店の商品に触らないで
ハコベエ箱同行。商人がいると便利です。店判定も連れてきます。
ハコベエ箱は、店ごと試験区に来た。
口の中には杖、巻物、壺、腕輪。品揃えは完璧で、保存壺まである。
「いらっしゃいませ、噛みませんので」
「毎回言うけど、毎回信用できない」
「商品も口も開いております」
「口は閉じて」
ベルが帳簿を開く。
「未払い商品を持ったまま検査門を出ると、泥棒判定が発生する可能性があります」
「知ってる。補給庫で死んだ」
「記録によれば三回です」
「回数を添えるな!」
確認する。
支払い、済み。
購入予定、罠消しの巻物、眠り玉、保存壺。
ハコベエ、口を閉じている。
完璧。
そう思った瞬間、蓋が少しだけ開いた。
「今のは?」
「試食です」
「商品を試食するな!」
舌が【白紙の巻物】をぺろっと触った。
【会計未処理商品:移動】
【泥棒判定:準備】
「準備するな! まだ盗んでない!」
さらに舌が半分だけ検査門の外へ出た。
【泥棒判定:成立】
【パーティー共有】
「共有するなって言ったああああああああ!」
奥の扉が開き、番犬ゴーレムが三体出てきた。
「ワン」
「鳴くんだ」
「勇者様、そこではありません」
【現在の盤面】
コヨリ:Lv1/HP15/15
状態:泥棒判定
敵:番犬ゴーレム×3
注意:未払い商品を戻すまで解除不可
「ハコベエ、戻して!」
「かしこまりました」
白紙の巻物が舌にくっついて離れない。
「良い紙質です」
「味わうな!」
ゼルドが前に出ようとする。
「余が止める!」
「店内で戦うと器物破損判定が増えます」
ベルが冷静に言った。
「神々の店判定、どこまで面倒なのだ」
「異常に面倒です」
ハコベエが、ぺっと吐く。
白紙の巻物は戻った。
しかし勢いで【大部屋の巻物】が店外へ飛んだ。
【泥棒判定:継続】
「別の商品んんんんんんん!」
番犬ゴーレムの前足が振り下ろされた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
【死因:同行者が未払い商品を持ったまま検査門を出た】
【評価:泥棒判定はパーティー共有です】
【総死亡回数:1087回】
【新規獲得:同行者店内確認 Lv.1】
拠点に、看板を立てた。
【店の商品に舌で触らない】
「商品も口も」
「開くな」
「はい」
ログルが横にもう一枚置く。
【パーティー共有の泥棒判定に注意】
店は、なぜか帰還門の試験区にもあった。
白い床の上に畳が敷かれ、木の棚には杖、巻物、腕輪、壺がきれいに並んでいる。店主は石でできたゴーレムで、胸に【精算確認】と刻まれていた。どう見ても、出た瞬間に泥棒判定を飛ばしてくる顔だ。
「ログル、確認」
「入口、出口、会計台、検査門。床に罠はありませんが、商品棚すべてに所有権判定があります」
「ハコベエ、噛まない。食べない。試食しない」
「いらっしゃいませ、噛みませんので」
「返事が不安!」
ハコベエ箱は、今回だけ同行商人として登録されている。保存壺が使えるかもしれないし、未識別品の値段確認もできるかもしれない。店があるなら、商人の知識は便利だ。便利なのだが、便利と危険は同じ棚に置かれている。
わたしはまず、欲しいものを指差した。
【識別の巻物】
【眠り玉】
【保存壺】
【帰還の巻物】
全部ほしい。全部ほしいけど、全部買うお金はない。持ち帰り枠もない。ローグライクの店は、財布と欲を同時に殴ってくる。
「保存壺だけ買う」
「勇者様、保存壺に保存壺は入りません」
「知ってる。言わないで。夢だけ見させて」
ハコベエが棚に近づいた。ふたが、ぱか、と開く。
「お客様、こちらの保存壺、口当たりが」
「試食しない!」
「今のは商品確認です」
「口を近づけるな!」
ゴーレム店主の目が、淡く赤くなった。
【未精算接触:警告】
わたしはハコベエの横腹を両手で押した。ミミックの横腹という概念が正しいのかは分からないが、とにかく押した。
「会計前に触らない」
「商品も口も開いております」
「閉じて!」
ベルが通信窓で咳払いをした。
「勇者様、店舗内では同行者の行動も責任範囲に含まれます」
「知ってる! だから汗かいてる!」
「魔王軍では、備品持ち出しは厳罰です」
「魔王軍、店よりまとも!」
わたしは保存壺を一つだけ手に取り、会計台へ置いた。お金を払う。店主の胸の【精算確認】が青になる。よし。購入済み。これなら持って出られる。
