時間差モンスターハウス――空部屋が三手後に地獄
六十階は、入った時には何もいない部屋。
三手後に敵が湧き、宝箱は欲を読んでくる。
倒さない勇気と、拾わない勇気も攻略。
六十階の部屋は、何もなかった。
広い。明るい。宝箱がひとつ。敵はいない。罠も見えない。階段までまっすぐ。
コヨリは入口で止まった。
「ログル」
「はい」
「何もない部屋は?」
「危険です」
「だよね!」
【|時間差モンスターハウス《ディレイハウス》】
【入室後三手で敵出現】
「見えてるなら、まだ親切?」
「見えている警告を無視すると死にます」
「圧がすごい」
コヨリは一手目で部屋に入った。二手目で宝箱を諦めて階段へ向かう。三手目。床の時計が鳴った。
壁が開く。何もなかった空間に、敵が湧く。時計兵、遅刻ベル番犬、秒針ウサギ。囲まれてはいない。まだ道はある。
「三手目で来るって分かってたから、これは行ける!」
そう言って階段へ走った瞬間、宝箱が開いた。
コヨリは開けていない。宝箱が自分で開いた。中から『欲』と書かれた紙が飛び出し、敵出現を一手早める。
「宝箱が勝手に欲を出した!」
【死亡ログ】
【死亡回数:1065回目】
【死因:空部屋だと思って進んだら、三手後に時間差モンスターハウスが湧いた】
【評価:安心の賞味期限は二手でした】
再挑戦。コヨリは部屋に入らず、入口から魔法の小矢で宝箱を撃った。宝箱が跳ねる。ミミックだ。
「やっぱり!」
「宝箱型の起動装置です」
「宝箱ですらない!」
ミミックは部屋の中央で暴れ、床の三手カウントを一手に縮めた。敵が湧く。コヨリはまだ入口にいる。通路へ下がれば、敵は一列に並ぶ。
「通路戦!」
「有効です。ただし秒針ウサギには注意」
コヨリは鈍足杖を振り、最初のウサギを遅くする。次に封印杖で遅刻ベル番犬のチャイムを止める。杖は強い。振れば基本必中。だからこそ、使い時を間違えなければ頼れる。
しかし、そこで欲が出た。
「ログル、宝箱、まだ残ってる?」
「あります」
「中身は?」
「不明です」
「ここまで対処したなら、取れるんじゃない?」
「危険です」
「一個だけ!」
コヨリは一歩入った。
床のカウントが再起動した。三手後、追加の敵。しかも、停止剣士が混ざっていた。
「欲を読まれてるううううう!」
【死亡ログ】
【死亡回数:1066回目】
【死因:時間差モンスターハウス処理後、宝箱を欲張って追加湧きを踏んだ】
【評価:処理したあとが一番危険でした】
三度目。コヨリは宝箱を見ないことにした。見れば欲しくなる。だから、視界に入る前に壁際を進み、通路から階段へ射線を取る。敵を湧かせる。下がる。杖を使う。倒さなくていい敵は倒さない。
「逃げるの、勝ち?」
「はい。階段に到達すれば勝ちです」
「倒さない勇気!」
コヨリは最後の一手で階段に飛び込んだ。背後で宝箱が、悔しそうに開閉している。
「欲しいけど、いらない!」
時間差モンスターハウスを抜ける時、コヨリは部屋の端に残ったアイテムを何度も振り返った。巻物、草、たぶん杖。全部、役に立つかもしれない。
「ログル、あの草、回復草かも」
「毒草かもしれません」
「巻物は」
「大部屋の巻物かもしれません」
「大部屋は今ぜったい嫌!」
宝箱型起動装置は、コヨリが未練を向けるたびに、ぱかぱかと蓋を開け閉めした。まるで、こっちへおいでと言っているみたいだ。
「かわいく誘ってもだめ」
「かわいいですか」
「ちょっとだけ」
「危険です」
「分かってる!」
階段へ向かう途中、部屋の床に三つの影が落ちた。まだ敵は湧いていない。影だけが先に来ている。三手後の予約だ。
「未来の敵の影?」
「はい。現在の部屋に、未来出現の兆候が出ています」
「未来まで予約して殺しにくるの、几帳面すぎる!」
コヨリは影のないマスだけを選んだ。一手ごとに床を見る。走らない。急がない。でも遅れない。階段に届いた時、未来の敵が出現したのは、コヨリが踏まなかったマスだった。
「影、見れば避けられる」
「はい」
「見る時間を作るのが大変だけど」
階段へ着いたあと、コヨリは後ろを見ないようにした。見れば、部屋の中央で巻物が光っている。あれは本物かもしれない。深層で使える切り札かもしれない。
