同行者登録迷宮――一人なら楽です
単独テスト開始。一人は楽です。楽すぎて、逆に痛いです。
ログルは、わたしの肩に乗らなかった。
拠点側の観測台に立ち、宝石だけを光らせている。
「勇者様。今回は単独帰還試験です」
「言い方が冷たい」
「同行しないほうが、判定を確認しやすいです」
「正しいこと言ってるのが一番むかつく」
試験区の床は白い石で、壁には金色の線が走っていた。神様が作った検査場みたいなのに、角の暗さだけはきっちりダンジョンだった。
足元を見る。
右の床は目地が曲がっている。罠感知が靴底で小さく鳴った。
「右、踏まない」
左へ一歩。
右床から針が出る。
わたしの足は、もうそこにない。
「できた」
観測窓の向こうで、ログルが小さく頷いた。
一人だと楽だった。通路は詰まらない。罠を踏む足も自分だけ。商品棚に勝手に触る仲間もいない。眠らせた敵を起こす魔王もいない。
五階層目に着くころ、所持品には余裕があった。
【帰還鍵】
【吹き飛ばしの杖 残り2回】
【眠りの杖 残り1回】
【小石袋改】
【満腹草】
「......軽い」
自分で言って、足が止まった。
一人なら楽。たぶん本当だ。でも、楽な道が正しい道とは限らない。
奥の扉から、元世界の匂いがした。
雨上がりの道路みたいな匂い。
「ログル、前の扉」
「少し嫌です。その扉、呼吸に似た反応があります」
「扉が呼吸するな」
小石を投げる。
こん、と当たる。
扉の板目が、ぱかっと割れた。
「帰還ミミック!」
「分類上は階段前の誘惑です」
「名前が最低!」
吹き飛ばしの杖を振る。ミミックが壁へ飛び、帰還反射材で跳ね返ってくる。
「戻ってくるの!?」
「戻ってきます」
「帰還要素が全部敵いいいいいいいい!」
白い歯が視界を埋めた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
【死因:一人なら楽だと油断し、階段前の帰還ミミックに噛まれた】
【評価:楽な道にも歯があります】
【総死亡回数:1082回】
【新規獲得:持ち帰り枠確認 Lv.1】
戻ったわたしに、ログルが近づいてきた。
「一人、楽だった」
「はい」
「でも、あれで帰っても、たぶんわたし、帰ったって言えない」
ログルは宝石を淡く光らせた。
「記録しておきます」
「死因ログ?」
「いいえ。成功ログ候補です」
門の内側は、帰還という言葉から想像するほど優しくなかった。
廊下は一マス幅で、壁には白い矢印が並んでいる。矢印の先には階段、宝箱、罠っぽい床、そして「単独推奨」と書かれた看板があった。看板の文字が丁寧すぎて、逆に性格が悪い。
「ログル、あの看板、蹴っていい?」
「蹴ると一手消費します。足元に反転床があります」
「看板に罠を置くな!」
肩にログルがいないだけで、体が軽い。通路で振り向いても誰にもぶつからないし、拾った【吹き飛ばしの杖】をすぐ道具欄に入れられる。食料もひとり分で済む。敵の足音も、わたしを狙うものだけ聞けばよかった。
快適だった。
快適すぎて、むかついた。
前方の部屋に、倍速ヤマネコが二匹いる。床には睡眠罠らしい花模様。宝箱は一個。階段は右奥。普通なら、罠を踏ませて、宝箱は無視して、階段へ向かう。わたしはもう、それくらいできる。千八十回も死んでいるのだ。できなかったら泣く。
「右のヤマネコ、二歩で来る。左は罠に誘導。宝箱は見ない。階段直行」
言葉にしても、誰も返事をしない。
ログルの「はい」も、「その宝箱、呼吸しています」もない。
わたしは口をへの字に曲げた。
「......楽だけど、やだ」
自分の声が、白い廊下に小さく跳ね返った。敵は動かない。まだわたしが動いていないからだ。世界が待ってくれるこの仕様は、便利で、残酷だった。考える時間があるほど、置いてきたものを数えてしまう。
わたしは小石袋を握り、左の倍速ヤマネコへ投げた。小石は床で跳ね、敵の鼻先をかすめる。ヤマネコがこちらを向き、わたしが一歩下がると、薄いマス目が青から赤へ変わった。罠まであと一マス。
「はい、来て。そこ。もう一歩」
ヤマネコが睡眠罠を踏み、ぱたんと眠った。右のヤマネコは二歩ぶん詰めてくる。わたしは【吹き飛ばしの杖】を振った。杖の先から出た風が敵を壁へ押し戻し、そのまま宝箱にぶつける。
