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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第28章 帰還同行シード――持ち帰り枠が足りません

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帰還門仮接続――帰れるけど、まだ帰らない

帰還門、仮接続成功。コヨリは帰れます。でも、まだ帰りません。


 帰還門の向こうに、玄関があった。

 今度は、はっきり見えた。靴箱の木目、傘立ての傷、床に置かれたスニーカーの向き。雨上がりの道の匂いと、台所から残った夕飯の気配が、白い拠点の空気にほんの少し混ざっている。


 わたしは、一歩も動けなかった。


「ログル」

「はい」

「ほんとに、帰れる?」


 ログルはすぐには答えなかった。

 でも、額の宝石の光は嘘をつかなかった。


「帰還実行は、可能です」


 帰還門の文字が浮かぶ。


【帰還門仮接続:成功】

【同行者枠:1】

【ログル同行:仮承認】

【拠点接続:維持】

【帰還実行:可能】


 可能。

 その二文字が、喉の奥に刺さった。


 ゼルドが門の横で頷く。

「行けるのだな」

「うん」


 ベルは書類を胸に抱えた。

「帰還実行時は、わたくしが拠点側接続を維持いたします」

「ベルさん、ありがとう」

「どういたしまして。勇者様。ただし、接続維持中に主神様から照会が来た場合、法務文書で殴ります」

「殴るって言った」

「比喩です。半分ほど」

「残り半分が怖い」


 ネムは死亡受付側から手を振る。

「できれば、もう受付に来ない方向でお願いします」

「わたしもそうしたい」

「本当にそう思っている人は、境界線の近くで宝箱を見る目をしません」

「宝箱じゃなくて家だから!」


 ログルは隣に立っていた。肩ではなく、床の青い線の上。相棒として並ぶ距離だ。まだ仮。まだ不安定。でも、荷物欄ではない。


 向こう側の玄関に、小さい傘が見えた。たぶん、わたしのだ。靴箱の上には、鍵がある。壁には見覚えのあるカレンダーがぼんやり揺れている。日付は読めない。読めたら、たぶん泣く。


「勇者様」

「なに」

「帰還実行は可能ですが、完全起動すると神様側に検知される可能性があります」

「だよね」


 帰還門をここまで開けば、神様に見つかる。アドミニスが何をするか分からない。軽い顔で「見つけた」と言うかもしれないし、「まだ検証中なんだ」と笑うかもしれない。


 わたしは帰りたい。

 ずっと帰りたかった。


 でも、ここで走って飛び込めば、ログルの仮承認も、拠点接続も、ゼルドたちの役割も、まだ不安定なままになる。帰れるかもしれない。けれど、帰った先で、何を落としたか分からない。


「ログル、今の成功率」

「単独なら高いです。同行あり、拠点接続維持、神様未検知状態のまま安定化させる場合は、低いです」

「低いって何割?」

「聞くと、勇者様が怒ります」

「じゃあ聞かない。えらい、わたし」

「かなりえらいです」


 わたしは門の前にしゃがみ、床の境界線を見た。こちら側は白い拠点。向こう側は元世界。境目には、薄い青い線が一本走っている。帰宅猶予線。踏み越えれば、帰還実行。踏み越えなければ、保留。


