眠らせた敵を起こすな
眠りの杖は強いです。寝ている敵は、今だけ家具です。
停止時間騎士は、通路の真ん中に立っていた。
銀の鎧、長い剣。動き出すと遅いのに、攻撃だけは重い。こういう敵は寝かせるに限る。
「魔王さん、確認」
「うむ」
「わたしが眠りの杖を振る」
「うむ」
「敵が寝る」
「うむ」
「寝た敵は起こさない」
「......うむ」
「今ちょっと間があった!」
ゼルドは視線をそらした。
「敵に背を向けるのは、魔王として」
「美学禁止!」
杖を振る。
白い粉のような光が飛び、騎士の剣先が床についた。
「成功。寝てる敵は家具」
「敵が家具扱いされている」
わたしたちは横を抜ける。
今回は隊列もいい。わたし、ログル、ベル、ゼルド。マントも畳まれている。
「えらい、魔王さん」
「余は魔王である。えらいのは当然だ」
その時、かん、と金属音がした。
振り返ると、ゼルドの剣先が眠った騎士の兜に触れている。
「魔王さん?」
「いや、これはだな」
騎士の目が光った。
「起きたああああああああ!」
「すまぬ! 敵に背を向けるのが落ち着かず!」
「敵より先に魔王が落ち着け!」
手持ちの眠りの杖は残り0回。
ログルが叫ぶ。
「混乱の巻物があります」
「読む!」
「未識別です」
「読んだら分かる!」
「その発想は漢識別です」
「名前かっこよくしても危険!」
巻物を開く。
【大部屋の巻物】
「部屋広げるなああああああああ!」
通路の壁が消えた。
寝ていた別の騎士たちまで見えた。見えるということは、処理対象が増えるということだ。
「増えた!」
「実際、増えました」
停止時間騎士が一歩。ゼルドが剣を構える。ベルが書類を守る。
そして、世界が白くなった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
【死因:眠らせた停止時間騎士を同行者が起こした】
【評価:敵ですが、今は寝かせておく敵でした】
【追加死因:未識別巻物で大部屋化】
【総死亡回数:1086回】
【新規獲得:同行者指示 Lv.1】
拠点で、ゼルドはまた正座していた。
「寝てる敵は?」
「家具」
「起こす?」
「起こさぬ」
「美学は?」
「しまう」
ログルが死因図鑑室に札を貼った。
【寝ている敵は、倒した敵ではない】
【でも、起こしてはいけない】
「二行目が大事」
「魔王様向けに太字にします」
「やめぬか」
停止時間騎士は、立ったまま眠っていた。
銀色の鎧をまとい、剣を床に突き立て、兜の奥で規則正しい寝息を立てている。眠りの杖が効いたのだ。強敵を眠らせた時の安心感は、どんな回復薬より体にいい。
「よし。今は敵じゃない」
「眠っているだけです」
「だから今は家具」
「家具にしては殺意が高いです」
通路の先には階段が見える。停止時間騎士の横を抜ければ、次の試験区へ進める。ゼルドも後ろで剣を下ろしていた。ベルはいない。書類事故を避けるため、今回は魔王とログルだけだ。
「魔王さん、あいつ起こさないでね」
「無論だ。余も学習しておる」
「ほんとに?」
「幼き勇者、余を何だと思っている」
「魔王」
「そうだが、今は協力者であろう」
わたしは慎重に一歩進んだ。床にマス目が浮かび、停止時間騎士の周囲だけが淡い青に染まる。睡眠中。安全。ログルの宝石も、今は静かだ。
その時、壁の奥から、カチ、という音がした。
「罠?」
「いいえ。試験区の自動案内です」
壁に文字が浮かぶ。
【眠っている敵を攻撃すると、追加経験値を獲得できます】
「余計なこと書くな!」
ゼルドの肩がぴくりと動いた。
「追加経験値か」
「魔王さん?」
「いや、勇者の成長に資するならば」
「だめ」
「しかし」
「だめ!」
停止時間騎士の寝息が少し乱れた。大声を出したせいか、睡眠の残りターンが減っている。壁の表示がさらに追い打ちをかける。
【注意:眠り状態は永続ではありません】
【残り:2ターン】
「ログル、階段まで」
「勇者様が二歩、ゼルド様が三歩です」
「魔王さん、絶対に攻撃しない。歩くだけ」
「心得た」
一歩。わたしは騎士の横を抜ける。ゼルドも一歩進む。床が鳴る。騎士はまだ眠っている。
もう一歩。わたしは階段前に着いた。ゼルドも続くはずだった。
だが、壁にまた文字が出た。