宝箱が、ぐにゃりと口を開けた。
「やっぱミミックじゃん!」
ログルがいなくても分かる。分かるけど、言ってほしかった。
ミミックは吹き飛ばされたヤマネコを噛み、わたしのほうへ顔を向けた。階段までは三マス。間に罠はない。行ける。
わたしは階段へ走りかけて、足を止めた。
部屋の隅に、小さな白い札が落ちている。
【ログル個体記録:仮写し】
「......あれ、持って帰れるやつ?」
拾えば一手。ミミックが近づく。拾わなければ、階段へ行ける。
単独なら楽だ。単独なら、迷わず階段へ行くべきだ。ローグライクなら、命が最優先。分かってる。
でも、札の文字が「荷物」ではなく「個体記録」と言っている。
「拾う」
一手。
札をつかんだ瞬間、ミミックの口が視界いっぱいに広がった。
「ログル、今の死因、言わなくていい!」
遠くの拠点から、たぶん聞こえていないはずの声が返ってきた気がした。
「言います」
拠点に戻ると、ログルは死因ログを読み上げる前に、わたしの顔を見た。いつもなら遠慮なく刺してくる評価欄も、この時だけは少し遅い。わたしが一人で拾いに行った札を、ログルは前足でそっと押さえた。単独攻略は効率がいい。けれど、効率だけで進むなら、わたしはたぶん最初の黒狼で諦めていた。
その日の後書き用メモに、わたしは【一人なら楽。でも楽だけで帰らない】と書いた。ログルは「後書きではなく反省メモです」と直そうとしたが、わたしはそのままにした。反省も攻略も、たぶん同じ棚に置いていい。
単独試験の地図を見返すと、通った道は妙にきれいだった。曲がり角で迷わない。通路で詰まらない。安全確認も自分のぶんだけで済む。ログルは観測窓から「成功率だけなら、かなり高いです」と言った。
「成功率だけなら、って言った」
「はい。成功率だけなら、です」
「そういう言い方、わたしもう分かるようになっちゃった」
「成長です」
「嫌な成長!」
わたしは地図の端に、単独のいいところを書いた。安全。軽い。速い。枠が空く。そこまで書いてから、筆が止まった。いいところばかりなのに、ぜんぜんうれしくない。
「ログル」
「はい」
「一人なら楽って、攻略としては正解?」
「多くの場合、正解です」
「じゃあ、わたしは不正解を選ぶかも」
「勇者様は、よく選びます」
「そこは止めて」
「止めても選ぶので」
反論できなかった。ミミックより痛い。
ログルは仮写し札を、思い出ログ棚ではなく反省会テーブルの中央に置いた。
「棚にしまわないの?」
「まだ反省が終わっていません」
「厳しい」
「一人で行けば速い。ですが、拾いたくなる物が出た時、止める声もありません」
「止められても拾う時あるよ」
「だから、止める声は二回必要です」
妙に納得してしまった。次に一人で走る時は、頭の中にログルを二匹置こう。片方は警告係、片方は呆れる係だ。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還同行シード
死亡回数:1082回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【帰還門感知 Lv.3】
【死因学習 Lv.5】
【総合盤面確認 Lv.4】
【帰宅猶予線形成 Lv.1】
【同行者枠確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【持ち帰り枠確認 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:一人攻略の楽さに気づくが、その楽さを素直に喜べない。
ログル:拠点側から観測しつつ、やっぱり死因は言う気満々。
【ローグライクあるある解説】
単独なら楽、でも寂しい回。ローグライクでは仲間なしのほうが操作事故は減りますが、そのぶん物語上は「何を置いていくか」が刺さります。階段前の札拾いは、階段前で欲張って死ぬあるあるです。 単独なら安全だが、大事な札を拾う一手で死ぬ回です。階段前や安全ルートで「もう一個だけ拾う」を選んで事故る、ローグライクらしい欲張り死を相棒の記録に置き換えています。
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