昼休み食堂――三手で腐るパン
五十階は食堂。パンは三手で腐り、五手で爆発する。
保存しても巻き戻らない。
食べる、諦める、進む。食料判断も命がけ。
五十階は、昼休みの食堂だった。
長いテーブルにパンが並び、スープの湯気が上がっている。壁の時計は十二時ちょうど。窓の外には、帰り道の夕焼けが見える。昼なのに夕方。もうその時点で信用できない。
「ログル、ごはんがある」
「はい」
「罠?」
「可能性が高いです」
「ごはんを疑うの、心が荒む」
コヨリの満腹度は半分を切っていた。食べないと次の階がつらい。食べると罠かもしれない。小さな手が、パンの前で止まる。
【三手で腐るパン】
【拾得後、三手目まで安全】
【四手目以降:腐敗】
【五手目以降:爆発】
「食品衛生法どこ!?」
「このシードにはありません」
「作って!」
コヨリはパンを拾った。一手。座る。二手。祈る。三手。
「いただきます!」
食べた。ぎりぎり安全。満腹度が戻る。勝ったと思った。
次の皿のパンも拾う。一手。ログルに確認。二手。席を立つ。三手。敵影を見る。四手。
「しまった」
パンが紫色になった。
【死亡ログ】
【死亡回数:1063回目】
【死因:三手で腐るパンを四手目に食べた】
【評価:一手遅かったです】
拠点で、コヨリは自分の腹を押さえた。
「腐るの早すぎる」
「拾った時点で時間が動きます」
「パンを拾った瞬間から命のタイマーが始まるの、嫌な人生訓みたい!」
再挑戦。コヨリはパンを拾ったらすぐ食べることにした。温存しない。保存壺に入れない。いや、保存壺なら時間が止まるかもしれない。そう考えたのが間違いだった。
コヨリはパンを保存壺に入れた。
【保存壺】
【内部時間:停止】
「勝った!」
しかし、壺から出した瞬間、パンは拾得から四手目として扱われた。紫色になり、ぼふんと爆ぜる。
【死亡ログ】
【死亡回数:1064回目】
【死因:保存壺で安心し、出した瞬間に腐敗パンを爆発させた】
【評価:保存は停止であって、巻き戻しではありません】
三度目。コヨリは腹を決めた。拾う。すぐ食べる。拾わないパンは諦める。テーブルの奥にある大きなパンは明らかに魅力的で、明らかに罠だ。
「ログル、あれ食べたい」
「大きいです」
「大きいよね」
「床が沈んでいます」
「大きい罠だね」
諦める。階段へ向かう。後ろで大きなパンが勝手に破裂し、テーブルが跳ねた。
「食べなくても爆発するの!?」
「時間切れです」
「パンが短気!」
階段前で、ミーナに似た幻影がスープを差し出してきた。
「まだ食べていきなよ」
優しい声だった。けれど、コヨリは首を振る。
「帰ったら食べる。今は進む」
スープの湯気が、階段の光に変わった。
食堂の出口近くに、給食当番の帽子が落ちていた。拾うと、周囲のパンが一斉にこちらを向く。
「パンがこっち見た」
「拾得者を給食当番と認識したようです」
「給食当番、パンに見つめられる役じゃない!」
【給食当番帽】
【食料の腐敗タイマーが見える】
【ただし、食料系敵に狙われやすい】
便利だ。便利だが危ない。コヨリはしばらく帽子を持って悩んだ。かぶればタイマーが見える。かぶれば狙われる。
「ログル、どうする?」
「今の階では有効です。ただし深層へ持ち込むと危険かもしれません」
「便利装備の未来が怖い」
コヨリは一時的にかぶった。パンの上に、残り三、二、一と数字が出る。見えると、判断が早い。
「見えるって大事!」
「はい」
「でも食料系敵がこっち見てる!」
食堂の奥から、スープ鍋が足を生やして歩いてきた。コヨリは帽子を外し、保存壺へ入れた。狙いが外れる。鍋はきょろきょろしている。
「装備を外すのも攻略」
「はい。外すタイミングが重要です」
「装備はがし床は嫌いだけど、自分で外すのは好き!」
食堂の壁には、献立表が貼られていた。
【本日の献立】
【三手パン】
【昨日牛乳】
【たぶん安全スープ】
「たぶん安全スープって、危険って意味だよね」
「はい」
「給食だよりの信用が落ちた」
コヨリはスープ鍋を遠巻きに見た。湯気はおいしそうだ。おいしそうなものほど怖い。けれど、満腹度が低いまま進むのも怖い。
「ログル、たぶん安全スープを識別できる?」