「ログル、見ないって、けっこう疲れる」
「はい。欲を抑えるのも行動判断です」
「手は動かしてないのに、心が一手使ってる感じ」
「表現として近いです」
宝箱型起動装置が、最後に一度だけ蓋を開けた。中には何もない。空っぽなのに、まだ欲しくなる。空っぽかどうか、自分の目で確かめたくなる。
「空っぽを確認したい欲まで罠?」
「はい」
「このダンジョン、人間心理に詳しすぎる」
コヨリは階段を降りた。確認しない。拾わない。倒さない。進む。それが、この階で得た一番地味で、一番強い攻略だった。
【新規獲得:時間差モンハウ警戒 Lv.1】
時間差モンスターハウスの嫌なところは、最初に静かなことだった。普通のモンスターハウスなら、入った瞬間に音がする。敵がいる。絶望が見える。だが、この部屋は何もない。何もないから、コヨリの欲が元気になる。
「空部屋、宝箱、巻物。はい罠」
「かなり高確率です」
「でも、空部屋って、ちょっと期待しちゃう」
「それが狙いです」
「ダンジョン、人の心を勉強しすぎ!」
床の中央には、薄い円が描かれていた。コヨリが一歩近づくと、円の外側に数字が浮かぶ。
【三】
「カウント出た!」
「三手後に出現です」
「親切なのか不親切なのか分からない!」
コヨリは、まず出口を確認した。次に、出口までのマスを数える。三手。ちょうど三手。まっすぐ行けば、敵が出る瞬間に扉の外へ出られる。だが、途中に巻物がある。拾えば一手増える。
「拾わない」
「はい」
「拾わない! 聞こえた、わたしの手!」
手に言い聞かせたのに、一度目は拾った。拾った瞬間、床の数字が【二】から【零】へ飛び、未来の敵が現在に割り込んできた。
【死因:空部屋だと思って巻物を拾い、三手後の敵を今呼んだ】
【評価:拾う一手で未来を前倒ししました】
「未来、前倒ししなくていい!」
「予定が繰り上がりました」
「死亡予定をスケジュール管理するな!」
成功周回では、コヨリは巻物へ背を向けた。背中がむずむずする。拾いたい。でも、階段へ出る。扉を抜けた瞬間、部屋の中に敵が湧いた。壁の向こうで、遅れて爪音が鳴る。
「今の、拾ってたら?」
「囲まれていました」
「拾わないわたし、えらすぎる」
「はい。宝箱欲張り警戒が機能しています」
褒められたので、コヨリは少しだけにやけた。拾わない勇気は、地味だ。でも、地味な勇気がないと深層には行けない。
部屋の出口には、わざとらしく『安全』と書かれた看板が立っていた。コヨリは看板を信じず、裏側を見た。裏には『三手後』と小さく書かれている。
「裏に本音を書くタイプ!」
「表だけ見ると危険です」
「看板まで二面性を持つな!」
コヨリは看板を倒さず、そのまま目印にした。罠を壊せないなら、次に自分が引っかからない形で使う。嫌いなものでも、使えるなら使う。
【新規獲得:宝箱欲張り警戒 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還時間シード
現在階層:60F突破
クラス:帰還者見習い
総死亡回数:1067回
到達時レベル目安:Lv13
階段優先判断:強化
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【死亡対象上書き Lv.1】
【千回死亡条件破壊 Lv.1】
【死亡ログ返還 Lv.1】
【神様案内警戒 Lv.2】
【帰還座標仮視認 Lv.2】
【記憶擬態識別 Lv.1】
【現実擬態フロア警戒 Lv.1】
【帰宅線形成 Lv.2】
【時間不一致警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【時間差モンハウ警戒 Lv.1】
新規獲得:【宝箱欲張り警戒 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
空部屋と宝箱欲張りで二回死んだ。三度目で拾わずに逃げた。
ログル
通路戦と杖の使い時を指示した。
宝箱型起動装置
宝箱に見えるが、追加湧きのスイッチ。欲望に反応する。
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