足元確認は共有されません
ベル同行テスト。有能秘書は強い。けれど足元確認は共有されません。
ベルは試験区に入る前から完璧だった。
「私は商品に触らない、床を踏む前に確認する、魔王様の感情的発言を三割ほど聞き流す。以上を徹底いたします」
「三つ目、いつもやってるやつだ」
「業務です」
銀色の床模様が、通路に薄く浮かんでいる。
わたしの足元確認が警告した。
「ログル、前方」
「装備はがし床に似ています」
「右に避ける」
わたしは右へ一歩。罠は踏まない。えらい。
後ろで、紙がかさっと鳴った。
「ベルさん?」
「床模様を記録しております」
「どこで?」
「ここで」
ベルの靴が銀色の床に乗っていた。
「そこ罠!」
【装備はがし床:起動】
【対象:パーティー全体】
「全体!?」
小盾が飛び、ベルの眼鏡が飛び、ログルの首元の識別札まで浮いた。
「ログルの札まで!?」
「首元は装備判定らしいです」
「かわいい装備まで奪うな!」
装備は前方の小部屋へ落ちた。そこには装備喰いスライムが三匹。
ベルは眼鏡なしで目を細めた。
「勇者様。視界が少々ぼやけます」
「眼鏡キャラの弱点を今さら出してきた!」
【現在の盤面】
コヨリ:Lv1/HP15/15
装備:小盾なし
同行者:ベル/視界低下
敵:装備喰いスライム×3
注意:同行者が踏んだ罠も共有されます
「共有するな! 友情だけ共有して!」
ベルが前へ出ようとする。
「私が囮に」
「だめ!」
「私のミスです」
「ミスでもだめ!」
わたしはベルの手を引いた。足元を見ないまま一歩。
床が沈む。
【転送床:起動】
次に立ったのは、スライム部屋の中央だった。
小盾が目の前で、ぷるんと飲まれる。
「わたしの盾ええええええええ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
【死因:自分は罠を避けたが、同行者が装備はがし床を踏んだ】
【評価:足元確認は共有されていません】
【総死亡回数:1084回】
【新規獲得:同行者足元確認 Lv.1】
ベルは深々と頭を下げた。
「正式に反省文を提出いたします」
「やめて。紙が増える」
「紙が増えると、持ち帰り枠を圧迫しますね」
「そこ気づいてくれてよかった!」
ベルは、同行者としては反則みたいに有能だった。
床を見る。壁を見る。天井を見る。看板を読む。書類を出す。危険そうな契約文を見つける。ついでに、魔王軍式の小型印鑑で「要注意」と押していく。わたしより勇者に向いているのではないかと思うくらい、仕事が早い。
「勇者様、正面三マス先の床は踏まないでください」
「分かるの?」
「魔王城にも似た床がありました。踏むと装備が外れ、備品管理部が泣きます」
「備品管理部が泣く前に、わたしが泣くやつ」
わたしはベルの指示通り、床の端を歩いた。ログルも宝石で確認している。罠は見えている。見えている罠は踏まない。ここまで何度も死んで、ようやく身についた普通のことだ。
問題は、普通のことがパーティー全員に共有されていないことだった。
部屋の奥に、帰還門の試験箱がある。箱の上には【拠点接続証明書】と書かれた筒。欲しい。とても欲しい。だが、箱の周囲には装備はがし床、転び床、そしてたぶん書類吸い込み床が混ざっている。
「書類吸い込み床って何」
「紙束を優先的に奪う罠です」
「ベルさん特攻じゃん」
「勇者様。わたくしは、正式書類を奪われるわけにはまいりません」
「命より?」
「内容によります」
内容によるんだ。
ベルはスカートの裾を乱さず、す、と横へ動いた。足運びがきれいすぎる。罠を避け、床の模様を読み、証明書の筒へ最短で近づく。わたしも後ろから続いた。
「ログル、足元」
「勇者様の足元は安全です」
「ベルさんは?」
「ベル様の足元も、今のところは」
その時、壁の契約文が光った。
【注意:重要書類を所持する同行者は、優先保護対象です】
「いいこと書いてある?」
「いいえ。かなり嫌な文面です」
ベルの持っていた抗議文束が、ふわりと浮いた。書類吸い込み床が起動する。ベルは反射的に書類を押さえた。その片足が、半マスだけ装備はがし床へかかった。
「ベルさん、足!」
「書類が!」
「足!」
「正式抗議文が!」
「いまは足いいいいいいいい!」
一手が進む。
カチリ、と床が鳴った。
