持ち帰りたいものほど使えません
大事なものほど捨てられない。でも打開には使えません。
アイテム欄を開いて、わたしは静かに閉じた。
「ログル。今、見なかったことにしていい?」
「死にます」
「現実が強い」
【帰還鍵】
【ログル個体記録】
【死因ログ圧縮束】
【拠点接続証明書】
【帰宅時刻ピン】
【ベルの正式抗議文】
【ゼルドの労働改善要求書】
【ハコベエ割引券】
「アイテム欄がぜんぶ大事な紙で埋まった!」
「一部、紙ではありません」
「使える?」
「使えません」
「じゃあ邪魔あああああああああ!」
前方一マスに【封印の杖】が落ちている。
奥から倍速ヤマネコ改。二回行動する、幼女に近づいてはいけない速度の猫だ。
「封印の杖、拾う!」
「枠がありません」
「捨てる!」
「どれをですか」
帰還鍵は捨てられない。ログル記録も無理。死因ログも拠点証明も必要。ベルの抗議文は、正直ちょっと置きたい。
「ベルさんの抗議文、置いていい?」
観測窓の向こうでベルが即答する。
「正式書類です」
「いま命より正式!?」
ハコベエ割引券を床へ捨てる。
ふわっと戻る。
「なんでええええええええ!」
ヤマネコが二歩で迫る。もう前方一マス。
世界が止まり、爪が鼻先で光った。
「ログル、会議!」
「手段は三つ。一つ、紙を捨てる。二つ、封印の杖を諦めて逃げる。三つ、ハコベエ割引券を食べる」
「三つ目どういうこと!?」
「アイテム欄からは消える可能性があります」
「体に悪そう!」
わたしはベルの抗議文を投げた。
紙束がヤマネコの顔に当たる。
【状態異常:事務困惑】
「効いた!」
「ベル様の文面が強すぎます」
でも倍速ヤマネコ改は困惑しながらも二回爪を振った。
一回目、腕。
二回目、白い画面。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
【死因:持ち帰り候補でアイテム欄が埋まり、封印の杖を拾えなかった】
【評価:大事なものは多すぎても死因です】
【総死亡回数:1085回】
【新規獲得:持ち帰り枠整理 Lv.1】
拠点で、ログルは死因図鑑室に札を貼った。
【大事なものは、使えないことがある】
「帰るためのものが、帰る邪魔になるの、ひどくない?」
「はい。かなり、ひどいです」
ログルが同意したので、少しだけ救われた。
道具欄を開いた瞬間、わたしはそっと閉じた。
「見なかったことにしていい?」
「現実は閉じても残ります」
「ログル、そういうところ神様に似てきたよ」
「非常に不本意です」
道具欄には、戦うためのものがほとんどなかった。
【帰還鍵】
【死因ログ圧縮束】
【ログル個体記録】
【拠点接続証明書】
【ベルの正式抗議文】
【ゼルドの労働改善要求書】
【ハコベエ割引券】
七枠。全部、大事。最後の一枚だけは本当に大事か疑わしいが、捨てても戻ってくるので、ある意味いちばん厄介だった。
「打開アイテムは?」
「床に落ちています」
「拾う枠は?」
「ありません」
「命の枠は!?」
「それも、だいぶ狭いです」
前方から、倍速ヤマネコ改が近づいてくる。倍速。改。名前の時点で帰りたい。通路の途中には【封印の杖】が落ちている。拾えば、たぶん助かる。だが、拾うには一枠空けなければならない。
わたしはまずハコベエ割引券を床に置いた。
【ハコベエ割引券を置きました】
【ハコベエ割引券が戻ってきました】
「早い!」
次に、ベルの抗議文を見た。
「ベルさん、ごめん」
「勇者様」
通信窓の向こうで、ベルが静かに眼鏡を押し上げた。なぜ見える。怖い。
「その書類は、主神様の運営不備を正式に問うためのものです。紛失した場合、再作成に三日かかります」
「三日かかる命と、今死ぬ命なら?」
「......写しを取ってから捨ててください」
「今じゃない!」
ゼルドの労働改善要求書は、魔王本人が「捨ててもよい」と言った。しかし、紙の端に小さく「部下の休暇取得について」と書かれているのが見えてしまった。捨てにくい。非常に捨てにくい。
「ログル、わたし、こういうの弱い」
「知っています」
「知ってるなら助けて」
「勇者様。死因ログ圧縮束は一時的に拠点へ戻せます。ただし、戻す行動で一手消費します」
倍速ヤマネコ改は、わたしが一手使うと二歩来る。今の距離は三マス。死因ログを戻せば、敵は隣接する。次の一手で封印の杖を拾っても、使う前に殴られる。
「詰んでない?」
