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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第28章 帰還同行シード――持ち帰り枠が足りません

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置いてけぼりの影――軽くなれば帰れる

帰還門は優しい道を出します。軽くなれば、帰れる道です。

 帰還門は、夕方の色で開いた。

 向こうには玄関。靴箱の上のぬいぐるみまで見えた。


【推奨:単独帰還】

【成功率:高】

【不要データを削除してください】


「不要データ?」


【死因ログ圧縮束】

【思い出ログ棚】

【拠点接続証明書】

【ログル個体記録】

【魔王側苦情記録】

【死亡受付履歴】

【ランダム仲間記録】


 胸の奥が冷えた。

 怒鳴りたいのに、声が出ない。


 不要データ。

 そんな言葉でまとめられた。


 黒狼に噛まれたこと。ミーナのパン。カイの木剣。ゼルドの正座。ベルの書類。ネムの受付。ログルが「次は、ぼくが先に見ます」と言ったこと。


 全部、不要。


「勇者様。この表示は帰還成功率だけを見ています」

「うん」

「感情や関係は、計算に入っていません」

「分かってる」


 分かってるけど、むかつく。


【不要データ削除確認】

【削除しますか?】

【はい/いいえ】


「いいえ!」


 叫んだので、ターンが進んだ。

 確認画面が割れ、白い手が伸びる。データ削除の手。そう見えた。


 白い手は死因ログ圧縮束へ伸びた。

「それに触るな!」


 帰還鍵で叩く。手がひるむ。

 次の手はログルへ伸びる。

 わたしは間に入った。


 冷たい。

 触られた場所から、頭の中の何かが引っ張られる。


 黒狼。最初の死。神様の拍手。ネムの受付。ログルの初警告。

 薄くなりかける。


「やだ」


 鍵を握りしめる。


「軽くなれば帰れる。でも、それは、わたしが帰りたい帰り方じゃない」


 白い手が胸に触れた。

 視界が消える。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


【死亡ログ】

【死因:不要データ削除確認画面に触れ、記憶圧縮に失敗した】

【評価:軽量化に失敗しました】

【総死亡回数:1089回】

【新規獲得:置いてけぼり拒否 Lv.1】


 拠点に戻ると、わたしは死因図鑑室へ走った。

 棚はある。思い出ログもある。ログルもいる。


「ログル、覚えてる?」

「覚えています」

「わたしも、覚えてる」


 帰りたい。

 でも、一人で軽くなって帰りたいわけじゃない。


 帰還門の奥に、軽い道が見えた。

 そこには罠も敵もいない。通路も広い。食料もいらない。持ち物欄は空で、同行者もいない。白い光だけがまっすぐ伸びていて、向こう側に、わたしの家の玄関がある。


 わたしはその道を見た瞬間、ぞっとした。


【推奨:単独帰還】

【成功率:高】

【不要データを削除してください】


 不要データ。

 その文字の下に、名前が並んだ。


【死因ログ圧縮束】

【思い出ログ棚】

【魔王相談窓口】

【ミーナ記録】

【カイ記録】

【ゼルド接続】

【ベル接続】

【ログル個体記録】


 わたしは、しばらく何も言えなかった。

 怒鳴るのは得意だ。神様に文句を言うのも得意になった。死因ログにツッコむのも、罠にキレるのも、ハコベエを叱るのも、かなり上手くなったと思う。


 でも、「不要」と書かれたログルの名前を見た時、喉の奥が冷たくなった。


「勇者様」

「ログル、しゃべらないで」

「はい」


 ログルはそれ以上、何も言わなかった。えらい。えらいけど、黙られると余計につらい。


 道の入口には、白い箱がある。中には【削除確認ピン】が一本。これを刺せば、不要データを消せるらしい。消せば、帰還成功率は上がる。たぶん、かなり上がる。


 ローグライクなら、荷物を軽くする判断は正しい。食料がないなら、重い盾を捨てる。呪われた腕輪を外す。使えない杖を置く。持ち帰れない宝を諦める。命が最優先だからだ。


 でも、これは違う。


「ログル」

「はい」

「死因ログって、重い?」

「情報量としては、かなり」

「ミーナさんの記録は?」

「軽くはありません」

「カイの木剣の記録は?」

「小さいですが、消すと復元は困難です」

「ログルは?」


 ログルが少しだけ黙った。


「ぼくは、帰還門から見ると重いです」

「わたしから見ると?」

