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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第28章 帰還同行シード――持ち帰り枠が足りません

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持ち帰りたいものほど使えません

大事なものほど捨てられない。でも打開には使えません。

 アイテム欄を開いて、わたしは静かに閉じた。

「ログル。今、見なかったことにしていい?」

「死にます」

「現実が強い」


帰還鍵(ホームキー)

【ログル個体記録】

【死因ログ圧縮束】

【拠点接続証明書】

【帰宅時刻ピン】

【ベルの正式抗議文】

【ゼルドの労働改善要求書】

【ハコベエ割引券】


「アイテム欄がぜんぶ大事な紙で埋まった!」

「一部、紙ではありません」

「使える?」

「使えません」

「じゃあ邪魔あああああああああ!」


 前方一マスに【封印の杖】が落ちている。

 奥から倍速ヤマネコ改。二回行動する、幼女に近づいてはいけない速度の猫だ。


「封印の杖、拾う!」

「枠がありません」

「捨てる!」

「どれをですか」


 帰還鍵は捨てられない。ログル記録も無理。死因ログも拠点証明も必要。ベルの抗議文は、正直ちょっと置きたい。


「ベルさんの抗議文、置いていい?」

 観測窓の向こうでベルが即答する。

「正式書類です」

「いま命より正式!?」


 ハコベエ割引券を床へ捨てる。

 ふわっと戻る。


「なんでええええええええ!」


 ヤマネコが二歩で迫る。もう前方一マス。

 世界が止まり、爪が鼻先で光った。


「ログル、会議!」

「手段は三つ。一つ、紙を捨てる。二つ、封印の杖を諦めて逃げる。三つ、ハコベエ割引券を食べる」

「三つ目どういうこと!?」

「アイテム欄からは消える可能性があります」

「体に悪そう!」


 わたしはベルの抗議文を投げた。

 紙束がヤマネコの顔に当たる。


【状態異常:事務困惑】


「効いた!」

「ベル様の文面が強すぎます」


 でも倍速ヤマネコ改は困惑しながらも二回爪を振った。

 一回目、腕。

 二回目、白い画面。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


【死亡ログ】

【死因:持ち帰り候補でアイテム欄が埋まり、封印の杖を拾えなかった】

【評価:大事なものは多すぎても死因です】

【総死亡回数:1085回】

【新規獲得:持ち帰り枠整理 Lv.1】


 拠点で、ログルは死因図鑑室に札を貼った。


【大事なものは、使えないことがある】


「帰るためのものが、帰る邪魔になるの、ひどくない?」

「はい。かなり、ひどいです」


 ログルが同意したので、少しだけ救われた。


 道具欄を開いた瞬間、わたしはそっと閉じた。


「見なかったことにしていい?」

「現実は閉じても残ります」

「ログル、そういうところ神様に似てきたよ」

「非常に不本意です」


 道具欄には、戦うためのものがほとんどなかった。


帰還鍵(ホームキー)

【死因ログ圧縮束】

【ログル個体記録】

【拠点接続証明書】

【ベルの正式抗議文】

【ゼルドの労働改善要求書】

【ハコベエ割引券】


 七枠。全部、大事。最後の一枚だけは本当に大事か疑わしいが、捨てても戻ってくるので、ある意味いちばん厄介だった。


「打開アイテムは?」

「床に落ちています」

「拾う枠は?」

「ありません」

「命の枠は!?」

「それも、だいぶ狭いです」


 前方から、倍速ヤマネコ改が近づいてくる。倍速。改。名前の時点で帰りたい。通路の途中には【封印の杖】が落ちている。拾えば、たぶん助かる。だが、拾うには一枠空けなければならない。


 わたしはまずハコベエ割引券を床に置いた。


【ハコベエ割引券を置きました】

【ハコベエ割引券が戻ってきました】


「早い!」


 次に、ベルの抗議文を見た。


「ベルさん、ごめん」

「勇者様」


 通信窓の向こうで、ベルが静かに眼鏡を押し上げた。なぜ見える。怖い。


「その書類は、主神様の運営不備を正式に問うためのものです。紛失した場合、再作成に三日かかります」

「三日かかる命と、今死ぬ命なら?」

「......写しを取ってから捨ててください」

「今じゃない!」


 ゼルドの労働改善要求書は、魔王本人が「捨ててもよい」と言った。しかし、紙の端に小さく「部下の休暇取得について」と書かれているのが見えてしまった。捨てにくい。非常に捨てにくい。