 足が勝手に前へ出そうになった。


 ログルが何も言わず、隣に立つ。


「止めないの?」

「止めたいです」

「止めていいよ」

「でも、勇者様が帰りたいことを、ぼくは知っています」


 ずるい。

 止めてくれたら、怒れたのに。


 わたしは小さく息を吸った。向こう側の空気が胸に入る。懐かしくて、痛い。


「帰る」

「はい」

「でも、今じゃない」


 言葉にした瞬間、門の光が少しだけ安定した。


【帰還実行:保留要求】

【帰宅猶予線形成:更新準備】


 その直後、床の青い線が揺れた。仮接続の境界が一瞬だけ広がり、わたしの足先に触れる。


「勇者様!」


 ログルが叫ぶ。わたしは足を引こうとした。だが、境界線はぬるい水みたいに足首をつかんだ。


 向こう側の玄関が近づく。靴箱の角。鍵。傘。たぶん家。


「まだ!」


 わたしは自分のほっぺたを叩いた。


「まだ帰らない!」


 一手。


 境界線から足を引き抜く。反動で体が後ろへ倒れ、ログルが支えようとしてくれる。距離が近すぎる。仮承認が警告を鳴らす。


【接続反動】

【未確定座標に弾かれます】


「そこは弾かなくていいいいいいいい!」


 きりのいい数字で死ぬの、ちょっと腹立つ。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


【死亡ログ】

【死因:仮帰還の境界線を踏み越えかけ、未確定座標に弾かれた】

【評価:帰れる時ほど足元確認】

【総死亡回数:1100回】

【更新:帰宅猶予線形成 Lv.1】→【帰宅猶予線形成 Lv.2】


 拠点に戻る。

 門は消えていなかった。死んで戻った直後なのに、ネムの受付窓も開かない。死亡処理ではなく、接続反動として扱われたらしい。


「ログル」

「はい」

「今、死んだよね」

「はい。境界反動による未確定座標弾きです」

「言い方が難しい」

「帰りかけて弾かれました」

「簡単にしても腹立つ」


 帰還門には、新しい表示が残っている。


【帰還門仮接続:成功】

【同行者枠:1】

【ログル同行:仮承認】

【拠点接続:維持】

【帰還実行:保留】

【総死亡回数:1100回】


「千百回」

「死亡回数にきりの良さを求めないでください」

「でも、ここまで来た」

「はい」


 ゼルドが静かに近づいてきた。


「幼き勇者。門は?」

「開いた。帰れた。たぶん。でも、今は帰らない」

「そうか」


 ベルも書類を胸に抱え、少しだけ表情をやわらげた。


「おめでとうございます、と申し上げたいところですが」

「まだ早い?」

「はい。主神様に検知される前提で、防衛書類を組み直します」

「防衛書類って何」

「攻撃的な書類です」

「書類は攻撃しないものだよ」

「状況によります」


 ハコベエ箱が、そろりとふたを開けた。


「帰還記念割引券を」

「今じゃない」

「では、神様襲来前セールを」

「もっと今じゃない!」


 少し笑いが起きた。ほんの少しだけ。でも、その笑いは消えなかった。消したくなかった。


 帰還門の奥で、白い光が一度だけまたたいた。

 わたしは立ち上がり、壁の【帰る】の下に書き足した。


【つないで帰る】


 持ち帰るんじゃない。

 つないで、それから帰る。


 壁に書いた【つないで帰る】の文字を、ログルが宝石の光でなぞった。白い壁に、細い青が重なる。死因図鑑室の奥では、千百枚ぶんの札が静かに揺れていた。ひとつひとつは嫌な死に方の記録なのに、今は階段みたいに見える。


「ログル」

「はい」

「千百回って、多い?」

「多いです」

「そこは慰めて」

「ですが、無駄ではありません」


 わたしは少し笑った。無駄じゃない、という言葉は便利な回復薬より効いた。全回復ではない。傷は残る。でも、次の一手を選ぶくらいのHPは戻る。


 ゼルドが門の柱に手を当てる。


「余はここを守る」

「うん」


 ベルが書類束を抱え直す。


「わたくしは、通った後の面倒を受け持ちます」

「面倒、絶対多いよ」

「得意分野です」


 ハコベエが口を開きかけたので、わたしは先に言った。


「割引券はなし」

「......噛みませんので」


 みんな少し笑った。帰れるけど帰らない夜に、その笑いはちょうどよかった。


 帰還門の前に立つと、元世界の玄関がまたちらりと見えた。手を伸ばせば、届きそうな距離。でも、ログルが肩で小さく息をのむのが分かったので、わたしは手を伸ばさなかった。

「えらいです」

「今の、手を出さなかっただけで褒められた?」

「かなりえらいです」

 階段前の宝箱を開けないのと同じだ。見えているからこそ、今は触らない。帰ることさえ、一手待つ攻略になるなんて、ほんとに嫌なゲームだと思った。


【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還同行シード

死亡回数:1100回

クラス:帰還者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

【帰還門感知 Lv.3】

【死因学習 Lv.5】

【総合盤面確認 Lv.4】

【帰宅猶予線形成 Lv.2】

【味方射線確認 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

更新:【帰宅猶予線形成 Lv.1】→【帰宅猶予線形成 Lv.2】


【登場人物紹介】

コヨリ:帰れると分かったうえで、今は帰らないと決める。

ログル:止めたい気持ちと、コヨリの帰りたい気持ちの両方を抱える。

ゼルド:帰還門の成功を静かに受け止める拠点側門番。

ベル:主神検知に備えて攻撃的な防衛書類を準備する。

帰還門:仮接続成功。ただし境界線がまだ不安定。


【ローグライクあるある解説】

階段を降りれば帰れるが、あえて保留する回。ローグライクでは階段前の欲張りは死亡フラグですが、ここでは「今すぐ帰る」こと自体が危険な階段扱いです。脱出前に持ち物・仲間・接続状態を確認しないと、勝ったはずの帰還でロストする、という持ち帰り判断の怖さを強めています。


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