未識別杖売り――封印杖だと思ったら違う
九十二階は杖だけの店。
札に封印と書いてあっても、深層では信用できない。
無料品は、だいたい高くつく。
九十二階は、杖だけの店だった。
壁一面に杖が並び、札がぶら下がっている。封印杖、鈍足杖、眠り杖、変化の杖。欲しいものばかりだ。欲しいものばかりということは、危ないものばかりでもある。
「ログル。店札、信じていい?」
「深層です」
「答えになってる!」
店番は杖そのものだった。長い杖が、棚の前で二足歩行している。頭に小さな帽子をかぶっているのが腹立たしい。
「いらっしゃいませ。封印杖、あります。たぶん」
「たぶんを売るなって、四十階で言った!」
【未識別杖売り】
札には封印と書いてある。だが、深層の店札は嘘をつく。コヨリは一本を手に取り、識別の巻物を使いたい衝動をこらえた。巻物は残り少ない。使うべきか、価格で推測するか。
「ログル、値段は?」
「封印杖の価格帯にも、引き寄せの杖の価格帯にも近いです」
「一番嫌な近さ!」
外では、停止時間騎士が巡回している。封印杖が必要だ。コヨリは、結局、巻物を温存した。
未識別の杖を持ち、店を出る。停止時間騎士がこちらを見る。射線は通っている。
「止まれ!」
杖の光は当たった。必中。効果は、引き寄せ。
停止時間騎士が目の前に来た。
「また招待!」
【死亡ログ】
【死亡回数:1075回目】
【死因:封印杖だと思って未識別の引き寄せの杖を振り、停止時間騎士を目の前に呼んだ】
【評価:店札も仮名も、命より軽い時があります】
再挑戦。コヨリは今度こそ識別の巻物を使った。札が封印でも、値段がそれっぽくても、命を賭けるには足りない。
一本目。引き寄せ。
二本目。加速。
三本目。分裂。
「この店、殺意の品ぞろえ!」
「深層の偽装です」
「深層、便利すぎる!」
四本目で、本物の封印杖が出た。高い。買うしかない。支払いを済ませて外へ出ようとした時、店番が帽子を揺らした。
「お客様、こちらのサービス品もどうぞ」
サービス品の札には、鈍足とある。無料。無料は危険。コヨリは分かっていた。分かっていたのに、手が伸びた。
外で時空猟犬に振る。
【加速】
猟犬がさらに速くなった。
「無料は敵いいいいいいいい!」
【死亡ログ】
【死亡回数:1076回目】
【死因:鈍足杖だと思って未識別の加速杖を振り、時空猟犬を加速させた】
【評価:効果は必中でした。内容が最悪でした】
三度目。コヨリは無料品を取らなかった。高くても識別した本物だけ買う。欲しいものが足りなくても、偽物を混ぜるよりましだ。
店を出ると、停止時間騎士が通路の向こうにいる。封印杖を振る。
【封印成功】
次に鈍足杖を振る。これは自前の識別済み。
【鈍足成功】
「本物って、すばらしい」
「はい」
「高いけど」
「死亡よりは安いです」
「その言葉、何度も刺すね!」
コヨリは、ロッドミミックの店を振り返らずに降りた。棚の奥で、無料品が寂しそうに揺れている。
「さようなら、無料の罠」
ロッドミミックの店では、値段表も信用できなかった。封印杖の値段に、引き寄せ杖が混ざっている。鈍足杖の値段に、加速杖が混ざっている。ミミックは帽子を傾け、いかにも商売人の顔で言う。
「お客様の鑑定眼が試されます」
「試すな! 売る側が正しく書いて!」
ログルは棚の木目を調べた。
「勇者様。札の文字ではなく、杖先の模様を見ると系統が少し分かります」
「最初からそれ教えて!」
「深層に入るまで、同じ偽装は出ませんでした」
「ダンジョンがこっちの学習に合わせて嫌がらせを更新してくる!」
封印杖の杖先は、輪っかが閉じている。引き寄せ杖は、輪っかがこちらへ開いている。加速杖は、杖先の線が前へ流れている。
「見れば分かる?」
「慣れれば」
「慣れるまで死ぬやつ!」
コヨリは識別巻物を使ったあと、杖先の模様も見た。二重確認。面倒だが、生き残るためならやる。
「確認、二回」
「はい」
「神様の説明は?」
「確認、三回」
「納得!」
店を出たあと、コヨリは買った本物の封印杖に、小さく名前を書き足した。
【本物。識別済み。王用候補】
「候補って書くの?」
「はい。王まで温存するとは限りません」
