帰還門仮起動――同行者枠0です
帰還門が、ついに仮起動。帰れるかどうかより先に、枠が足りません。
拠点の中央で、帰還門が鳴った。
鐘でも扉でもない。遠くの家で、鍵が差し込まれたような音だった。
白い床に光が走り、死因図鑑室、反省会テーブル、魔王相談窓口、ハコベエ箱の店先を避けて、ひとつの輪になる。
その向こうに、玄関が見えた。
靴箱。傘立て。郵便受けに刺さったチラシ。夕方みたいな光。
たぶん、わたしの家だった。
「ログル」
「勇者様。まだ近づかないでください」
「近づかないと帰れないじゃん」
ログルの宝石が、嫌な色に光った。
【帰還門仮起動】
【帰還座標:仮安定】
【帰還時間:仮安定】
【持ち帰り枠:4】
【同行者枠:0】
「......ん?」
「同行者枠、ゼロです」
「ゼロって、誰も連れていけないってこと?」
「現時点では」
追加の文字が浮かんだ。
【注意:記録端末は荷物扱いです】
【注意:死因ログは記録物扱いです】
【注意:拠点接続は別途申請が必要です】
「帰還門までアイテム欄管理してくるのおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
叫んだ瞬間、床が白く跳ねた。
ログルが前足でわたしの靴を押さえる。
「勇者様、大声は行動判定です」
「ツッコミでターン進むの!?」
「進みました」
帰還門の光が伸びる。
わたしは反射的にログルを抱き上げた。
「ログルは荷物じゃない」
「勇者様」
「言われる前に言う。ログルは相棒」
門が点滅した。
【未登録対象を保持しています】
【帰還条件に不適合】
【圧縮処理を開始します】
「圧縮って何!? 人に使っていい言葉じゃない!」
足元にマス目が浮かぶ。後退不可。所持品は、帰還鍵、死因ログ圧縮束、帰宅時刻ピン、未識別の白い紙。
打開アイテムはない。
「紙ばっかり!」
「大事な紙です」
「使える?」
「使えません」
「じゃあ邪魔ああああああああああああ!」
白い光が、わたしとログルを包んだ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
【死因:帰還門の同行者判定に抗議し、未登録対象を抱えたまま圧縮処理を受けた】
【評価:気持ちは分かります】
【総死亡回数:1081回】
【新規獲得:同行者枠確認 Lv.1】
死神ネムは、受付台で眠そうに判子を押した。
「荷物扱いですか」
「相棒扱いにして」
「それ、死亡受付じゃなくて役所案件です」
帰れそうだった。
でも、ログルを置いていく帰り道は、道じゃない。
わたしは、門の前で靴の先をそろえた。
帰るために作った門なのに、門の光は、わたしの足元ではなく背中のほうをじっと見ている気がした。死因図鑑室。思い出ログ棚。魔王相談窓口。ハコベエ箱の店先。どれも、最初はなかった。椅子ひとつしかなかった白い部屋に、わたしが死んだ回数ぶん、いらないはずのものが増えていた。
「ログル、持ち帰り枠って、道具だけ?」
「現時点では、帰還門が『対象』と判定したものすべてです。物品、記録、契約、同行者、例外接続......かなり乱暴に同じ箱へ入れられています」
「乱暴な箱に、わたしの人生入れないでほしい」
「ぼくも同意します」
ログルはいつものように淡々としていた。でも、尻尾の先だけが動いていない。怖い時のログルだ。たぶん、本人は隠しているつもりだけど、千回以上死んだ相棒の観察力を甘く見ないでほしい。
わたしは門の横に置かれた小さな台を見た。そこには、白い札が四枚だけ並んでいた。
【持ち帰り札】
【持ち帰り札】
【持ち帰り札】
【持ち帰り札】
「四枚」
「はい」
「ログル、死因ログ、帰還鍵、拠点証明書で終わる」
「ベル様の正式抗議文を入れる余地がありません」
「そこは入れなくていいと思う」
その瞬間、魔王相談窓口のほうから、書類束が自力で一歩にじり寄った。
「待って。書類が動いた」
「ベル様の魔力署名つきです。提出意思が強いようです」
「意思を持つな、苦情書類!」
わたしは反射的に一歩下がった。世界の床に、うっすらと青いマス目が浮かぶ。帰還門周辺でも、やっぱり一手一動は生きていた。
書類束が、すっ、と一マス進む。
「動いたあああああああああああ!」
「勇者様が一歩下がったため、書類も一手進みました」
「書類にターン渡すな!」
門の光が、わたしとログルの間に細い線を引いた。青ではなく、白。安全マスでも危険マスでもない。判断待ちの色だった。
【登録対象:ログル】
