拠点時計会議――神様、深すぎる
時間ダンジョンは99F。説明不足の神様を、ベルが会議室で詰める。
杖、時間停止、未識別事故の基本ルールを整理。
勇者の心得が、ほぼ不審者対策になった。
拠点の会議室に、時計が二十個並べられた。
並べたのはベルだった。秒針の音がうるさいからではない。アドミニスが時間について説明を逃げないよう、証拠品として並べたのだ。
「主神様。時間停止系エネミーについて、事前説明はございましたか」
「危険な敵がいる、とは言った気がする」
「一秒止められて死亡する敵を、危険な敵、で済ませるのは説明ではなく感想です」
ベルの声は穏やかだった。穏やかすぎて、アドミニスの白い窓が少し小さくなる。
コヨリは椅子の上に正座し、両手を上げた。
「神様」
「はい」
「九十九階って何」
「時間因子は細かいから」
「細かいなら階数を細かくしないで! わたしの命で単位変換しないで!」
ゼルドが腕を組んでうなずいた。
「余の魔王城でも、九十九階など管理が面倒だ。せめて幹部会議で反対が出る」
「魔王城のほうが民主的!」
「民主的というより、階段掃除の予算が死ぬ」
「理由が現実的!」
ネムは死亡受付票をめくっていた。すでに新しい欄が増えている。
「死亡種別に、停止時間中死亡、未識別杖誤認死亡、チャイム加速死亡を追加しました」
「やめて、受付がどんどん専門化してる」
「専門化しないと追いつきません」
「わたしのせい?」
「主に神様のせいです」
「よし」
ログルは机の上に地図を広げた。紙の上で、時間ダンジョンの階層がうっすら動いている。
「勇者様。現在分かっていることを整理します」
「はい、先生」
「まず、杖は振れば基本必中です。投げると投擲扱いになり、外れる、壊れる、ロストする可能性があります」
「杖は振る。投げない」
「次に、時間停止中に動けるのは発動した敵だけです。他の敵、罠、環境、ぼく、勇者様は止まります」
「他の敵が動かないのは、まだ優しさ?」
「いえ。発動者だけが一方的に殴れるようにする悪意です」
「言い方あああああ!」
ベルが白い窓へ視線を戻す。
「主神様。今後、敵の能力が段階的に上がる可能性は」
「ある。一秒、三秒、五秒」
会議室が沈黙した。
コヨリだけが椅子の上で固まる。
「五秒?」
「章ボス級だと思う」
「今、一秒で死んだんだけど」
「だから、今から対策を」
「神様ァ! 消防訓練を火事のあとに始めるなああああああああああ!」
ログルは地図の横に大きく三つの文字を書いた。
【見られない】
【隣接しない】
【未識別を信じない】
コヨリはそれを見て、真顔になった。
「勇者の心得というより、不審者対策みたい」
「生存には有効です」
「じゃあ採用」
ネムが受付票の下に、さらに小さく書き加える。
【死亡時、温存アイテムは使えません】
「ネム、それは刺さる」
「今後、深層では大事になると思います」
コヨリは、懐の杖をぎゅっと握った。
帰りたい。早く帰りたい。けれど、早く進むだけでは死ぬ。待つこと、見ること、逃げること。子供の体には似合わない慎重さが、今は命綱だった。
ベルはさらに、会議室の壁へ大きな紙を貼った。
【九十九階までの注意】
【一、急ぐな】
【二、でも遅れるな】
【三、欲張るな】
【四、必要な杖は使え】
コヨリは四つ目を指差した。
「これ、いちばん難しい」
「はい。使うべき時と温存すべき時の判断は、ローグライク攻略の核心です」
「ログル、言い方が急に攻略本」
「勇者様が死にすぎて、ぼくも詳しくなりました」
「わたしの死亡で育つ相棒!」
アドミニスは申し訳なさそうに手を挙げた。
「一応、深層には救済アイテムも出る」
「救済って、使ったら死ぬ未識別品じゃないよね?」
「識別できれば救済」
「できなければ?」
「事故」
「救済と事故の距離が近い!」
ゼルドが地図をのぞきこむ。
「勇者よ。敵を倒すことに固執するな。魔王城の防衛でも、倒す必要のない敵に時間を使う兵はよく罠にかかる」
「魔王城の防衛ノウハウ、今めちゃくちゃ役に立ってる」
「褒められているのか複雑だな」
コヨリは紙の下に、自分で一行を書き足した。
【五、死ぬ前に逃げる】
「当たり前だけど、当たり前が一番むずかしい」
会議の終わりに、ベルはコヨリへ小さな札束を渡した。札といっても魔法の道具ではない。紙でできた、手書きの確認札だった。
【杖を振る前に名前を見る】
