ベルの抗議文――正式に神様を詰めます
ベルさんが神様を紙で殴る準備を始めます。
ログル人格分類訂正、勇者死亡運用、魔王軍労働環境。
書類の重みは、物理です。
ベルの机は、魔王相談窓口の中でも別格だった。
インク瓶、封蝋、整理箱、赤い付箋、黒い付箋、なぜか小さな金槌。コヨリがそれを見て首をかしげると、ベルは淡々と答えた。
「書類の角を揃える道具です」
「人を殴るやつじゃない?」
「必要があれば、兼用できます」
「ベルさん、こわい」
机の上には、すでに分厚い束が積まれている。表紙だけで、コヨリの目が滑りそうだった。
【勇者死亡運用に関する正式抗議文】
【ログル人格分類訂正申請書】
【魔王軍労働環境改善要求書】
【主神説明義務不履行に関する訴状】
【帰還門仮接続妨害差止申立書】
「ベルさん、これ全部読むの?」
「いいえ」
「よかった」
「主神様に読ませます」
「もっとこわい!」
ベルは微笑まない。微笑まないまま、紙を一枚抜き出した。
「勇者様。こちらが最重要です」
表題には、こう書いてある。
【ログル様人格分類訂正申請書】
コヨリの腕の中で、ログルが小さく身じろぎした。
「様、ついてる」
「当然です。人格分類を求める相手に敬称をつけないのは、書類上も礼を欠きます」
「神様より常識ある」
「比較対象が低すぎます」
ベルがページをめくる。
【現分類:神様側貸与端末】
【人格:未承認】
【感情形成:過剰】
【勇者同行:非推奨】
コヨリは、文字を見た瞬間、椅子を蹴りそうになった。椅子は何も悪くないので、ぎりぎりでやめた。
「人格未承認って、何」
「主神様の管理上、ログル様は端末扱いです」
「しゃべってる。怒る。心配する。毒舌言う。撫でられるとちょっと黙る」
「記録上は、端末の反応とされております」
「神様ァ! 感情をバグ扱いするなああああああああああああ!」
ログルは何も言わなかった。言わないことが、コヨリには一番刺さった。
ベルは別紙を出す。
「こちらに、反証資料を添付します」
反証資料は、ログルの行動記録だった。コヨリが未識別の草を食べようとした時に止めたこと。死ぬ前提で話すのを嫌がったこと。死亡ログを神様へ送る時、表現を柔らかく改ざんしたこと。二十八章で自分から同行者になりたいと言ったこと。
【反証:自発的意思表示あり】
【反証:勇者保護行動あり】
【反証:神様側命令への抵抗あり】
「ログル」
「はい」
「抵抗してたんだ」
「少しだけです」
「少しだけじゃないよ」
コヨリがそう言うと、ログルの耳がわずかに伏せられた。
ベルは、今度は別の束を叩いた。
「次に、勇者死亡運用に関する抗議文です」
「タイトルだけで胃が痛い」
「主な論点は、説明不足、危険配置、死亡ログ収集、未成年勇者への過剰負荷、魔王役割固定、帰還条件未開示、初死亡祝福発言です」
「初死亡おめでとうの件、まだ覚えてるからね!?」
書類が、ぱん、と机の上で鳴る。ベルはその音だけで、神様を一回殴ったような顔をした。
「正式抗議文には、感情だけでなく事実が必要です」
「事実ならいっぱいある」
「はい。多すぎて目次が厚くなりました」
「目次が厚い抗議文、こわい」
ゼルドが後ろから低く言う。
「余の勤務表も添付せよ」
「すでに添付済みです、魔王様」
「有能」
「恐縮です」
コヨリは机の端に置かれた小さな紙に気づいた。
【謝罪文受領欄】
「これ、神様に書かせるの?」
「はい。口頭謝罪は記録に残りませんので」
「ベルさん、最終決戦でも事務?」
「最終決戦だからこそ、事務です」
コヨリは想像した。アドミニスが白い顔で、ベルの前に座らされて、反省文を書かされるところ。ちょっとだけ気分が良くなった。
「ベルさん」
「はい」
「神様を殴る時、その書類も使う?」
「もちろんです」
「物理で?」
「書類は重いものです」
ログルが小声で補足した。
「勇者様、実際に重量があります」
「測ったの?」
「はい。五キロを超えています」
「紙でラスボス倒す気だ!」
ベルは、ようやく少しだけ笑った。
「倒すのではありません。受領させるのです」
「それ、ベルさんにとっては倒すよりこわいかも」
管理画面の隅に、白い通知が出る。
【正式抗議文:準備中】
【主神アドミニス:閲覧回避不可】
コヨリは拳を握った。
「よし。神様、逃げ道ふさごう」
「はい」
「ログルの分類も直す」
「はい」
「あと、初死亡おめでとうの件も、絶対忘れない」
「記録済みです」
ベルは最後に、コヨリへ一枚の控えを差し出した。
【勇者側控え】
コヨリはそれを受け取り、胸の前で大事に抱えた。
武器ではない。
でも、たぶん神様に一番効く。
ベルは書類束の端に、小さな赤い紐を通した。ばらけないようにするためだという。コヨリはその作業を見ながら、ふと気づいた。ベルは怒っているのに、手元がまったく乱れない。
「ベルさん、怒ってる?」
「はい」
「顔、変わらないね」
「怒っている時ほど、書式を整えます」
「大人の怒り方だ」
「勇者様は、拳でよろしいかと」
「役割分担ができてる!」
ベルは最後に、控えの右下へ小さく印を押した。そこに書かれた【受領拒否不可】の文字が、妙に頼もしく見えた。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:管理画面シード/ネタバレシード
死亡回数:1100回(この話では増加なし)
クラス:帰還者/死因学者/拠点管理人 複合状態
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【危険察知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.3】【足元確認 Lv.3】【射線確認 Lv.2】【満腹度管理 Lv.2】【帰還接続管理 Lv.1】【相棒同行意志 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【正式抗議文装備 Lv.1】
拠点施設:【椅子】【死因図鑑室】【鑑定机】【厨房】【思い出ログ棚】【罠訓練場】【魔物休憩所】【シード地図室】【反省会テーブル】【拠点酒場】【魔王相談窓口】【魔王軍資料室】【死因研究室】【仕様書保管棚】【一フレーム道場】【帰還門建設予定地】【管理画面の扉】
【登場人物紹介】
・この話の焦点:ベルの書類攻撃の準備回。事務処理がそのまま武器になります。
・コヨリ:神様の仕様書を読む側に回った幼女勇者。怒りと怖さを抱えつつ、帰る意志だけは曲げない。
・ログル:解析神獣。端末扱いから相棒へ再分類されつつある。冷静だが、もう完全に情がある。
・ベル:魔王軍秘書。正式抗議文で神様を詰める有能事務担当。書類は物理的にも重い。
・ゼルド:魔王。ラスボス役を押しつけられていた被害者代表。怒り方が静かで怖い。
【ローグライクあるある解説】
強い武器ではなく「重い書類」を持ち込む準備。深層攻略前の特殊アイテム登録回で、使用タイミングを間違えると枠を圧迫するギャグにもつながります。
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