秒針回廊――三倍速秒針ウサギ
二十階には三倍速のウサギが出る。
かわいい見た目でも、三手で詰められたら死ぬ。
逃げるだけでなく、鈍足杖と角の使い方が問われる。
二十階は、床そのものが大きな時計だった。
円形の部屋の中央から秒針が伸び、細い赤い線が床をなめるように回っている。壁には出口が三つ。どれも本物っぽく、どれも嘘っぽい。
「ログル、秒針が床にある」
「はい」
「踏むと?」
「敵の速度が上がる可能性があります」
「踏まない」
コヨリが一歩引いた瞬間、部屋の端から白いウサギが飛び出した。小さい。耳が秒針みたいに長い。かわいい。かわいいのに、目が完全に殺意だった。
【警告】
【三倍速秒針ウサギ】
【行動速度:三倍】
「三倍!? 倍速を超えてきた!」
「勇者様が一手動くと、敵が三手動きます」
「一手一動は!?」
「敵側に三手あります」
「敵だけ月額課金してるのおおおおおおおおおおお!」
コヨリは横へ逃げた。ウサギが三歩来た。コヨリがもう一歩下がる。ウサギが三歩来る。距離が、考えるより早く消える。
「速い速い速い! かわいい見た目で速度が暴力!」
ウサギが跳ねた。前歯が光る。
【死亡ログ】
【死亡回数:1056回目】
【死因:一歩逃げたら三歩詰められた】
【評価:秒針は待ってくれません】
再挑戦で、コヨリは通路に逃げ込んだ。曲がり角なら三倍速でも曲がる必要がある。そう思った。実際、ウサギは角で一瞬止まりかけた。
「ログル、曲がり角!」
「有効です」
「勝った!」
その瞬間、床の秒針が通路の入口をかすめた。ウサギの体が赤く光る。
【秒針床効果】
【敵速度:三倍維持】
【追加跳躍:発生】
「床が敵を応援した!」
【死亡ログ】
【死亡回数:1057回目】
【死因:秒針床で三倍速ウサギをさらに跳ねさせた】
【評価:床を敵にバフしました】
三度目。コヨリは、逃げるだけではだめだと分かった。拾った鈍足杖を握る。杖は振れば基本必中。射線が通る一瞬を待つ。
「ログル、今?」
「まだです。ウサギが秒針の上です」
「今?」
「まだです。角度が浅いです」
「今?」
「今です」
コヨリは杖を振った。
【鈍足成功】
【三倍速秒針ウサギ:三倍速→通常速】
「普通のウサギになった!」
「まだ噛みます」
「普通に噛むならまだかわいい!」
油断した。普通速になったウサギが、普通に近づき、普通に噛んだ。HPが残り一まで落ちる。
「かわいくない!」
コヨリは慌てて小石を投げた。外れた。次に魔法の小矢を撃つ。これは命中し、ウサギが倒れる。
「投げ石、信用下がった」
「投擲です」
「杖と魔法、えらい」
四度目ではなく、そのまま突破できた。だが、HPは残り一。階段の横に回復床が見える。コヨリは一歩踏み出しかけて、止まった。
床の文字が、うっすら見えた。
【回復床っぽい秒飛ばし床】
「っぽい、って書くな!」
踏まない。別の道を行く。遠回りして階段に着いた時、ログルの宝石が光った。
三倍速ウサギの死体が光になって消えたあと、コヨリは部屋の床をもう一度見た。秒針床は、ただ回っているだけではない。一定の角度で、敵の足元にだけ赤い光を足していた。
「敵にだけバフする床、ずるい」
「勇者様も踏めます」
「踏んだら?」
「敵が速くなります」
「わたしが踏んでも敵が速くなるの、床が敵推し!」
コヨリは鈍足杖の残り回数を確認した。あと二回。使えば安全。温存すれば怖い。さっきから、使うかどうかばかり考えている。
「ログル。杖の残り回数を見るたび、お腹が痛い」
「精神的負荷です」
「杖の回数に胃を握られてる」
次の部屋には、秒針ウサギが二匹いた。片方は寝ている。片方だけ起きている。コヨリは起きている方に鈍足杖を振り、寝ている方へは近づかない。起こさない。経験値より命。
「倒せばレベル上がるかも」
「起こせば死ぬかもしれません」
「レベルより命!」
それでも、寝ているウサギの横に巻物が落ちている。欲しい。見ない。見ない。そう思うほど見える。
「ログル、あの巻物、何かな」
「見なかった巻物です」
「ログルが現実逃避を手伝ってくれる!」
次の小部屋で、コヨリはあえて一手待った。何もしない。動かない。すると、秒針床の赤い光が通り過ぎ、ウサギが踏むはずだったマスが普通の床に戻る。