「......分かりません」


 分からないわけない。ログルは頭がいい。計算もできる。だから、こういう時だけ分からないふりをする。


 わたしは削除確認ピンに手を伸ばした。ログルの宝石が強く光る。


「勇者様、触らないでください」

「触るだけ」

「触るだけが一手になることは、何度もありました」

「知ってる」


 ピンの先が、わたしの指に触れた。

 白い道が一気に明るくなる。不要データの文字が、削除待ちから削除準備へ変わった。ログルの輪郭が薄くなる。


「ログル!」


 わたしはピンを投げ捨てようとした。だが、手が動かない。確認画面が、わたしの指先を掴んでいる。


【削除対象を選択してください】


 選ぶわけがない。


「選ばない!」


 叫びは行動になった。門が一手進む。白い光が、思い出ログ棚へ伸びる。


 わたしは、その光に体ごと飛び込んだ。


 暗転する前、ミーナのパンの匂いがした気がした。カイの木剣を握った時の、手のひらの痛みも。ゼルドの紅茶の渋さも、ベルの書類の紙音も、ログルの毛並みの温かさも。


 軽くなれば帰れる。

 でも、それは、わたしが帰りたい帰り方じゃない。

 わたしは削除確認ピンを、死因図鑑室の一番奥へしまった。捨てるのではなく、見える場所に封印する。ログルは「危険物保管としては少し不安です」と言ったけれど、わたしは首を振った。あの道がいつでも存在することを、忘れないためだ。楽な帰り道は、たぶんまた誘惑してくる。その時に、わたしはもう一度ちゃんと怒りたい。

 その夜、拠点の壁の【帰る】という文字を見上げると、前より少し重く見えた。帰るという言葉に、荷物が増えたからだ。でも、その重さが嫌ではないと思えた。軽すぎる帰り道より、少し重い帰り道のほうが、わたしの足には合っている。


 封印した削除確認ピンには、ベルが分厚い札を三枚貼った。【触れる前に申請】【申請前に相談】【相談前に深呼吸】。三枚目だけ、わたしの字だった。


「深呼吸で止まるかな」

「勇者様は、止まらないことが多いです」

「ログル、今日ちょっと厳しい」

「怖かったので」


 さらっと言われて、わたしは黙った。ログルは宝石を磨くふりをしている。こっちを見ない。だから、余計に本音だと分かる。


「ごめん」

「謝るより、次は呼んでください」

「うん」

「削除確認画面に一人で突っ込まないでください」

「うん」

「未識別の白い道にも触らないでください」

「うん......多いな!」


 ログルが少しだけ笑った。重くなりすぎた空気が、ようやく一マスぶん動く。


 軽い道は、きっとまた現れる。だから、あのピンは隠さない。見える場所に置いて、毎回「選ばない」と言えるようにしておく。攻略とは、誘惑をなかったことにする作業ではない。見えている罠を、見えているまま踏まない練習だ。


 ネムは削除確認ピンを見て、受付窓から小さく手を振った。

「それ、死亡受付的にも嫌な品ですね」

「ネムさんでも嫌?」

「死ぬのと、なかったことにするのは別です」

 眠そうな声なのに、その言葉だけはやけにまっすぐだった。わたしはピンの封印札をもう一枚増やした。死んでも残るものがあるから、ここまで来た。なかったことには、絶対にしない。


【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還同行シード

死亡回数:1089回

クラス:帰還者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

【帰還門感知 Lv.3】

【死因学習 Lv.5】

【総合盤面確認 Lv.4】

【帰宅猶予線形成 Lv.1】

【味方射線確認 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【置いてけぼり拒否 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ:軽くなれば帰れる道を拒む。

ログル:自分が重いデータだと分かっていても、コヨリの選択を待つ。

ミーナ/カイ:本人ではなく、思い出ログとしてコヨリの帰り道を重くする存在。


【ローグライクあるある解説】

荷物を軽くすれば帰れる回。ローグライクでは不要物を捨てる判断が重要ですが、ここでは思い出や相棒まで「不要」と判定されるため、ゲーム的正解を感情で拒否する構造です。 不要データ削除の誘惑回。装備を捨てれば軽くなるが、大事な記録まで消える怖さです。ローグライクのアイテム整理を、記憶や縁の取捨選択へ拡張しています。


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