未識別時計店――腹時計で飢える
四十階は時計店。安い時計ほど危ない。
腹時計、五分遅れ、目覚まし時計。便利そうな名前ほど事故る。
買い物にも退店時刻がある。
四十階は、商店街だった。
シャッターの半分だけ開いた時計店。店内には、腕時計、懐中時計、砂時計、腹時計と書かれた怪しい丸い置物まで並んでいる。値札はある。効果説明はない。
「ログル。店」
「はい」
「店系は死因が増える」
「過去の傾向では、かなり増えます」
「認めないで!」
店番は、針金みたいに細い老人だった。顔の半分が時計盤で、片目が短針になっている。
「いらっしゃい。時計は噛みませんよ。たまに噛みますが」
「噛む時計を店に置くな!」
コヨリは棚から未識別の時計を取った。値段は安い。安いものは危ない。分かっている。でも、安いというだけで心が揺れる。
「ログル、これ何だと思う?」
「未識別です。価格からは腹時計系の可能性があります」
「腹時計ってかわいい名前」
「満腹度だけ進む時計です」
「かわいくない!」
買わずに戻そうとした時、店番がにこりと笑う。
「手に取ったら一手。棚へ戻すのも一手。試着は無料ですが、外れるとは言っておりません」
「商売が罠!」
コヨリは買った。装備した。腹が鳴った。
【腹時計】
【満腹度減少速度:三倍】
「名前そのまま!」
慌てて外そうとする。一手。外れない。呪われている。もう一手。腹が鳴る。もう一手。店番が笑う。外れた時には満腹度が底をつき、店の外で倒れた。
【死亡ログ】
【死亡回数:1061回目】
【死因:未識別の腹時計を装備し、満腹度だけ三倍速になった】
【評価:体内時計が敵でした】
再挑戦。コヨリは買う前に識別の巻物を使った。巻物は貴重だ。使いたくない。けれど、死ぬより安い。
「死ぬより安いって、すごい言葉だね」
「今回の場合は事実です」
識別した時計は、【五分遅れの時計】だった。全行動が一手遅れて処理される。コヨリは棚に戻した。
隣の時計は【目覚まし時計】。眠り無効。ただし一定ターンごとに大音量で敵を呼ぶ。
「便利と迷惑の抱き合わせ販売!」
店の奥に、封印杖が置いてあった。値段は高い。高いものは本物かもしれない。コヨリは財布代わりの小袋を見た。足りない。
「ログル、店の外へ持っていったら?」
「泥棒判定です」
「聞いただけ! 聞いただけだからセーフ!」
すると店番が、封印杖の横に安い杖を置いた。
「こちら、たぶん封印です」
「たぶんを売るな!」
コヨリは買わなかった。買わない勇気も必要だ。代わりに、識別済みの鈍足杖と保存壺の中のパンを買い、店を出る。
店の出口で、シャッターが落ちた。閉店時刻だった。
「買ったのに閉じ込めるの!?」
「時間切れです」
「商店街の治安!」
【死亡ログ】
【死亡回数:1062回目】
【死因:閉店時刻を見落とし、時計店シャッターに挟まれた】
【評価:支払い済みでも退店時刻は重要です】
三度目。コヨリは買う物を先に決め、店内で迷わなかった。識別。購入。退店。シャッターが落ちる一手前で外へ滑り込む。
「買い物が戦闘より緊張する」
「深層ではさらに重要です」
「やめて、店が怖くなる!」
時計店を抜けたあと、コヨリは買った鈍足杖を何度も見た。識別済み。本物。残り三回。文字が読めるだけで、心が少し軽い。
「ログル、識別済みって安心するね」
「はい」
「でも安心しすぎると?」
「使いどころを誤ります」
「安心にも罠がある」
店の外には、閉店時間に追い出されたらしい小さな時計スライムがいた。ぷるぷる震えて、腹のあたりに針が回っている。
【腹時計スライム】
「さっきの腹時計の親戚?」
「満腹度を吸う敵です」
「親戚だった!」
コヨリは距離を取り、魔法の小矢で削る。近づかない。吸われない。だが、倒したあとに落としたパンが問題だった。時計スライムの中から出たパン。食べていいのか。
「ログル。これ、食料?」
「食料です。ただし腹時計成分があります」
「成分表示が怖い」
一口だけ食べる。満腹度は回復したが、腹が一度だけ鳴った。
「一口でやめる」
「正解です」
「食べ物でこんなに駆け引きする勇者、いる?」
「神様のシードではいます」
「わたしだけじゃないよね!?」
時計店の出口で、コヨリはふと思いついて、店番に聞いた。
「ねえ、時計を買わずに時間だけ教えてもらうのは無料?」
