深層停止時間騎士――杖をケチるな
九十四階は、停止時間騎士の深層型。
封印杖を温存すると死ぬ。変化の杖も、必ず救いになるとは限らない。
二発で逃げる勇気が、三発目の欲を止める。
九十四階は、停止時間騎士の巡回階だった。
しかも深層型。装備はがし床、秒針線射撃、時空猟犬の足音まで混ざっている。普通に戦えば死ぬ。正々堂々戦えば、もっと早く死ぬ。
コヨリは階段の陰にしゃがみ、深呼吸した。
「ログル。倒す?」
「倒す必要はありません。階段に到達すれば突破です」
「でも、道にいる」
「視界を切って削るか、変化の杖で敵種を変えるか、封印して通路へ誘導するかです」
「選択肢が全部こわい」
停止時間騎士が部屋の中央を歩いている。床には装備はがし罠。壁の向こうでは、時空猟犬が爪を鳴らしている。
コヨリは封印杖を持っていた。識別済み。本物。使えば止められる。だが残り回数は一。
「ボスまで持っていきたい」
「死んだあとでは、温存した杖は振れません」
「分かってる! 分かってるけど、ボスの顔がちらつく!」
コヨリは封印杖を温存した。代わりに変化の杖を振る。
【変化】
【停止時間騎士は、三倍速秒針ウサギに変化した】
「別の理不尽!」
ウサギは三倍速で来た。装備はがし床をぴょんと越え、コヨリの横へ回り込む。
【死亡ログ】
【死亡回数:1077回目】
【死因:変化の杖で停止時間騎士を三倍速秒針ウサギに変えた】
【評価:変化は救いとは限りません】
再挑戦。今度は封印杖を使う。躊躇はある。けれど、温存して死ぬより使って進む。
【封印成功】
【停止時間使用不可】
騎士は普通の強敵になった。コヨリは通路へ逃げ、角で視界を切る。魔法の小矢を一発。騎士が振り向く。二発目。警戒状態。ここで逃げるべきだった。
「あと一発いける」
「危険です」
「あと一発!」
三発目を撃った瞬間、騎士が視認した。停止は封印されている。だが、通路の奥から時空猟犬が来る。壁を抜け、倍速で。
「欲張り射撃の罰が犬!」
【死亡ログ】
【死亡回数:1078回目】
【死因:視界外から削っていたが、三発目を欲張って時空猟犬に挟まれた】
【評価:二発で逃げれば勝ちでした】
三度目。コヨリは二発で逃げた。封印済みの騎士を通路に置き、時空猟犬には眠り杖を振る。射線が通る一瞬だけ体を出し、すぐ引っ込む。
「見られない」
「はい」
「隣接しない」
「はい」
「欲張らない」
「非常に重要です」
騎士は倒さない。犬も倒さない。罠を避け、階段へ向かう。途中、宝箱がある。見ない。見ない。見ない。
「ログル、宝箱が視界に入った」
「見なかったことにしてください」
「見たものを見なかったことにするスキルほしい」
「欲張り警戒で代用してください」
階段前で、停止時間騎士が最後に一歩届きかけた。だが封印中。時間は止まらない。コヨリは一歩だけ先に階段へ飛び込んだ。
「杖を使ったら、生きてる」
「はい」
「温存より命」
「かなり正解です」
九十四階の途中、コヨリは一度だけ通路の影で足を止めた。敵は倒せる。けれど、倒しきるまでに道具が減る。倒さなければ、背後が怖い。
「ログル、倒す敵と逃げる敵の見分けって、どうするの」
「階段までの距離、所持アイテム、敵の速度、視界、罠位置で判断します」
「多い!」
「九十階台の仕様です」
「またそれ!」
コヨリは自分で指を折った。階段まで十二手。騎士まで五マス。犬の足音は壁の向こう。封印杖残り一。鈍足杖残り二。パンは一個。
「倒すと杖が減る。逃げると犬が来る。じゃあ、騎士を封印して、犬を眠らせて、階段へ行く」
「正解に近いです」
「近い、って何」
「宝箱を見なければ正解です」
「先回りして欲を刺すな!」
その時、本当に宝箱が視界の端に入った。コヨリは首を反対へ向けた。
「見てない」
「見ました」
「見たけど、見ない」
「それで進みましょう」
視界の制御まで攻略になる。深層は、目に入れたものがそのまま死因になる場所だった。
階段に足をかけた時、コヨリは背後の停止時間騎士を見た。封印され、鈍足になり、それでもまだこちらへ歩いている。倒していないから、怖さは残る。
「置いていくの、こわい」
「はい」
「でも、倒しきろうとしたら死ぬ」
「はい」
