拠点証明書――同行者登録申請
戦って駄目なら、書類で殴ります。ベルの本領発揮です。
ベルは反省会テーブルを完全に占領した。
右も左も紙。ハコベエ割引券まで書類の山に混ざろうとしていたので、わたしはつまんで床へ置いた。
「混ざるな」
「関連書類です」
「割引券がしゃべるな!」
ベルは表紙を置く。
【同行者登録申請書】
「勇者様。帰還門がログル様を記録端末と分類している以上、分類そのものを変更する必要があります」
「どうやって?」
「申請します」
「帰還門に?」
「帰還門に」
「通るの?」
「通します」
有能な人が言うと、本当に通りそうで怖い。
ゼルドは魔王印を用意している。黒い角つきの判子だ。
「余は魔王側承認者として署名しよう」
「魔王さんが保証人?」
「余の信用は高い」
ベルが少し目をそらす。
「神様側から見ると、苦情常連ですが」
「ベル」
「事実です」
ログルの前には小さな書類がある。
【記録端末人格化証明】
「ぼくは、証明される存在なんですね」
その声が、少し寂しそうだった。
「ログル。殴り込みの準備だよ」
「殴り込み」
「帰還門に、お前の分類が間違ってるぞって突きつける紙」
「紙で殴るんですか」
「ベルさん方式」
「法務攻撃とお呼びください」
「かっこよくした!」
書類は増える。
【勇者相棒関係継続申立書】
【拠点側共同生活証明】
【死亡ログ共同管理履歴】
【主神運営不備に関する予備抗議文】
「最後いる?」
「むしろ本命です」
ゼルドが魔王印を押す。
「余は、ログルを勇者の相棒として認める」
ベルが署名する。
「ログル様が単なる端末ではなく、独立した判断と感情を持つ同行者であることを証明いたします」
ネムも死亡受付の窓から顔を出す。
「死亡受付側としても、ログルさんは記録端末というより、常連の付き添いですね」
最後の欄は空白だった。
【勇者本人の意志】
わたしはペンを握る。
字は少し揺れた。でも、ちゃんと書いた。
【ログルは荷物じゃない。端末でもない。わたしの相棒。いっしょに帰る】
ベルが柔らかく笑う。
「十分です」
「短くない?」
「強い書類は、要点が明確です」
帰還門の方から、かすかな機械音が返ってきた。
【申請受理】
【審査中】
「書類で一撃入った」
「次は審査を突破いたしましょう」
「書類バトルって何階層あるの?」
「神様が相手ですので、長いです」
「うわああああああああ!」
ベルの書類戦は、魔法より怖かった。
反省会テーブルの上に、白い紙が積み上がっていく。薄い紙なのに、存在感が重い。持ち帰り枠を圧迫しないはずの会議で、わたしの精神枠が先に埋まりそうだった。
「こちらが、同行者登録申請書です」
「うん」
「こちらが、記録端末人格化証明」
「名前がもう怖い」
「こちらが、勇者相棒関係継続申立書」
「それはちょっといい」
「こちらが、主神運営不備に関する予備抗議文です」
「それはベルさんが好きなやつ」
ベルは眼鏡を押し上げ、当然のように次の束を出した。
「さらに、ログル様が神様側貸与端末ではなく、勇者様との継続的な相互意思疎通に基づく同行人格であることを示す補足資料が必要です」
「補足資料って何を書くの?」
「一緒に死んだ回数、一緒に生還した回数、勇者様がログル様を撫でた回数、ログル様が勇者様に苦言を呈した回数などです」
「最後、多すぎない?」
「かなり多いです」
ログルが少しだけ顔をそらした。
「ぼくの苦言は、必要なものです」
「分かってる。だいたい正しいから腹立つだけ」
「そこは感謝してください」
「感謝はしてる。腹は立つ」
ゼルドは署名欄を見て、深くうなずいた。
「余は拠点側承認者でよい」
「魔王さん、いいの?」
「余が同行すれば通路が詰まる。これはすでに実証済みだ」
「実証がつらい」
ハコベエ箱も、なぜか印鑑を出してきた。
「商業接続箱として証明できます」
「ハコベエの証明、信用していいの?」
「噛みませんので」
「信用できない返事!」
ネムは死亡受付から、眠そうに手を上げた。
「死亡処理側証人なら、ぼくも書きます」
「ネムさん、いいの?」
「コヨリさんとログルさんが一緒に死亡受付へ来るの、もう通常業務なので」
「通常業務になってるの嫌すぎる」
書類の中に、空欄がひとつだけ残った。
【同行理由】
