神様に見つかった――管理画面通知
死亡なし。帰還門は仮接続しました。そして通知は飛びます。
帰還門は、完全には閉じなかった。
拠点の中央に細い光の線だけを残して、息をひそめているように見えた。
わたしは、その線の前に座っていた。
肩にはログルがいる。左にはゼルドが立ち、右ではベルが書類の束を整えている。ネムは死亡受付側の窓を半分だけ開け、ハコベエ箱は店先で【本日噛みません】の札を貼られていた。
「ログル。今、神様に見つかってない?」
「完全起動はしていません。ですが、仮接続ログが管理層へ漏れる可能性はあります」
「可能性」
「低くはありません」
「低いって言って」
「嘘になります」
「ログルの正直なところ、好きだけど今はつらい」
ベルが書類を差し出した。
「主神様に検知された場合の抗議文案です」
「早い」
「三種類ございます。柔らかめ、強め、法的に殴る用」
「三つ目の言い方!」
「勇者様、書類は時に剣より鋭いのです」
「ベルさんが言うと本当に斬れそう」
ゼルドは帰還門を見ていた。
「アドミニスが動くなら、余も正式に抗議する。勇者を千百回も死なせたのだ」
「魔王さん、味方だと頼もしい」
「敵でも頼もしかったであろう」
「敵の時はだいたい死んでた」
「ぐぬ」
ネムが手を挙げる。
「死亡受付側も、処理件数の異常増加について報告できます」
「わたしの死亡回数が証拠になるやつ」
「はい。とても分厚い証拠です」
「分厚くしたくなかった!」
少し笑いが起きた。
怖いのに、笑えた。
帰れる場所が見えた。
でも、まだ帰らない。
それは一人で決めたわけではない。
ログルは肩で尻尾を丸めている。ゼルドは魔王らしく腕を組みながら、胃のあたりを押さえている。ベルはいつでも主神を紙で殴れるように、角をそろえた抗議文を持っている。ネムは眠そうな顔で受付印を用意し、ハコベエ箱は余計な割引券を出さないよう、ふたを半分だけ閉じていた。
思い出ログ棚では、ミーナやカイの名前が静かに光っている。
持ち帰るんじゃない。
つなぐ。
わたしは壁の【帰る】の下に、さっき書いたばかりの文字を見上げた。
【つないで帰る】
「ログル」
「はい」
「これ、字、曲がってない?」
「少し曲がっています」
「そこは励まして」
「ですが、勇者様らしい字です」
「それは、励まし?」
「はい」
ログルの声が、そこで低くなった。
「管理画面側に、反応があります」
拠点の奥。
ずっと閉じていた管理画面の扉が、白く光った。
空気が変わる。
きれいで、軽くて、人の痛みを置いてきたような光。
「ログル。通知、飛んだ?」
「......はい」
管理画面の扉に、文字が浮かぶ。
【管理画面通知】
【帰還門仮接続を検知】
【接続元:拠点外領域】
【対象:勇者コヨリ】
【同行者:ログル】
ログルの名前が、同行者として表示されている。
それはうれしい。うれしいのに、背筋が冷える。
ベルが、書類束を抱え直した。
「同行者表示、確認しました。記録端末ではありません」
「そこ、大事」
「はい。大変、大事です」
ゼルドが一歩前へ出る。
「魔王側承認者として、余もここにいる」
ネムが眠そうに判子を持ち上げた。
「死亡受付側証人として、ぼくもいます」
ハコベエ箱がふたを開ける。
「商業接続箱として」
「今は黙って」
「噛みませんので」
「黙ってえらい、まであと一歩!」
いつも通りのツッコミが出た。
それだけで、少しだけ怖くなくなった。
扉の向こうで、誰かが笑った気配がした。
いつもの軽い笑い。チュートリアルで聞いた、あの声。明るくて、悪気がなさそうで、だから最悪な声。
「勇者ちゃん」
白い扉の向こうに、主神アドミニスの影が映る。
「そこ、開けちゃったんだ」
拠点の全員が、黙った。
ログルの爪が、わたしの肩に少しだけ食い込む。痛くはない。けれど、ログルも怖いのだと分かった。
わたしは帰還鍵を握った。
「ログル」
「はい」
「神様に苦情を入れる準備」
「できています」
ベルが書類束を鳴らす。
「正式抗議文も提出可能です」
ゼルドが笑う。
「余の分も忘れるな」
ネムが眠そうに言う。
「死亡受付側の控えもあります」
ハコベエ箱が口を開いた。
「割引券も」
「それはいらない!」
扉の向こうで、アドミニスの影が首を傾げる。
「なんだか、ずいぶん賑やかになったね」
わたしは帰還鍵を前に向けた。
「神様。今度は、こっちから仕様書出してもらうから」
白い光が、拠点を満たした。
でも、わたしは目をそらさなかった。