コヨリは、階段へ視線を戻した。勝利の形は、敵の消滅だけではない。階段に乗ること。帰宅時刻をずらさないこと。持っている道具を使い切らずに次へつなぐこと。
「勝ち方、いろいろある」
「はい」
「死に方はもっといろいろあるけど」
「それもはいです」
「そこは否定してほしかった!」
背後で騎士の剣が床を叩いた。時間は止まらない。封印は効いている。コヨリは、敵が残る怖さごと階段を降りた。
降りる前に、コヨリは封印杖の残り回数を確認した。数字は少ない。けれど、ゼロではない。ゼロではないなら、次の一手を作れる。
「ログル、残り一回って、心細い」
「はい」
「でも、一回あれば何かできる」
「その判断は正しいです」
コヨリは杖を握り直した。温存するためではない。必要な瞬間に、迷わず振るために。
【新規獲得:欲張り射撃警戒 Lv.1】
九十四階の停止時間騎士は、前に見た騎士よりも鎧が黒かった。胸の時計は三つ。剣は一本。だが、剣一本で三回斬ってくることを、コヨリはもう知っている。
「ログル、装備」
「盾あり。腕輪あり。封印杖、残り二回。鈍足杖、残り一回。身代わりぬいぐるみ、使用可能です」
「パン」
「ひとつ」
「心」
「かなり嫌がっています」
「正確!」
部屋の中央には装備はがし床。奥に階段。左に時空猟犬の影。右に宝箱。最悪の盛り合わせだ。コヨリは、まず宝箱へ背を向けた。
「見ない」
「はい」
「見たら手が伸びる」
「はい」
「手、信用ない」
「実績に基づきます」
「実績がつらい!」
騎士が剣を上げる。時計音が消える前兆。ここで封印杖を振れば、時間停止は止まる。温存すれば死ぬ。今度は迷わなかった。
「封印!」
光が鎧へはまり、三つの時計が止まる。騎士はまだ強い。だが、こちらの相談時間を奪う敵ではなくなった。コヨリはすぐ鈍足杖を振りたい衝動をこらえ、まず一歩下がる。装備はがし床を踏ませるためだ。
「ログル、床」
「騎士の足元、次で踏みます」
「よし。敵に剥がれてもらう!」
騎士の盾が外れた。敵にも装備はがし床は効く。コヨリは一瞬だけ笑いそうになったが、笑うと声が大きくなるので飲み込む。
その時、壁の向こうで時空猟犬が動いた。倍速。しかも、こちらの匂いを取っている。
「犬!」
「来ます」
「騎士を倒しきらない。犬を眠らせる。階段!」
「はい」
眠り杖を振る。効果は必中。壁から鼻を出した猟犬が、その場でぐらりと眠る。コヨリは騎士へ二発だけ魔法を撃ち、三発目は撃たずに階段へ走った。
「三発目、撃ちたい!」
「撃つと犬が起きます」
「撃たない! えらい!」
深層の勝ちは、我慢の形をしていた。
階段の光に届く直前、背中で宝箱が開く音がした。勝手に開いたのだ。中身は見えない。見なければ、存在しないのと同じにできる。
「見ない」
「はい」
「中身がすごい杖でも見ない」
「はい」
「でも、あとで夢に出そう!」
コヨリは泣きそうな顔で階段を踏んだ。欲に勝つ時、いつも少し負けた気分になる。
【新規獲得:停止前打開 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還時間シード
現在階層:94F突破
クラス:帰還者見習い
総死亡回数:1079回
深層状態:継続
停止時間騎士深層型:突破
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【死亡対象上書き Lv.1】
【千回死亡条件破壊 Lv.1】
【死亡ログ返還 Lv.1】
【神様案内警戒 Lv.2】
【帰還座標仮視認 Lv.2】
【記憶擬態識別 Lv.1】
【現実擬態フロア警戒 Lv.1】
【帰宅線形成 Lv.2】
【時間不一致警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【欲張り射撃警戒 Lv.1】
新規獲得:【停止前打開 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
変化悪化と欲張り射撃で二回死んだ。三度目で封印杖を惜しまなかった。
ログル
倒す必要がない敵は逃げればいいと指示した。
停止時間騎士深層型
装備はがし罠や時空猟犬と組んでくる深層仕様の停止時間騎士。
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