「かなり詰んでいます」
「かなりって何割?」
「九割ほど」
「一割あるなら会議!」
床のマス目が濃くなる。わたしは道具欄をにらんだ。帰還鍵は捨てられない。ログル記録も捨てない。拠点証明書も必要。死因ログは戻すと間に合わない。抗議文はベルが怖い。労働改善要求書は部下がかわいそう。割引券は戻ってくる。
全部だめ。
「勇者様、投げるという選択肢があります」
「何を」
「ハコベエ割引券を」
「戻ってくるんじゃないの?」
「戻ってくるまでに一手遅れます」
わたしは割引券をつかみ、倍速ヤマネコ改の足元へ投げた。割引券はひらひら舞い、敵の鼻に貼りつく。ヤマネコ改が一瞬、くしゃみをした。
「いける!」
わたしは死因ログ束を拠点へ戻し、空いた枠で封印の杖を拾った。敵は隣接。次の一手、杖を振れば助かる。
その時、割引券が戻ってきた。
【ハコベエ割引券が戻ってきました】
【道具欄がいっぱいです】
【封印の杖を落としました】
「おまえええええええええええええええ!」
杖が床を転がる。ヤマネコ改の爪が光る。
大事なものは、捨てられない。厄介なものほど、勝手に帰ってくる。
ローグライクより商売のほうが怖いと、わたしはこの時はじめて知った。
そのあと、わたしは道具欄の絵を反省会テーブルに描いた。四角い枠を並べ、その中に帰還鍵、死因ログ、ログル記録、証明書を書き込む。空白はない。ログルが「きれいに埋まりました」と言ったので、わたしは「褒めてないよね」とにらんだ。きれいに埋まった道具欄ほど危ないものはない。拾えない強アイテムは、床に落ちている敵である。
ハコベエ割引券は、そのあと三回捨てた。三回とも戻ってきた。一度は反省会テーブルの下から、二度目は死因図鑑室のページの間から、三度目はわたしの靴下の中から出てきた。
「なんで靴下」
「お得は足元から、という宣伝文句です」
「宣伝が物理で来るな!」
ハコベエ箱は店先で、ふたを半分だけ開けていた。反省しているふりだ。中から割引券の束がちらちら見える。
「ハコベエ」
「噛みませんので」
「割引券、打開アイテムとして使えない?」
「お客様の購買意欲を一時的に増幅できます」
「敵に効く?」
「商人系には」
「倍速ヤマネコに効かないじゃん!」
道具欄に残った割引券を見ながら、わたしは深くため息をついた。持っていたくないのに戻ってくるものも、所持枠を圧迫する。ローグライクにおいて、呪いとは装備だけにつくものではない。たぶん商売にもつく。
ログルは道具欄の絵に、さらに赤い矢印を書き込んだ。
「この矢印、なに?」
「捨てたいのに戻ってくる物の移動予測です」
「割引券専用じゃん」
「現状では」
ハコベエ箱が「今後増えるかもしれません」と言ったので、わたしは全力で首を振った。呪い装備、未識別巻物、勝手に戻る割引券。神様のクソゲーは、持ち物欄にまで性格が出る。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還同行シード
死亡回数:1085回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【帰還門感知 Lv.3】
【死因学習 Lv.5】
【総合盤面確認 Lv.4】
【帰宅猶予線形成 Lv.1】
【持ち帰り枠整理 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【持ち帰り枠整理 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:大事なものを捨てられず、打開アイテムを拾えない枠負け勇者。
ベル:抗議文を命と同じ棚に置きがちな有能秘書。
ゼルド:労働改善要求書のせいで微妙に捨てにくい魔王。
ハコベエ:割引券で道具欄を圧迫する商人箱。
【ローグライクあるある解説】
持ち物欄圧迫回。大事なものが多すぎて杖を拾えない、捨てたはずの割引券が戻ってくる、という「枠管理そのものが敵」になる回です。強アイテムを拾えないまま死ぬのはかなりローグライク味が強いです。 所持品が大事な紙で埋まり、封印の杖を拾えない回です。ローグライクの持ち物管理でよくある「全部必要に見えるが、空き枠がない」苦しさを帰還準備に寄せています。
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