ベルが羽ペンを差し出す。
「勇者様。ここだけは、ご自身で」
「なんて書けばいいの」
「事実を」
事実。
ログルは鑑定してくれる。罠を教えてくれる。死因ログを読む。読まなくていい時も読む。わたしが食べる前に止める。宝箱が呼吸していると言う。神様の雑仕様に、一緒にため息をつく。
でも、それは理由の外側だ。
わたしはペンを持った。字は少し曲がった。
【ログルがいないと、帰ってもひとりだから】
書いたあと、急に恥ずかしくなって紙を伏せた。
「見ないで!」
「もう見えました」
「ログル!」
「......ありがとうございます」
ベルは何も言わず、書類の端を整えた。ゼルドは紅茶を飲むふりをした。ネムは死亡受付の窓を少し閉めた。ハコベエだけが「感動記念セール」と言いかけたので、わたしは無言でふたを押さえた。
帰還門のほうから、低い音がした。
【申請書類:受領】
【審査:未定】
「未定かあ」
「一歩進みました」
「ローグライクで一歩進むの、怖いんだよね」
「はい。ですが、進まなければ階段にも着きません」
ログルの言い方が、少しだけ相棒っぽかった。
書類を閉じたあと、ベルは小さな声で「よい理由です」と言った。わたしは聞こえないふりをした。ログルも聞こえないふりをしていたが、尻尾がほんの少し揺れていたので、たぶん聞こえている。申請書は冷たい紙なのに、そこへ書いた一文だけは妙に温かかった。帰還門がそれを理解するかは分からない。でも、理解できないなら、理解するまで叩き込むだけだ。
ベルは提出書類を束ねる時、最後に必ず紙の端を指で弾く。ぱちん、と小さな音がして、書類がまっすぐ揃う。その音だけで、帰還門の白い光が少し怯えたように見えた。
「ベルさん、書類で門を威圧してない?」
「威圧ではございません。正式な圧です」
「正式な圧って何」
「法務です」
ゼルドが紅茶を置き、深くうなずいた。
「ベルの書類は、魔王軍でもドラゴンより恐れられている」
「ドラゴンより?」
「締切を過ぎた者には特に」
「魔王軍、事務が一番怖いの?」
ログルは、わたしの手書き理由の写しをそっと別の封筒に入れた。
「それ、保管するの?」
「はい。相棒証明の原本に近いので」
「恥ずかしいから燃やしたい」
「帰還属性の書類を燃やすのは危険です」
「危険じゃなくても燃やさないでって言って」
「燃やさないでください」
言い直してくれたので、わたしは文句を飲み込んだ。書類は冷たい。でも、誰かが大事にしまうと、少しだけ温かい。
封筒に入れられた理由書は、思い出ログ棚の一番手前に仮置きされた。
「そこ、目立つ」
「重要書類ですので」
「恥ずかしい重要書類!」
ログルは少し迷ってから、封筒の向きを裏返してくれた。文字は見えなくなったけれど、そこにあることは分かる。帰還門に見せるための理由なのに、わたしのほうが見るたびに照れる。精神攻撃つきの帰還アイテムだった。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還同行シード
死亡回数:1091回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【帰還門感知 Lv.3】
【死因学習 Lv.5】
【総合盤面確認 Lv.4】
【帰宅猶予線形成 Lv.1】
【相棒防衛 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
申請:【ログル同行者登録申請】
【登場人物紹介】
コヨリ:同行理由を書かされ、照れて怒る。
ログル:申請される存在として戸惑いつつ、手書き理由に救われる。
ベル:書類戦になると最強クラスの秘書。
ゼルド/ネム/ハコベエ:それぞれ証人や承認者として接続側に回る。
【ローグライクあるある解説】
申請準備回。直接ダンジョン攻略ではなく、鑑定・登録・証明を整える拠点フェイズです。後半ローグライクの「持ち込み条件を満たすための準備」を、書類ギャグにしています。 申請書類回。識別・登録・持ち込み許可のようなシステム処理を、ベルの書類戦に変換しています。地味な確認作業が次の生存率を上げるタイプのあるあるです。
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