【分類候補:記録端末/鑑定補助具/支給品/荷物】
わたしの中で、何かがぷちっと切れた。
「違う」
声にした瞬間、床の光が赤く震える。大声は行動判定になる。知ってる。知ってるけど、言わないほうが死ぬこともある。
「ログルは荷物じゃない。端末でも支給品でもない。わたしの相棒」
ログルが顔を上げた。額の宝石に、ほんの少しだけ、いつもの虹色が戻った。
「勇者様、まだ分類変更は通っていません」
「じゃあ通す」
「方法がありません」
「死んで覚える」
「できれば、生きて覚えてください」
帰還門が、低く鳴った。白い輪が一段明るくなり、元世界の玄関がまた見える。靴箱の上に、見覚えのある鍵。傘立ての端には、たぶんわたしの小さい傘。そこまで見えた瞬間、門の縁から細い光の鎖が伸び、ログルの宝石へ向かった。
「ログル!」
わたしは考える前に飛び出した。
飛び出した時点で一手。門も一手ぶん動く。分かっていたのに、体が先に行った。
白い光が視界を塗りつぶす直前、ログルの声が聞こえた。
「勇者様。今のは、かなり確認不足です」
「知ってるうううううううううううううううう!」
戻ったあと、わたしは死因図鑑室の前で、持ち帰り札を一枚ずつ指で押した。四枚しかない札は、何度数えても四枚だった。ログルが横で「増えません」と言うので、わたしは「祈ったら増えるかもしれない」と返した。もちろん増えない。ローグライクの所持枠は、祈りでは広がらない。だからこそ、何を入れるかで死ぬ。ここから先は、敵より先に道具欄と戦うのだと、わたしはとても嫌な理解をした。
反省会テーブルに並んだ札は、見た目だけならただの紙だった。けれど、指で押すたびに、床の奥で小さく音が返る。たぶん帰還門とつながっている。つまり、ここで雑に置いたり拾ったりしたら、それだけで一手になる。
「ログル、持ち帰り札を手に持つだけで行動判定?」
「はい。札を持つ、戻す、入れ替える。すべて一手です」
「アイテム整理で敵が動くやつだ!」
「敵はいませんが、門が動きます」
「門が敵みたいなこと言わないで!」
わたしは札を持ち上げかけて、そっと戻した。白い輪が、こちらの指先を見ている気がする。宝箱を開ける前の空気に似ていた。何もしていないのに、もう失敗したくない。
「勇者様」
「なに」
「今回は、拾う前に考えました」
「それ、すごい低い褒め方じゃない?」
「ですが、とても重要です」
ログルがそう言うなら、たぶん重要なのだ。拾う、捨てる、抱える。全部が一手。帰還門は扉の形をしているけれど、中身は道具欄だった。
ログルは最後に、持ち帰り札の横へ小さな石を置いた。
「これは?」
「目印です。どの枠を何に使うか、触る前に考えるための」
「石一個で慎重になる幼女、だいぶ成長してない?」
「かなり成長しています」
素直に褒められると、ちょっと困る。だからわたしは、石をもう一個置いた。褒められた記念ではなく、確認用だ。たぶん。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還同行シード
死亡回数:1081回
クラス:帰還者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【帰還門感知 Lv.3】
【死因学習 Lv.5】
【総合盤面確認 Lv.4】
【帰宅猶予線形成 Lv.1】
【未識別警戒 Lv.5】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【同行者枠確認 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:帰還門を前にしても、ログルを荷物扱いされた瞬間に即キレる幼女勇者。
ログル:帰還門からは記録端末扱いされるが、本人はもう完全に相棒側。
ネム:死亡受付側から、相棒扱いは役所案件だと冷静に突っ込む。
【ローグライクあるある解説】
持ち帰り枠と同行者枠の衝突回。ローグライクで「便利アイテムを持ちたいのに枠が足りない」状態を、相棒や記録まで含めた帰還問題へ変換しています。未識別アイテムや限られた所持枠はローグライクの代表的な緊張要素です。 持ち帰り枠と同行者枠を同じ「所持枠」の問題として扱う回です。便利アイテムではなく大事な記録が枠を圧迫することで、保存壺がない時の持ち物整理に近い焦りを出しています。
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