「匂いでは無理です。湯気に時間魔力があります」
「食べ物の湯気に魔力を混ぜるな!」
コヨリはスープを諦め、三手パンをその場で食べた。欲張らず、一個だけ。足りない分は保存していた干し肉で補う。見た目のおいしさより、識別済みの安全。
「味気ない」
「安全です」
「安全、いま一番おいしい」
階段の手前で、コヨリは給食当番帽を少しだけ見た。便利だった。持っていけば、次の食料罠でも役に立つかもしれない。だが、深層で食料系敵に狙われる未来も見える。
「ログル、持っていく?」
「持ち帰り候補からは外した方が安全です」
「便利だったのに」
「便利さと危険度が近すぎます」
「この世界、便利の隣に死因が住んでる」
コヨリは帽子を食堂の椅子に置いた。ありがとう、と心の中でだけ言う。道具を置いていくのも、進むための一手だった。
【新規獲得:腐敗タイマー確認 Lv.1】
食堂の奥には、配膳台があった。銀色のトレイがきれいに並び、どれも同じように湯気を立てている。普通ならおいしそうな光景だ。だが、トレイの上には小さな砂時計が乗っている。
「食べ物に制限時間を乗せないで」
「昼休み食堂の基本仕様です」
「基本から間違ってる!」
コヨリはトレイを取らず、まず周囲を見る。配膳台の横に、返却口がある。返却口の奥は黒く、何かが皿を待っていた。食べ終わった皿を入れる場所ではない。たぶん、食べ終わらなかった勇者を入れる場所だ。
「ログル、返却口」
「口です」
「口って言った」
「はい。返却対象を選ばないタイプです」
「食器以外を返却するな!」
一度目、コヨリはパンを保存しようとして死んだ。保存壺へ入れた瞬間、三手タイマーが壺の中で進み、壺ごと膨らんで爆発したからだ。
【死因:三手パンを保存壺に入れて壺内発酵させた】
【評価:保存ではなく密閉でした】
「保存壺なのに保存できないの!?」
「食品の時間までは止めません」
「名前負けしてる!」
二度目、コヨリはパンを拾わず、その場で一口だけ食べた。残りは置く。もったいない。ものすごくもったいない。けれど、食べきろうとして満腹度を超え、鈍足になったら次の敵で死ぬ。
「残す勇気」
「はい」
「食べ物を残すの、心が痛い」
「このパンは三手後に爆発します」
「急に痛みが減った!」
ミーナに似た食堂のおばちゃんが、遠くから手を振った。顔は優しい。だが、このシードの人か、ただの時間幻影かは分からない。
「腹が減ってちゃ、帰るもんも帰れないよ」
声だけは、いつものミーナに似ていた。コヨリは頭を下げる。
「ありがとう。でも、識別してから食べる」
おばちゃんは笑った。笑って、湯気の中に消えた。
返却口がかちかち歯を鳴らしたので、コヨリはトレイを持たずに一歩下がった。食べる前から返却を待つ店は、どう考えても客商売を間違えている。
【新規獲得:食料即断 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還時間シード
現在階層:50F突破
クラス:帰還者見習い
総死亡回数:1065回
到達時レベル目安:Lv12
満腹度管理:危険域から改善
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【死亡対象上書き Lv.1】
【千回死亡条件破壊 Lv.1】
【死亡ログ返還 Lv.1】
【神様案内警戒 Lv.2】
【帰還座標仮視認 Lv.2】
【記憶擬態識別 Lv.1】
【現実擬態フロア警戒 Lv.1】
【帰宅線形成 Lv.2】
【時間不一致警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【腐敗タイマー確認 Lv.1】
新規獲得:【食料即断 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
腐るパンと保存壺事故で死んだ。大きなパンを諦めて突破した。
ログル
保存は巻き戻しではないと説明した。
ミーナ似の幻影
スープを勧めて足を止めようとしたが、今回は見送られた。
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