わたしの小盾が飛び、ベルの眼鏡が飛び、ログルの首につけていた小さな鑑定札まで飛んだ。部屋中に装備が散らばり、帰還門の試験箱が、まるで口を開けるようにふたを持ち上げる。
「勇者様、すみません。眼鏡がないので、罠の文字がぼやけます」
「眼鏡から!? まず装備戻して!」
前方の試験箱から、白い手が出た。箱型モンスターだ。やっぱり箱は信用できない。
わたしは道具欄を開いた。盾はない。杖も床に落ちた。手元に残っているのは、ベルの正式抗議文だけ。
「これ、投げていい?」
「正式書類です」
「敵に効く?」
「社会的には」
「物理で効いて!」
箱の白い手が伸びる。ベルが眼鏡を探しながら、きりっと言った。
「勇者様、右へ一歩です」
「見えてないのに!?」
「書類の気配で分かります」
「その能力、罠感知に使ってええええええ!」
右へ一歩。そこは安全マスだった。ベルは有能だ。けれど、次の一手で彼女が自分の抗議文を拾いに行ったため、わたしは白い箱にきれいに飲まれた。
拠点に戻ったベルは、眼鏡を直しながら反省会テーブルに小さな札を置いた。【同行者足元確認】。その横に、わたしは【書類より足】と書き足した。ベルは少しだけ不満そうにしたが、消さなかった。罠は床にだけあるわけじゃない。手に持ったもの、守りたいもの、捨てたくないものにもある。今回のベルは、その見本みたいだった。
ログルはその札を死因図鑑室へ登録しながら、「罠感知は個人技ではなくなりました」と言った。たしかに、これからは自分の足だけ見ていても足りない。守りたい人が増えるほど、見る床も増える。安全確認の範囲が、少し広くなった。
ベルは装備が戻るまでの数分間、眼鏡なしで書類を書こうとした。文字がまっすぐで怖い。見えていないのに、字だけは整っている。
「ベルさん、眼鏡ないのに書けるの?」
「書類は心で書きます」
「かっこいいけど、罠は心で見ないで」
「以後、同行時は足元確認を共有いたします」
ベルはそう言って、わたしの靴の横に小さなチェック欄つきの札を置いた。
【右足確認】
【左足確認】
【同行者の右足確認】
【同行者の左足確認】
「多い!」
「人数が増えれば、足も増えます」
「正論が床から襲ってくる!」
ログルが札を見て、妙に真剣な顔でうなずいた。
「勇者様。ベル様の方式は面倒ですが、有効です」
「面倒な正解って、一番困る」
「ローグライクは、面倒を省くと死にます」
「人生訓みたいに言わないで」
でも、わたしは札を捨てなかった。面倒でも、生き残るための面倒なら、持ち帰る価値がある。
わたしはチェック札を靴の横に置き、試しに右足を上げた。
「右足確認」
「安全です」
「左足確認」
「ベル様が書類を落としました」
「足じゃない!」
「同行者周辺確認です」
ベルはすぐに書類を拾い、何事もなかったように眼鏡を押し上げる。足元確認は、足だけ見ればいいわけではない。同行者の手元、落とし物、守りたい書類。その全部が罠の入口になる。面倒だけど、たぶん必要だ。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還同行シード
死亡回数:1084回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【帰還門感知 Lv.3】
【死因学習 Lv.5】
【総合盤面確認 Lv.4】
【帰宅猶予線形成 Lv.1】
【同行者枠確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【同行者足元確認 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:自分の足元だけではなく、同行者の足元まで見る必要を痛感。
ベル:有能すぎる秘書。ただし正式書類を守る時だけ判断が書類寄り。
ログル:安全確認はできるが、同行者の突発行動までは止めきれない。
【ローグライクあるある解説】
罠共有事故回。自分は罠を見ていても、同行者が踏めばパーティー全体が崩れる形です。見えている罠ほど踏む、装備はがし、書類吸い込み床など、罠の理不尽さをコメディ化しています。 罠は自分が避ければ終わりではなく、仲間が踏むとパーティー全体の事故になります。見えている装備はがし床や転び床ほど、油断した同行者が踏む感じを狙っています。
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