会テーブル】【拠点酒場】【魔王相談窓口】【魔王軍資料室】【死因研究室】【仕様書保管棚】【一フレーム道場】【帰還門建設予定地】【管理画面の扉】
【登場人物紹介】
・この話の焦点:深層敵対策の訓練回。倍速、三倍速、思考割込の予告を入れています。
・コヨリ:神様の仕様書を読む側に回った幼女勇者。怒りと怖さを抱えつつ、帰る意志だけは曲げない。
・ログル:解析神獣。端末扱いから相棒へ再分類されつつある。冷静だが、もう完全に情がある。
【ローグライクあるある解説】
倍速・三倍速・思考割込敵への準備回。プレイヤー行動後に敵が動く基本を崩す深層敵を、道場で仮想訓練します。30章の成長伏線です。
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