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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第27章 帰還時間シード――ただいまは一秒待って

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拠点成功ログ棚――消したくない時間

死んだ記録も、反省会も、ログルとの時間も残っている。

帰りたい。でも、全部なかったことにして帰りたいわけではない。

九十九階の王に向けて、コヨリは消さない帰還を選び始める。


 拠点に戻ると、コヨリはまっすぐ成功ログ棚へ向かった。


 そこには、これまでの攻略記録が並んでいる。最初に作った雑な地図。ログルが直した矢印。ベルが書いた神様への苦情文。ネムの死亡受付票。ゼルドがなぜか添削した「魔王軍ならこの罠配置は労災」というメモ。ミーナが差し入れてくれたパンの包み紙。


 どれも、帰るためには不要かもしれない。


 でも、いらない時間ではなかった。


「ログル」

「はい」

「召喚前に戻ったら、これ全部なくなる?」

「可能性があります」

「死んだのは嫌だった」

「はい」

「神様の説明不足も嫌だった」

「はい」

「一秒止められて斬られるのも、三倍速ウサギも、腹時計も、パン爆発も、全部かなり嫌だった」

「はい」

「でも、ログルと反省会した時間まで、なかったことにするのは違う」


 ログルは、少しだけ黙った。いつもならすぐ返す。けれど今回は、宝石の光が静かに揺れただけだった。


「ぼくは、その判断を記録ではなく、覚えておきたいです」


 コヨリは棚の端に、新しい紙を貼った。


()()

【でも、()()()()


