死因図鑑室――千百回ぶんのわたし
死因図鑑室のカードが、別の意味を持ち始めます。
笑える死因も、痛かった事実は消えません。
コヨリ、死因ログの本来用途を知り始めます。
死因図鑑室の扉は、いつもより重かった。
コヨリが両手で押しても動かない。ログルが横から額の宝石を近づけると、扉の縁に細い文字が走った。
【閲覧権限:勇者コヨリ】
【補助閲覧:ログル】
【警告:本来用途を表示します】
「本来用途ってなに」
「ぼくにも、完全には開示されていませんでした」
「ログルにも隠してたの?」
「はい」
「神様、情報共有が下手っていうか、もう情報を隠す才能だけ育てすぎ」
扉が開くと、壁一面のカードが一斉に光った。
黒狼に噛まれた死。ミミックに手を入れた死。未識別の草を食べて爆発した死。看板にぶつかった死。遠投の腕輪で大事な薬を敵に投げた死。満腹度をケチって、あと一歩で階段というところで倒れた死。眠らせた敵をうっかり起こした死。味方の射線に入って、打開アイテムを使えなかった死。
カードは、いつもなら笑えるくらい無慈悲な見出しをつけていた。
【宝箱を二度見したら噛まれた】
【帰還の巻物だと思ったら宴会開始だった】
【階段前で欲張った】
【拾う一手で殴られた】
「やめて。改めて見ると、わたし、だいぶ欲に負けてる」
「宝箱三個目は、かなり欲でした」
「今、味方から刺された」
笑おうとした。けれど、途中で笑えなくなった。
カードの下に、今まで見えなかった小さな数字が浮かんでいたからだ。痛覚反応、恐怖反応、シード崩壊率、帰還因子残存率。コヨリの死因は、ただの死因ではなく、細かい測定値として保存されていた。
「ログル」
「はい」
「これ、わたしが痛かったやつだよね」
「......はい」
「神様、これ見てたの?」
「送信されていました」
ログルの声が、いつもより低かった。
コヨリは一枚のカードに手を伸ばした。黒狼のカードだ。一番最初の死因。あの時は何も分からなかった。木剣をもらい、薬草採取をして、異世界ってこういうものかと思った直後、チュートリアルの外から黒い牙が来た。
カードが震え、文字が書き換わる。
【分類:勇者成長ログ】
【分類:世界破綻回避候補】
【分類:滅亡シード照合素材】
「死因ログって、わたしが死んだ理由を笑うためのものじゃなかったの?」
「最初は、そう登録されていました」
「最初は?」
「本来用途が、隠されています」
別の壁が開いた。
そこには、死因カードではなく、地図のような線が広がっていた。黒狼で死んだ線、黒狼を避けた線、黒狼を倒したあと別の罠で死んだ線。未識別草を飲んだ線、飲まずに投げた線、投げた草が味方に当たった線。無数の失敗が、細い道になって伸びている。
そのほとんどが、赤く途切れていた。
「これ、なに」
「シード分岐図です」
「死因図鑑じゃなくて?」
「死因図鑑を使って作った、分岐図です」
ログルが近づくと、宝石に細い文字が映った。
【死因ログ:失敗分岐記録】
【用途:滅亡ルート除外】
【用途:帰還可能行動探索】
コヨリは、壁に映った自分の死亡回数を見た。
千百回。
笑える数字ではない。いや、数字だけならもう笑える。笑うしかない。けれど、その一回一回が、線になって、潰れた世界の地図になっている。
「世界を救うために、わたしが死んだってこと?」
「まだ断定できません」
「ログル、こういう時だけ慎重になるのずるい」
「断定したくないです」
ログルが、ぽつりと言った。
コヨリはログルを見た。ログルの宝石は、死因カードの光を受けて、嫌なほど綺麗に輝いている。初期のログルなら、きっと淡々と「有用なデータです」と言っただろう。今のログルは、それを言わない。
「わたし、死因ログって嫌いだったけど」
「はい」
「ちょっとだけ、嫌いじゃないかも」
「なぜですか」
「だって、これがなかったら、ミーナさんも、カイも、魔王さんも、ベルさんも、たぶん全部なくなってた」
言ってから、コヨリは拳を握った。
「でも、神様がそれを最初から説明しなかったことは、別」
「はい」
「そこは殴る」
「記録しておきます」
死因図鑑室の奥で、一枚だけ金色に光るカードがあった。
【最終参照候補】
【千百回の死が地図になる】
コヨリはそれを見て、少しだけ肩を震わせた。
「ログル」
「はい」
「次は、成功ログにしよう」
「はい。ぼくも、そうしたいです」
ふと、カードの一枚が裏返った。そこには死因ではなく、コヨリの手書きの反省が残っていた。
【次は、食べる前に聞く】
【次は、宝箱を二度見しない】
【次は、ログルが嫌な顔をしたら止まる】
「わたし、意外とまじめに反省してる」
「はい。反省はしています」
「反省は?」
「実行できない時があります」
「そこ、言わなくていい!」
けれど、その反省の積み重ねこそが、死因カードをただの笑い話にしなかった。コヨリは一枚ずつ、指でなぞった。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:管理画面シード/ネタバレシード
死亡回数:1100回(この話では増加なし)
クラス:帰還者/死因学者/拠点管理人 複合状態
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【危険察知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.3】【足元確認 Lv.3】【射線確認 Lv.2】【満腹度管理 Lv.2】【帰還接続管理 Lv.1】【相棒同行意志 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【死因分岐読解 Lv.1】
拠点施設:【椅子】【死因図鑑室】【鑑定机】【厨房】【思い出ログ棚】【罠訓練場】【魔物休憩所】【シード地図室】【反省会テーブル】【拠点酒場】【魔王相談窓口】【魔王軍資料室】【死因研究室】【仕様書保管棚】【一フレーム道場】【帰還門建設予定地】【管理画面の扉】
【登場人物紹介】
・この話の焦点:死因図鑑室の見え方が変わり、笑える死因の裏にある痛みも扱います。
・コヨリ:神様の仕様書を読む側に回った幼女勇者。怒りと怖さを抱えつつ、帰る意志だけは曲げない。
・ログル:解析神獣。端末扱いから相棒へ再分類されつつある。冷静だが、もう完全に情がある。
【ローグライクあるある解説】
死に覚えと失敗ログの総整理。未識別事故、階段前欲張り、拾う一手で死ぬなどのあるあるを、単なるギャグではなく分岐地図へ変換しています。
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