【魔王職限定:眠り敵への威圧で安全確認が可能です】
「するな!」
「威圧なら攻撃ではないのでは?」
「屁理屈もだめ!」
ゼルドは本当に攻撃するつもりではなかった。ただ、魔王としての威厳が、少しだけ漏れた。黒い魔力が鎧の表面をなでる。
停止時間騎士の兜が、ぎぎ、と動いた。
「起きた!」
「余は斬っておらん!」
「起こした時点で同じいいいいいい!」
騎士の剣が、時間を削るように振り上がる。世界のマス目が歪み、わたしの次の一手が重くなった。停止時間騎士は、起きた直後にこちらの行動速度を落とすタイプだった。
「ログル、杖!」
「眠りの杖、残り0です」
「さっき使った!」
「はい」
「はいじゃない!」
手持ちは【鈍足草】と【場所替えの杖 残り1】。鈍足草を投げれば、騎士は遅くなる。でも、ゼルドが射線にいる。場所替えなら逃げられるが、替わった先が騎士の隣になる可能性がある。
「魔王さん、しゃがんで!」
「余がか?」
「魔王のプライドを一ターンだけ捨てて!」
ゼルドが渋々しゃがむ。わたしは鈍足草を投げた。草はゼルドの角をかすめ、騎士の兜に当たる。よし。効いた。
そう思った瞬間、騎士が鈍足になったぶん、重い一撃をゆっくり振り下ろした。遅い。遅いけど、逃げる場所がない。
「勇者様、階段へ!」
「一歩、足りない!」
停止時間騎士の剣が、わたしの上でぴたりと止まる。最後の一瞬、ゼルドが本気で反省した声で言った。
「すまぬ」
「次から寝てる敵は家具いいいいいいいい!」
拠点に戻ったわたしは、死因図鑑室の新しい札に大きく書いた。【寝てる敵は家具】。ログルが横から「敵です」と訂正しようとしたので、わたしはその下に小さく【ただし攻略中は家具扱い】と足した。ゼルドはしばらく札を見てから、「余も覚えよう」と真面目に言った。魔王が家具理論を学ぶ日が来るとは思わなかった。
ゼルドは反省札の前で、腕を組んだまま動かなかった。札には【寝てる敵は家具】と書かれている。魔王が真剣に家具を見つめる絵面は、かなり変だった。
「勇者よ」
「なに」
「寝ている敵を家具扱いするのは、敵への礼を欠くのではないか」
「起こして殺されるほうが、わたしへの礼を欠いてる」
「む......それはそうだ」
ログルが横から、眠りの杖を整備しながら補足する。
「状態異常は、敵を倒すためだけではありません。通路を塞ぐ、時間を稼ぐ、逃げ道を作る。今回の死亡は、その理解不足です」
「ログル、言い方が授業」
「勇者様が寝ている敵を家具と呼ぶので、バランスを取りました」
わたしは札の下に、もう一行書き足した。
【家具は叩かない】
ゼルドがうなずく。
「分かった。余は家具を叩かぬ」
「魔王さん、だいぶ変なこと覚えてるよ」
「しかし、生き残るためであろう?」
「そう。生き残るため」
変な言葉でも、生き残れるなら攻略用語だ。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還同行シード
死亡回数:1086回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【帰還門感知 Lv.3】
【死因学習 Lv.5】
【総合盤面確認 Lv.4】
【帰宅猶予線形成 Lv.1】
【同行者指示 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【同行者指示 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:眠らせた敵を家具扱いするローグライク脳。
ゼルド:攻撃はしていないが、魔王の威圧で敵を起こす困った協力者。
ログル:残りターンと手持ちを冷静に数える。
【ローグライクあるある解説】
睡眠解除事故回。眠らせた敵を起こす、状態異常の残りターンを読み違える、味方の余計な一手で台無しになる、というあるあるを魔王の美学に変換しました。 眠らせた敵を味方が起こす事故です。睡眠や混乱は強い打開手段ですが、攻撃順や味方AIを間違えると一気に台無しになる、仲間同行ダンジョンの怖さを使っています。
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