【床を踏む前に影を見る】
【階段を降りる前に時刻を見る】
【宝箱を見る前に欲を捨てる】
「最後だけ精神論じゃない?」
「精神論が一番の罠対策になる場面もあります」
「ベルが言うと説得力ある」
アドミニスが小さく手を挙げる。
「僕も一枚書いていいかな」
「神様が?」
白い窓の中で、主神は真面目な顔をした。浮かんだ文字は、たった一行だった。
【説明を先にする】
コヨリはそれを見て、長く息を吸った。
「神様」
「はい」
「それ、今までで一番大事」
「......うん」
反省会テーブルの端では、ネムが死亡受付の紙を束ねていた。いつもより枚数が多い。いや、いつも多いのだが、時間シードの紙は妙に細長く、時計の針みたいに机からはみ出している。
「ネム、それ全部わたし?」
「はい。時間関係の死因は記入欄が長いので、紙も長いです」
「死因で紙のサイズ変えないで」
「一秒停止、三秒停止、五秒停止は別分類です」
「事務が細かい!」
リュシアは温かいミルクを出してくれた。酒神なのに、コヨリの前にはちゃんと子供向けの飲み物を置く。コヨリはカップを両手で包み、少しだけ肩の力を抜いた。
「ちび勇者ちゃん、深い階ほど、勝たなくていい敵が増えるわよ」
「リュシアさんもダンジョン詳しいの?」
「酒場で酔った冒険者がだいたい同じこと言うの。『あそこで宝箱を見なければ』ってね」
「みんな言うんだ......」
「言うわね。宝箱は人類共通の弱点よ」
ベルが、すかさず紙へ書き足す。
【宝箱は人類共通の弱点】
「それ正式メモにするの?」
「死亡率に関わる重要事項です」
「重要だけど恥ずかしい!」
ゼルドは腕を組み、時計ダンジョンの九十九階という数字を見て眉間にしわを寄せた。
「九十九階とは、また雑な深さだな」
「魔王さんの城より深い?」
「余の城は防衛思想がある。これは嫌がらせ思想だ」
「魔王に嫌がらせって言われるダンジョン、もうだめだよ!」
アドミニスは窓の中で小さくなっていた。コヨリはカップを置き、窓へ近づく。
「神様」
「はい」
「今回、帰るために必要なダンジョンなんだよね」
「うん」
「じゃあ、ひどいけど行く。行くけど、苦情は別」
「......受け付けます」
「ベル、書式」
「すでに三枚目まで用意しております」
「仕事が早い!」
笑いが少しだけ起きた。怖い話をしているのに、笑える。それも拠点がリセットされないおかげだと、コヨリは思った。
【攻略メモ更新】
【停止系対策:停止前に仕込む】
【未識別対策:仮名だけで信じない】
コヨリは確認札を一枚、自分の袖口に貼った。見た目は少しかっこ悪い。でも、深層で忘れるよりずっといい。
「袖に貼るの?」
「うん。手が勝手に宝箱へ伸びるから、手に読ませる」
「かなり実用的です」
「わたしの手、信用されてない」
ベルは真顔でうなずいた。
「勇者様。信用できない手には、書類を持たせるのが一番です」
「大人の管理術!」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還時間シード
現在階層:10F突破後の拠点会議
クラス:帰還者見習い
総死亡回数:1056回
攻略方針:見られない/隣接しない/未識別を信じない
時間停止対策:準備中
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【死亡対象上書き Lv.1】
【千回死亡条件破壊 Lv.1】
【死亡ログ返還 Lv.1】
【神様案内警戒 Lv.2】
【帰還座標仮視認 Lv.2】
【記憶擬態識別 Lv.1】
【現実擬態フロア警戒 Lv.1】
【帰宅線形成 Lv.2】
【時間不一致警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
更新:【未識別杖確認 Lv.1】→【未識別杖確認 Lv.2】
新規獲得:【停止前仕込み予備 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
九十九階と五秒停止予定を聞いて神様に抗議した。
ログル
杖の仕様と時間停止ルールを整理した。
ベル
アドミニスの説明不足を会議で詰めた。
ネム
死亡受付票の項目を専門化している。
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