その時、ハコベエが棚の下に落ちていた紙切れをくわえた。
「それ何!?」
「割引券です」
「置け」
「無料です」
「無料が一番怖い!」
ハコベエは自慢げに紙切れを見せた。そこには【店外持出不可】と小さく書かれている。
「アウト!」
わたしは手を伸ばす。だが、ハコベエは「噛みませんので」と言いながら一マス後退した。店の出口へ。
世界のマス目が浮かぶ。
ハコベエが一歩下がる。店外検査門が光る。
【泥棒判定:パーティー共有】
「共有しないでえええええええええええ!」
店主ゴーレムが棚ごと立ち上がった。棚も腕だったらしい。最悪だ。出口が閉まり、壁から番犬ゴーレムが湧く。保存壺を買ったばかりなのに、保存したい命がもうこぼれそうだった。
「ハコベエ、吐いて!」
「噛みませんので」
「今は噛むなじゃなくて吐け!」
ハコベエが割引券を吐き出す。だが、もう遅い。判定は共有され、ゴーレムの拳がこちらへ向かってくる。
最後の一手で、わたしは保存壺を胸に抱いた。
「せめてこれだけ持ち帰りたい!」
ログルが小さく言う。
「未クリアなのでロストします」
「言わなくていいいいいいいい!」
死亡受付から戻ると、ハコベエは店先で小さくふたを閉じていた。反省しているように見えたが、よく見ると口の端から割引券がはみ出している。わたしは無言で引き抜き、ベルに渡した。ベルはそれを証拠品袋へ入れ、【店舗内同行者監視規定】という新しい書類を作り始めた。店で怖いのは商品ではない。商品に触る仲間である。
ベルが作った【店舗内同行者監視規定】は、なぜか三十七項目あった。店に入る前から疲れる量だ。しかも一項目目が【ミミック商人の口内を商品棚として扱わない】だった。
「それ、最初に書くこと?」
「最初に事故りましたので」
「何も言い返せない」
ハコベエは店先で、しょんぼりしたふりを続けている。けれど、ふたの内側には【再発防止セール】と書かれた札が貼ってあった。
「反省を売るな!」
「噛みませんので」
「噛まない商売が一番こわい!」
ログルが、購入済みの商品と未購入の商品を床に並べた。線を一本引く。こちら側は安全。向こう側は危険。たったそれだけなのに、店が急にダンジョンに見えた。
「勇者様、店では戦闘より確認が多くなります」
「商品、値札、出口、同行者、支払い」
「はい」
「買い物って、ボス戦より難しくない?」
「ハコベエ様の店では、かなり」
店主が味方でも、店ルールは敵になる。わたしはまた一つ、嫌な常識を覚えた。
規定の最後に、ベルは【店内ではかわいいから許すを禁止】と書いた。
「それ、ハコベエ対策?」
「はい」
「かわいいかな」
「噛まなければ、多少は」
ハコベエが嬉しそうにふたを開けたので、わたしはすぐ閉めた。かわいいかどうかを考える前に、まず支払い。まず出口。まず持ち物。店内では情より会計が先に来る。世知辛いけど、死ぬよりはましだった。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還同行シード
死亡回数:1087回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【帰還門感知 Lv.3】
【死因学習 Lv.5】
【総合盤面確認 Lv.4】
【帰宅猶予線形成 Lv.1】
【同行者指示 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【同行者店内確認 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:店内行動の怖さを再確認する。
ハコベエ:商品確認と試食の境界が怪しいミミック商人。
ベル:店舗内責任と備品管理にやたら詳しい。
ログル:所有権判定の嫌な仕様を見抜く。
【ローグライクあるある解説】
店内泥棒判定回。店の商品を未精算で持ち出すと全体が敵対するタイプの緊張感です。ハコベエの「試食」と店主ゴーレムの所有権判定で、店事故をパーティー共有にしています。 店内事故回。未払い商品を持ったまま出る、仲間が商品に触る、泥棒判定が共有されるという店判定あるあるをハコベエの試食癖に寄せています。
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