「待つと、床の効果がずれる」
「はい」
「動くのが怖いんじゃなくて、待つのが正解の時もある」
「時間シードでは重要です」
コヨリは、自分の足元を見た。急いで走るだけなら、三倍速には追いつかれる。なら、敵が速い時間に立たないよう、こっちが遅い一手を選ぶしかない。
「速い敵に、速く逃げたら負ける」
「場合によりますが、この階ではそうです」
「じゃあ、遅く勝つ」
言ってから、コヨリは少し笑った。遅く勝つ。帰るために急がない。この時間ダンジョンは、最初からずっと同じことを言っている気がした。
【新規獲得:三倍速警戒 Lv.1】
秒針回廊の奥では、床そのものが大きな時計盤になっていた。針はただ回るのではなく、マス目の上を細い刃のように走っている。踏めば敵が速くなる。避ければ遠回り。遠回りすれば満腹度が減る。
「ログル、時間ダンジョン、すごく性格悪い」
「はい。遠回りにも費用を要求してきます」
「直進したら死ぬ、遠回りしたらお腹が減る。神様、幼女に人生の縮図を踏ませないで!」
三倍速秒針ウサギは、かわいかった。耳が長く、目は丸く、鼻先がひくひく動く。だが、その足元だけがかわいくない。一歩、二歩、三歩。コヨリの一手に対して、床を刻む音が三つ鳴る。
「かわいいのに殺意が三倍」
「かわいさと危険度は無関係です」
「ピヨラを見習って! かわいくて守ってくれる方向でお願い!」
ウサギが曲がり角に弱いことに気づくまで、コヨリは二回ほど軽く死んだ。軽く、とは言っても本人にとってはぜんぜん軽くない。死亡受付でネムに「速度違反ですね」と言われた時は、机を叩きそうになった。
【死因:三倍速秒針ウサギに直線で追いつかれた】
【評価:直線勝負をしてはいけません】
「直線がだめなら、曲がる!」
「はい。曲がり角で減速します」
「ウサギなのにカーブ苦手!」
「時計の針が直線的な処理をしているようです」
「急に理屈っぽい。でも助かる!」
コヨリは曲がり角の手前に小石を置き、ウサギの注意をずらした。次に、秒針床が赤く光る直前で待つ。動かない。息だけを浅くする。
「今、待つ」
「はい」
「動きたい。すごく動きたい」
「待つ一手です」
「一手じゃなくて一待ち!」
赤い光が通り過ぎる。ウサギは勢いのまま曲がりきれず、壁へごつんと頭をぶつけた。コヨリはその隙に階段へ走る。倒さない。かわいそうでも、撫でない。
「勝ったけど、ちょっとごめん」
「撫でると三倍で噛まれます」
「ごめんだけで済ませる!」
曲がり角の向こうに逃げたあとも、コヨリはすぐに走り出さなかった。床の赤い光が次にどこへ伸びるかを見る。三倍速の怖さは足の速さだけではない。焦らせて、こちらに悪い一手を選ばせるところにあった。
「急がせる敵、嫌い」
「はい」
「でも、急がないと追いつかれる」
「だから、急ぐ場所を選びます」
「急ぐにも場所代がかかる!」
【新規獲得:秒針床疑い Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還時間シード
現在階層:20F突破
クラス:帰還者見習い
総死亡回数:1059回
到達時レベル目安:Lv6
深層警戒:未到達
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【死亡対象上書き Lv.1】
【千回死亡条件破壊 Lv.1】
【死亡ログ返還 Lv.1】
【神様案内警戒 Lv.2】
【帰還座標仮視認 Lv.2】
【記憶擬態識別 Lv.1】
【現実擬態フロア警戒 Lv.1】
【帰宅線形成 Lv.2】
【時間不一致警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【三倍速警戒 Lv.1】
新規獲得:【秒針床疑い Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
三倍速ウサギに二回殺され、鈍足杖と射線待ちを覚えた。
ログル
杖を振るタイミングを指示した。投擲と杖の違いも強調した。
三倍速秒針ウサギ
かわいい見た目で三手詰めてくる時間ダンジョンの理不尽枠。
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