 短い言葉だった。けれど、その二行を書くのに、コヨリはずいぶん時間がかかった。


 アドミニスの窓が、遠慮がちに開いた。


「勇者ちゃん」

「神様、今は怒鳴る元気がちょっと少ない」

「うん。怒鳴られてもいいけど、先に言う。九十九階の奥には、きみが帰る時刻を選ぶための王がいる」

「王」

時間の王(タイムキング)。五秒、止める」


 会議室の空気が重くなりかけた瞬間、コヨリは机を叩いた。


「一秒で死んだ幼女に五秒をぶつける神経!」

「本当にごめん」

「しかも王! 王様なら民を守って! 幼女を五秒止めて殴らないで!」


 ゼルドが顎に手を当てる。


「王とは、民から時間を徴収するものではない」

「魔王が王の倫理を語ってる!」

「余は魔王だが、部下の休憩時間は守る」

「魔王軍ホワイト!」


 ベルは淡々とアドミニスに書類を差し出す。


「主神様。時間の王(タイムキング)への対策一覧を、今ここで開示してください」

「封印杖で完全封印は難しい。五秒を三秒に短縮できる可能性がある。鈍足杖で停止中の行動数を減らせる。変化の杖は王本体には効かないが、取り巻きには効く」

「最初からそれを言って」

「はい」


 コヨリは、成功ログ棚を見た。


 封印。鈍足。変化。視界切り。身代わり。待つこと。


 全部、死んで覚えた。痛かった。悔しかった。笑うしかなかった。でも、全部が次の一手になる。


「ログル」

「はい」

「わたし、帰る時刻を選ぶ。神様が用意した楽な扉じゃなくて、わたしが消えたことも、ここで覚えたことも、どっちもなかったことにしない時刻」

「はい」

「難しい?」

「かなり」

「じゃあ、いつも通りだね」


 ログルは、今度はすぐに答えた。


「はい。いつも通り、理不尽です」


 ネムは、成功ログ棚の横に小さな箱を置いた。


「これは、持ち帰れない物入れです」

「持ち帰れないのに入れるの?」

「はい。持ち帰れなくても、ここで使った記録は残ります」


 箱の中には、折れた杖の先、割れた砂時計、焦げたパンの包み、罠で外れた盾の留め具が入っている。どれも役に立たなくなったものだ。けれど、見ればすぐに思い出せる。


「これ、失敗のゴミ箱?」

「成功ログの材料箱です」

「言い方が上手い」


 コヨリは、そこへ引き寄せの杖の折れた先を入れた。封印だと思って招待して死んだ杖。ひどい思い出だ。でも、そのおかげで未識別を信じなくなった。


「嫌な杖だけど、覚えてる」

「はい」

「忘れたら、また呼ぶ」

「はい」

「じゃあ、忘れない」


 ベルが静かにうなずく。


「失敗を消さないことが、帰還条件になる可能性があります」

「ベル、難しい言い方をしたけど、つまり?」

「死んだことを無駄にしない、です」

「それなら分かる」

ガロも、いつの間にか会議室の端にいた。手には小さな金具と、折れた杖を直すための工具を持っている。


「杖は直せる?」

「完全には無理だな。だが、折れた理由は見られる」

「折れた理由?」

「雑に投げたか、効果を使い切ったか、反射にやられたか。道具にも死因みたいなものがある」


 コヨリは、折れた引き寄せの杖を見る。雑に投げたわけではない。振った。効果は出た。だから死んだ。


「道具は悪くない?」

「使い方次第だ」

「それ、耳が痛い」


 ガロは笑って、折れた先を箱へ戻した。


「痛いなら覚えとけ。次に同じ形で折るな」

「うん」


 コヨリは、道具の失敗も自分の失敗も、同じ棚に置くことにした。責めるためではなく、次に拾った時、間違えないために。


成功ログ棚の奥には、まだ空いている棚板があった。コヨリはそこへ、今日の地図を置こうとして、少し迷った。赤い×が多すぎる。死因の印、踏まなかった罠、拾わなかった宝箱。成功した地図なのに、見た目は失敗だらけだ。


「これ、成功ログ棚に置いていいの?」

「置いてください」

「赤い×だらけだよ」

「避けた赤い×です」

「避けたなら成功か」

「はい」


 その言葉は、思ったより胸に残った。死んだ場所だけが印ではない。死ななかった場所にも、ちゃんと印をつけていい。


 ネムが受付票を一枚差し出した。死亡受付ではなく、生存記録の紙だった。文字は少ない。


【宝箱を開けなかった】

【封印杖を使った】

【早送り階段を踏まなかった】


「ネム、これ」

「珍しいので作りました」

「珍しいって言わないで」

「事実です」

「事実がいちばん刺さる!」


 ベルはその紙を見て、満足そうにうなずく。


「勇者様。使わなかった道具、開けなかった箱、踏まなかった床も、十分に成果です」

「何もしないのも成果?」

「はい。深層では特に」


 コヨリは、手をぎゅっと握った。何もしないことは、怖い。動かないと負ける気がする。急がないと置いていかれる気がする。でも、時間シードでは、待つこと、見ないこと、拾わないことが、ちゃんと次へつながっていた。


「ログル。成功ログって、派手じゃないね」

「はい。地味です」

「でも、あったかい」

「そうですね」


 ログルが、珍しく即答しなかった。その間が、コヨリには少しうれしかった。記録としてではなく、同じ時間を覚えている相棒として、ログルが棚を見ている気がしたからだ。


「帰ったら、これ持っていける?」

「物理的には難しいです」

「じゃあ、覚えていく」

「はい。ぼくも覚えています」



棚の横で、ログルが小さな札を作った。


【使った道具】

【使わなかった道具】

【使えなかった道具】


「三つ目、つらい」

「でも重要です」

「使えなかった理由も残すの?」

「はい。取り出せなかった、未識別だった、温存した。全部、次の判断材料です」


 コヨリは札の前で、少しだけ背筋を伸ばした。できなかったことも、棚に置けば次の武器になる。



ログルはその札を、棚の一番見やすい高さへ貼った。小さな勇者の目線に合わせた高さだった。



【新規獲得:消さない時間(けさないじかん) Lv.1】

帰宅猶予線(きたくゆうよせん):兆候】


【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還時間シード

現在階層:80F突破後の拠点整理

クラス:帰還者見習い

総死亡回数:1071回

帰宅猶予線:兆候あり

時間の王情報:開示開始

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【一フレームの神様 Lv.3】

【死亡対象上書き Lv.1】

【千回死亡条件破壊 Lv.1】

【死亡ログ返還 Lv.1】

【神様案内警戒 Lv.2】

【帰還座標仮視認 Lv.2】

【記憶擬態識別 Lv.1】

【現実擬態フロア警戒 Lv.1】

【帰宅線形成 Lv.2】

【時間不一致警戒 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【消さない時間 Lv.1】

更新:【帰宅線形成 Lv.2】→【帰宅線形成 Lv.3】


【登場人物紹介】

コヨリ

帰りたいが、ログルたちとの時間を消したくないと決めた。


ログル

その判断を記録ではなく覚えておきたいと言った。


アドミニス

時間の王と五秒停止について説明した。今回は少し早めに謝った。


ベル

時間の王への対策開示を迫った。


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