仕様書保管棚――読ませる気のない説明書
ついに仕様書が開きます。
ただし量が多すぎて、読む前に心が死にそうです。
神様、説明書を隠すな。あと八百ページ超えるな。
仕様書保管棚の扉が開いた瞬間、紙の匂いが拠点に流れ込んだ。
古い紙の匂いではない。印刷したばかりの説明書を、さらに百倍に増やして、読ませる気のない厚みにした匂いだ。コヨリは一歩下がった。紙は噛まない。でも、ミミック商人ハコベエ加入後のコヨリは、開くものすべてに警戒する癖がついている。
「ログル、この棚、呼吸してない?」
「紙が揺れているだけです」
「ほんと?」
「たぶん」
「たぶんって言った! 宝箱なら即アウト!」
棚の奥から、眼鏡の真面目な女神の記録音声が流れた。
「説明書は全八百ページです。読み飛ばさないでください」
コヨリは、棚へ向かって叫んだ。
「読ませる気ないでしょおおおおおおおおおおおお!」
紙束が少し震えた。たぶん、知識神ミネルの記録が怒ったのだろう。だが、怒りたいのはコヨリのほうである。
ベルが横で目録を確認する。
「八百ページは、旧版の短縮版ですね」
「短縮版!?」
「最新版は、付録込みで三千二百ページほどあります」
「神様ァ! チュートリアル前に読める量にしてええええええええええ!」
棚から、いくつかの冊子が自動で抜け出した。白い表紙に黒い文字。やけに整っているのが、逆に腹立たしい。
【勇者死亡ログ収集規約】
【シード滅亡率検証計画】
【魔王役割固定仕様】
【ログル返却処理】
【帰還門未保証条項】
「タイトルが全部、嫌」
「勇者様。まずは未保証条項から」
「帰る方法、未保証だったの?」
「はい」
「神様、最初に魔王倒せば帰れるって言ったよね?」
「可能性はある、という表現だった可能性があります」
「子供に可能性を確定みたいに言うなああああああああああ!」
ログルが【帰還門未保証条項】を開く。ページには細かい文字が並んでいる。読むだけで満腹度が減りそうだ。
「ログル、これ読むのターン消費する?」
「拠点内なので通常ターンは進みません。ただし、精神満腹度が減る可能性はあります」
「精神満腹度って何!?」
「今、ぼくが作りました」
「作らないで!」
ベルが横から、重要箇所に赤い付箋を貼っていく。貼る速度が速い。たぶん、神様より事務処理が上手い。
【帰還条件:検証中】
【魔王討伐:単独条件ではない】
【帰還因子:名前/座標/時間/記憶/縁/扉】
【同行者:原則不可】
【拠点接続:想定外】
コヨリは、赤い付箋の行を何度も読んだ。
「魔王討伐、単独条件じゃない」
「はい」
「最初から書いてある」
「はい」
「でも、説明されてない」
「はい」
ログルが短く答えるたび、コヨリの中で何かが積み上がっていく。怒りだ。未識別アイテムを投げずに持ち続けた時みたいに、手持ち欄を圧迫してくる怒り。
次に開いたのは、【ログル返却処理】だった。
【解析神獣ログル】
【用途:勇者死亡ログ取得】
【報告先:主神アドミニス】
【人格形成:非推奨】
【帰還時:回収】
ログルの体が固まった。
「ログル」
「はい」
「読まなくていいよ」
「いえ。読みます」
ログルは、宝石をページへ近づけた。いつもの冷静な声で、けれど少しだけ震えながら、文字を読み上げる。
「人格形成、非推奨。勇者への過剰感情形成を確認した場合、初期化処理を検討」
コヨリは、仕様書を閉じた。
ばたん、と音がした。
「読んだ」
「勇者様、まだ途中です」
「今のところで十分」
「ですが」
「殴る理由が増えた」
ベルが静かにうなずいた。
「こちら、抗議文に転記します」
ゼルドが後ろで腕を組む。
「余の役割固定仕様も忘れるな」
「忘れない」
コヨリは仕様書保管棚を見上げた。そこにはまだ、山ほどの未読が残っている。未識別の巻物よりたちが悪い。読めば読むほど、効き目が分かっていく代わりに、腹が立つ。
「ログル」
「はい」
「仕様書って、読む前はこわいけど」
「はい」
「読んだらもっとこわいね」
「はい」
白い棚の奥で、別のページがひとりでに開いた。
【シード滅亡率検証計画】
紙面に、無数の赤い線が浮かび上がる。
次の扉は、世界が滅びる場所へつながっていた。
コヨリは、未読の棚へ小さな札を貼った。
【安全地帯で読む】
「仕様書にも?」
「未識別の巻物と同じ。危ないものは安全地帯で読む」
「正しいです」
ログルがうなずく。ベルも、珍しく即座に同意した。読むだけで精神満腹度を削る説明書は、深層の呪い装備と大差ない。コヨリは棚から少し離れ、逃げ道を確認してから、次の冊子を見ることにした。
棚の端には、やたら薄い冊子もあった。表紙には【簡単スタートガイド】とある。コヨリは少しだけ期待して開き、一行目で閉じた。
【まず死亡ログを百件ほど集めます】
「簡単の意味、神様とわたしで違う!」
「神様側の簡単は、作業工程が少ないという意味かもしれません」
「死ぬほうの負担を数えて!」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:管理画面シード/ネタバレシード
死亡回数:1100回(この話では増加なし)
クラス:帰還者/死因学者/拠点管理人 複合状態
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【危険察知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.3】【足元確認 Lv.3】【射線確認 Lv.2】【満腹度管理 Lv.2】【帰還接続管理 Lv.1】【相棒同行意志 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【仕様書読解 Lv.1】
拠点施設:【椅子】【死因図鑑室】【鑑定机】【厨房】【思い出ログ棚】【罠訓練場】【魔物休憩所】【シード地図室】【反省会テーブル】【拠点酒場】【魔王相談窓口】【魔王軍資料室】【死因研究室】【仕様書保管棚】【一フレーム道場】【帰還門建設予定地】【管理画面の扉】
【登場人物紹介】
・この話の焦点:仕様書の未識別感を出し、読めば読むほど神様への怒りが増えます。
・コヨリ:神様の仕様書を読む側に回った幼女勇者。怒りと怖さを抱えつつ、帰る意志だけは曲げない。
・ログル:解析神獣。端末扱いから相棒へ再分類されつつある。冷静だが、もう完全に情がある。
・ベル:魔王軍秘書。正式抗議文で神様を詰める有能事務担当。書類は物理的にも重い。
・ゼルド:魔王。ラスボス役を押しつけられていた被害者代表。怒り方が静かで怖い。
・ミネルの記録:知識神の記録。説明書を八百ページにする真面目すぎる説明担当。
【ローグライクあるある解説】
未識別の巻物を読む怖さを、仕様書読解に変換。読むまで効果が分からない、読んだら取り返しがつかない、というローグライク的な鑑定回です。
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