「そうだった。温存して死ぬのは、もうやった」
杖を持っているだけで安心する。でも、その安心も罠になる。必要な時に使えなければ、持っていないのと同じだ。
「ログル、わたし、杖を大事にしすぎて死ぬことある?」
「すでに近い例があります」
「やっぱり!」
コヨリは、杖を保存壺の奥ではなく、すぐ取り出せる場所に入れた。大事なものほど奥へしまいたくなる。けれど、すぐ使えない大事さは、深層では命取りだった。
「大事だから、手前」
「はい」
「変な整理術だけど、生き残る整理術」
【新規獲得:店札疑い Lv.1】
未識別杖売りの店内には、妙に丁寧な試し撃ち場があった。壁に的があり、その横に『安全確認用』と書いてある。コヨリは、看板の文字を見た瞬間に疑った。
「安全確認用って書いてある」
「危険です」
「判断早い!」
「深層の店です」
「説得力がすごい!」
的の後ろには薄い転移床が隠れていた。もし加速杖を試し撃ちすれば、的が走ってくる。もし引き寄せの杖なら、的の裏から敵が来る。試す場所まで罠。コヨリは頭を抱えた。
「試し撃ち場が信用できないなら、どこで試すの!」
「安全地帯を自分で作る必要があります」
「店内で工事させて!」
コヨリは、店の入口近くに土塊生成で小さな壁を作った。店番が何か言いかける。
「店内改装は有料です」
「命より安いなら払う!」
「勇者様、支払い確認を」
「払う前に改装しない! はい、そこ大事!」
安全な射線を作り、識別巻物を使ってから杖を確認する。それでも店札は信用しない。杖先を見る。輪が閉じているか、開いているか。流れる線が前向きか。コヨリは、目を細めすぎて眉間が痛くなった。
「ログル、わたし、杖職人になれそう?」
「事故歴の多い鑑定助手にはなれます」
「肩書きが不名誉!」
店番が最後に、無料の杖を差し出してきた。
「おまけです」
「いらない」
「無料ですよ」
「無料がいちばん怖い!」
ログルが小声で言う。
「勇者様、無料品には呪い反応があります」
「ほらああああああああ! 無料で呪いを配るなあああああ!」
店を出る時、コヨリは封印杖と識別済みの鈍足杖だけを持っていた。棚には、もっと強そうな杖があった。でも、強そうと安全は別だ。
「買わなかった杖、多いね」
「はい」
「買わないのも攻略」
「かなり深層向きの判断です」
店を出る直前、コヨリは棚へ戻した無料杖に向かって小さく手を振った。
「さようなら、たぶん呪い」
「挨拶する必要はありません」
「でも、置いていくって決めたから」
無料杖はかすかに震えた。悔しそうにも、寂しそうにも見える。コヨリはそれ以上見ない。情が湧いた道具ほど、深層では手を伸ばさせてくる。
店番は残念そうに蓋を閉じた。蓋の内側に小さな牙が見えたので、コヨリはやっぱり買わなくて正解だったと強く思った。
【新規獲得:無料品警戒 Lv.1】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還時間シード
現在階層:92F突破
クラス:帰還者見習い
総死亡回数:1077回
深層状態:継続
識別巻物:使用判断強化
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【死亡対象上書き Lv.1】
【千回死亡条件破壊 Lv.1】
【死亡ログ返還 Lv.1】
【神様案内警戒 Lv.2】
【帰還座標仮視認 Lv.2】
【記憶擬態識別 Lv.1】
【現実擬態フロア警戒 Lv.1】
【帰宅線形成 Lv.2】
【時間不一致警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【店札疑い Lv.1】
新規獲得:【無料品警戒 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
未識別の引き寄せ杖と加速杖で二回死んだ。無料品を疑うことを覚えた。
ログル
価格帯だけでは断定できないと説明した。
未識別杖売り
店札を信用させて事故らせる深層の店型ミミック。
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