「無料です。ただし、教えた時間が正しいとは限りません」
「無料サービスが信用できない!」
店番は、にこにこと笑いながら三つの時刻を言った。十二時、十八時、昨日の朝。どれも同じ声で言うから、余計に腹が立つ。
「ログル、店番の言う時間は?」
「参考程度です」
「参考にもしたくない」
それでも、コヨリはひとつだけ学んだ。店は道具をくれる場所ではなく、判断を試してくる場所だ。何を買うか。何を買わないか。いつ出るか。全部が一手で、全部が死因になりうる。
「買い物、怖い」
「はい」
「でも、必要なものは買う」
「はい」
「じゃあ、レジが一番のボスかもしれない」
【新規獲得:未識別時計警戒 Lv.1】
未識別時計店の棚には、時計だけでなく、時間つきの値札まで並んでいた。百ゴールド、三分、昨日の記憶ひとつ。値段の中に時間が混ざっている。コヨリは値札を見て、すっと後ろに下がった。
「ログル、支払いに記憶って書いてある」
「購入すると、軽い記憶欠落が発生する可能性があります」
「買い物で思い出を払わせるな! 電子マネーより怖い!」
店番は笑顔で、試着だけなら無料だと言った。コヨリは、試着という単語にも警戒するようになっている。腕輪も時計も、装備した瞬間に外れなくなることがある。無料でつけさせて、外す時に命を取る。かなり悪い商売だ。
「試着しません」
「お客様、試さなければ分かりませんよ」
「分からないまま生きたい時もある!」
コヨリは、代わりに識別札を一枚使った。札は高い。使えば深層で足りなくなるかもしれない。けれど、ここでケチると腹時計で飢える。前に死んだ自分が、棚の反射に映っている気がした。
【識別結果】
【五分遅れの時計】
【装備中、行動処理が一手遅れる】
「いらない!」
「危険品です」
「分かってからいらないって言えるの、最高!」
その時、店番が奥から小さな目覚まし時計を出してきた。
「こちら、眠り防止です」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんを商品説明に入れる店、信用できない!」
ログルが時計の裏を見る。小さく【大音量】と彫られていた。眠りは防ぐかもしれないが、敵も起こす。
「買わない」
「はい」
「でも、情報は持って帰る」
コヨリは地図に時計の絵を描いた。下手な丸に針を二本。そこへ大きく、【目覚ましは敵も起こす】と書く。
「絵、ちょっと変ですね」
「命が助かれば画力はあとでいい!」
店の床には、試しに置かれた古い時計が転がっていた。針は止まっている。コヨリは近づかず、まず小石を転がした。小石が触れた瞬間、時計はぎり、と鳴って小石だけを五分遅らせた。
「小石が遅刻した!」
「物体にも時刻ズレが入るようです」
「小石にまで時間管理させないで!」
拾わなくてよかった。そう思える一手が増えるたび、コヨリの手は少しずつ慎重になる。
【新規獲得:閉店時刻確認 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還時間シード
現在階層:40F突破
クラス:帰還者見習い
総死亡回数:1063回
到達時レベル目安:Lv10
所持品管理:識別優先
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【死亡対象上書き Lv.1】
【千回死亡条件破壊 Lv.1】
【死亡ログ返還 Lv.1】
【神様案内警戒 Lv.2】
【帰還座標仮視認 Lv.2】
【記憶擬態識別 Lv.1】
【現実擬態フロア警戒 Lv.1】
【帰宅線形成 Lv.2】
【時間不一致警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【未識別時計警戒 Lv.1】
新規獲得:【閉店時刻確認 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
腹時計と閉店シャッターで死んだ。買わない勇気も覚えた。
ログル
価格推測と識別巻物の価値を説明した。
時計店の店番
たぶん封印など、信用できない売り文句を使う時計店主。
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