逃げ道はまだない。打開アイテムも足りない。持ち帰り枠も、同行者枠も、全部ぎりぎり。
でも、わたしはもう一人ではなかった。
「ログル」
「はい」
「作戦会議」
「はい。死ぬ前提ではなく、生きる前提で」
わたしはうなずき、管理画面をにらんだ。
「神様ァ。今度こそ、仕様書出して」
死亡受付の窓は、まだ開かない。
ネムが判子を持ったまま、こくりと頷いた。
「今回は、受付処理なしです」
「死亡なし」
「はい。珍しいですね」
「珍しいって言わないで。わたしも分かってるけど!」
そのやり取りで、わたしの肩から少しだけ力が抜けた。
死なずに次の問題へ進む。
それだけで、千百回ぶんの死因ログが、ほんの少し報われた気がした。
管理画面の扉の前で、わたしは所持品を確認した。帰還鍵、分類拒否札の残り、ベルの抗議文写し、ログルの理由書。攻撃できるものは、ほとんどない。けれど、ここまで生き残った時だって、だいたい手持ちはぎりぎりだった。
「ログル、次の一手、なにから?」
「まず、聞くことです。動く前に、相手の仕様を引き出します」
「会話も打開アイテム?」
「相手が神様なら、かなり」
ベルが横から一枚の書類を差し出した。
【説明不足に関する事前抗議文】
「準備よすぎない?」
「主神様相手ですので」
ゼルドが低く笑う。
「勇者よ。今度は、余も証人だ」
「うん。逃げられないようにして」
「任せよ」
ログルの宝石が、わたしの頬を淡く照らす。怖い時ほど、足元を見る。手持ちを見る。味方の位置を見る。神様の前でも、それは同じだ。
「勇者様。次の一手は、かなり危険です」
「知ってる」
「それでも?」
「それでも、聞く。仕様書を」
白い扉の向こうで、アドミニスが楽しそうに息を吸った。
わたしは一歩も動かず、でも逃げずに、その声を待った。
ハコベエは、空気を読んだのか読んでいないのか、割引券を半分だけ口から出して止めていた。ベルがそれを無言で押し戻す。ゼルドは笑いそうになり、ネムは判子で口元を隠した。怖い場面なのに、いつもの拠点の音がする。
それが、わたしを立たせた。
「神様」
声は震えた。でも、消えなかった。
「わたし、もうチュートリアルの幼女じゃないから」
アドミニスの影が、少しだけ黙る。
その沈黙が、はじめてこっちの一手になった気がした。
わたしは小さく息を吸った。動かないことも、一手を温存する攻略だ。今だけは、叫ぶ前に盤面を見る。
今度こそ、聞き逃さない。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還同行シード
死亡回数:1100回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【帰還門感知 Lv.3】
【死因学習 Lv.5】
【総合盤面確認 Lv.4】
【帰宅猶予線形成 Lv.2】
【味方射線確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
統合:【同行者枠確認】【隊列確認】【同行者足元確認】【同行者指示】【同行人数制限】→【同行者管理 Lv.1】
統合:【持ち帰り枠確認】【持ち帰り枠整理】【接続先確認】→【帰還持ち帰り管理 Lv.1】
統合:【護衛足元確認】【同行者店内確認】【味方射線確認】→【味方事故警戒 Lv.1】
統合:【置いてけぼり拒否】【相棒防衛】【分類拒否】→【相棒同行意志 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:帰還門を開いたことで神様に見つかっても、仕様書要求をやめない。
ログル:正式ではないが同行者として管理画面に表示される。
ゼルド:魔王側承認者として拠点に立つ。
ベル:正式抗議文で主神に備える法務担当。
ネム:死亡受付側証人として控える。
ハコベエ:商業接続箱。割引券は今いらない。
アドミニス:軽い声で帰還門接続を検知する主神。
【ローグライクあるある解説】
管理画面検知回。ダンジョンを抜けた後に上位管理者が反応する、いわば深層システム接触のクリフハンガーです。ローグライクで深く潜りすぎた結果、通常敵ではなくルールそのものが動き出す感覚を、神様の管理画面通知に置き換えています。ここでは死亡せず、次の攻略準備へつなぐための「階段を降りた先の警告音」として処理しています。
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