「ログル、わたし、こういうの弱い」

「知っています」

「知ってるなら助けて」

「勇者様。死因ログ圧縮束は一時的に拠点へ戻せます。ただし、戻す行動で一手消費します」


 倍速ヤマネコ改は、わたしが一手使うと二歩来る。今の距離は三マス。死因ログを戻せば、敵は隣接する。次の一手で封印の杖を拾っても、使う前に殴られる。


「詰んでない?」

「かなり詰んでいます」

「かなりって何割?」

「九割ほど」

「一割あるなら会議!」


 床のマス目が濃くなる。わたしは道具欄をにらんだ。帰還鍵は捨てられない。ログル記録も捨てない。拠点証明書も必要。死因ログは戻すと間に合わない。抗議文はベルが怖い。労働改善要求書は部下がかわいそう。割引券は戻ってくる。


 全部だめ。


「勇者様、投げるという選択肢があります」

「何を」

「ハコベエ割引券を」

「戻ってくるんじゃないの?」

「戻ってくるまでに一手遅れます」


 わたしは割引券をつかみ、倍速ヤマネコ改の足元へ投げた。割引券はひらひら舞い、敵の鼻に貼りつく。ヤマネコ改が一瞬、くしゃみをした。


「いける!」


 わたしは死因ログ束を拠点へ戻し、空いた枠で封印の杖を拾った。敵は隣接。次の一手、杖を振れば助かる。


 その時、割引券が戻ってきた。


【ハコベエ割引券が戻ってきました】

【道具欄がいっぱいです】

【封印の杖を落としました】


「おまえええええええええええええええ!」


 杖が床を転がる。ヤマネコ改の爪が光る。

 大事なものは、捨てられない。厄介なものほど、勝手に帰ってくる。


 ローグライクより商売のほうが怖いと、わたしはこの時はじめて知った。

 そのあと、わたしは道具欄の絵を反省会テーブルに描いた。四角い枠を並べ、その中に帰還鍵、死因ログ、ログル記録、証明書を書き込む。空白はない。ログルが「きれいに埋まりました」と言ったので、わたしは「褒めてないよね」とにらんだ。きれいに埋まった道具欄ほど危ないものはない。拾えない強アイテムは、床に落ちている敵である。


 ハコベエ割引券は、そのあと三回捨てた。三回とも戻ってきた。一度は反省会テーブルの下から、二度目は死因図鑑室のページの間から、三度目はわたしの靴下の中から出てきた。


「なんで靴下」

「お得は足元から、という宣伝文句です」

「宣伝が物理で来るな!」


 ハコベエ箱は店先で、ふたを半分だけ開けていた。反省しているふりだ。中から割引券の束がちらちら見える。


「ハコベエ」

「噛みませんので」

「割引券、打開アイテムとして使えない?」

「お客様の購買意欲を一時的に増幅できます」

「敵に効く?」

「商人系には」

「倍速ヤマネコに効かないじゃん!」


 道具欄に残った割引券を見ながら、わたしは深くため息をついた。持っていたくないのに戻ってくるものも、所持枠を圧迫する。ローグライクにおいて、呪いとは装備だけにつくものではない。たぶん商売にもつく。


 ログルは道具欄の絵に、さらに赤い矢印を書き込んだ。

「この矢印、なに?」

「捨てたいのに戻ってくる物の移動予測です」

「割引券専用じゃん」

「現状では」

 ハコベエ箱が「今後増えるかもしれません」と言ったので、わたしは全力で首を振った。呪い装備、未識別巻物、勝手に戻る割引券。神様のクソゲーは、持ち物欄にまで性格が出る。

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還同行シード

死亡回数:1085回

クラス:帰還者

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

【帰還門感知 Lv.3】

【死因学習 Lv.5】

【総合盤面確認 Lv.4】

【帰宅猶予線形成 Lv.1】

【持ち帰り枠整理 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【持ち帰り枠整理 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ:大事なものを捨てられず、打開アイテムを拾えない枠負け勇者。

ベル:抗議文を命と同じ棚に置きがちな有能秘書。

ゼルド:労働改善要求書のせいで微妙に捨てにくい魔王。

ハコベエ:割引券で道具欄を圧迫する商人箱。


【ローグライクあるある解説】

持ち物欄圧迫回。大事なものが多すぎて杖を拾えない、捨てたはずの割引券が戻ってくる、という「枠管理そのものが敵」になる回です。強アイテムを拾えないまま死ぬのはかなりローグライク味が強いです。 所持品が大事な紙で埋まり、封印の杖を拾えない回です。ローグライクの持ち物管理でよくある「全部必要に見えるが、空き枠がない」苦しさを帰還準備に寄せています。


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