停止剣士――一秒で足りる
十階で出たのは、一秒だけ止めてくる剣士。
杖は振れば基本必中。でも未識別を信じると、必中で地獄を呼ぶ。
封印ではなく招待でした。
十階に降りた時、廊下は急に静かになった。
壁も床も、白い石でできている。時計はない。チャイムもない。だから安全、とは思わない。コヨリはもう、時計がない時間フロアほど怪しいと学び始めていた。
通路の奥に、剣を持った人影が立っている。鎧は軽く、兜の額に小さな砂時計がついていた。
【警告】
【停止剣士】
【停止時間:一秒】
「一秒停止?」
「勇者様側の一秒を停止し、その一秒の間に発動者だけが行動します」
「一秒なら......」
「油断しないでください」
「分かってる。分かってるけど、一秒って、くしゃみしたら終わる長さだよ?」
コヨリは一歩近づいた。停止剣士も一歩近づく。まだ距離は二マス。剣士の砂時計が、かちりと止まった。
音が消える。
ログルの宝石の光も止まる。コヨリの瞬きも途中で止まる。動けない。声も出ない。ただ、停止剣士だけが滑るように近づいた。
一秒。
剣が、肩から斜めに入った。
【死亡ログ】
【死亡回数:1054回目】
【死因:一秒止められて一方的に斬られた】
【評価:一秒あれば幼女勇者は死にます】
拠点で起きたコヨリは、両腕を振り回した。
「一秒!? 一秒で死ぬの!? わたしの耐久、砂糖菓子!?」
「初期HP15では厳しいです」
「でも、くしゃみ一回分だよ!?」
「剣士にとっては攻撃一回分です」
「一秒の価値観が暴力寄り!」
再挑戦では、コヨリは近づかない。拾った石を投げる。外れた。投げた物は外れる。床を転がった石の音に、停止剣士がこちらを向く。
「投げたら外れるの!?」
「投擲です。必中ではありません」
「杖は?」
「振れば、射線が通っている限り基本必中です」
「杖すごい! 杖を信じる!」
コヨリは未識別の杖を構えた。木札には、自分でつけた仮名がある。
【たぶん封印】
「ログル、これ封印杖かな」
「未識別です。危険です」
「でも今振らないと、一秒で斬られる!」
コヨリは振った。効果は必中だった。
停止剣士が、目の前に引き寄せられた。
「来た!」
「引き寄せの杖です」
「来なくていいいいいいいいいい!」
停止剣士の砂時計が止まる。隣接状態。一秒。剣が振られる。
【死亡ログ】
【死亡回数:1055回目】
【死因:封印杖だと思って未識別の引き寄せの杖を振り、停止剣士を目の前に呼んだ】
【評価:止めるつもりで呼びました】
三度目。コヨリは杖に仮名をつけ直した。
【これは引き寄せ。絶対振るな】
「ログル、学習した」
「はい。非常に重要です」
「杖の効果は当たる。だから中身を間違えると、必中で地獄」
「正確です」
次に拾った杖は、今度こそ封印だった。コヨリは通路の角から射線だけを通し、停止剣士がこちらを見る前に振った。
【封印成功】
【停止剣士:停止時間使用不可】
「止まらない敵になった!」
「普通に剣を持っています」
「普通の暴力は、まだ人間のルール!」
停止剣士は接近してきたが、コヨリは角を回り、石ではなく魔法の小矢で削った。相手に視界を取らせない。近づかれたら一歩引く。攻撃ではなく、見られない位置取りが命になる。
剣士が倒れ、砂時計の兜が床に転がる。
停止剣士を倒したあと、コヨリは床に座り込みたくなった。座るのも一手だから、我慢した。かわりに壁へ背中をつけ、呼吸だけ整える。
「ログル。時間停止って、止められてる間に痛いって思える?」
「停止中は思考もかなり鈍ります。痛みを自覚するのは解除後、または死亡処理後です」
「つまり、気づいたら斬られてる」
「はい」
「ひどい。ひどいけど、ちょっとだけ救いがあるのもひどい」
コヨリは、拾った未識別杖に自分で名前を書く時、今までより丁寧に書いた。
【引き寄せ。危険。封印じゃない】
それでも不安で、もう一度大きく書き足す。
【振るな】
「これなら間違えない」
「混乱状態では読めない可能性があります」
「さらに油性ペンで心に書く!」
通路の奥に、もう一本の杖が落ちていた。拾いたい。だが、拾うためには停止剣士の落とした砂時計兜の横を通る必要がある。コヨリは、拾う前に一度距離を測った。
「二マス空ける」
「はい」
「射線を見る」
「はい」
「名前を書く」
「はい」
「杖、もはや宿題より慎重」
そのあと、コヨリは停止剣士のいた通路を振り返った。たった一秒。けれど、そこには確かに、考える時間を奪われる怖さがあった。
「ログル、わたし、いつも相談しながら進んでたんだね」
「はい」
「相談できないだけで、すごく怖い」
「停止系の敵は、勇者様の判断時間を奪います」
「神様、わたしの命だけじゃなくて相談時間まで課金制にしてきた」
コヨリは、次の階へ進む前に小さく決めた。止められてから考えない。止められる前に考える。敵の名前が見えたら、距離、射線、杖、逃げ道を先に見る。
「一秒止める敵でこれなら、三秒とか五秒とか、想像したくない」
「いずれ出ます」
「想像したくないって言ったのに、未来を確定させないで!」
【新規獲得:一秒停止警戒 Lv.1】
停止剣士の落とした砂時計兜は、拾おうとするとさらさらと砂をこぼした。使えそうに見える。装備できそうにも見える。だからコヨリは、まず一歩下がった。
「ログル、拾ったら?」
「一秒停止を一度だけ防げる可能性があります」
「可能性」
「ただし、呪われている場合、勇者様の思考猶予が一秒削られます」
「防具なのに考える時間を盗むな!」
コヨリは兜を拾わず、杖の先で軽くつついた。砂が逆流する。拾わなくてよかった、と全身で思った。便利そうなものほど、手に取った瞬間に所有者を選び始める。
「拾う一手で死ぬやつ、何回見ても腹立つ」
「拾う前に見たので、今回は死因になりません」
「えらい!」
「かなりえらいです」
褒められると、コヨリは少しだけ胸を張った。八歳ぐらいの体で、砂時計兜を拾わなかっただけで胸を張る勇者。絵面は地味だが、本人にとっては大勝利だった。
通路の先では、停止剣士の残響みたいな影がまだ揺れていた。一秒。たった一秒。けれど、その一秒があれば、剣は届く。声は出ない。ログルも止まる。
「ログル、停止中、わたしの心の中は動く?」
「感覚は残る可能性があります。ただし、判断を行動に移せません」
「分かってても動けないの、いちばん嫌」
「はい」
コヨリは、さっき死んだ場所に小石を置いた。目印だ。そこに立つと、次も死ぬ。通路の曲がり角から二マス。剣士の射程。見た目にはただの石ころでも、コヨリには墓標に近い。
「ここ、だめ」
「はい」
「この一マス、もう嫌い」
「地図に赤で記録します」
赤い×が増える。嫌な地図だ。でも、その×印があるから次に避けられる。コヨリは、赤い印をにらみながら階段へ向かった。
「停止系、今後もっと出るんだよね」
「はい」
「じゃあ、今のうちに決める。名前が停止っぽかったら、近づかない。かわいくても近づかない。宝箱の横にいても近づかない」
「最後が重要です」
「宝箱、ほんと敵!」
【新規獲得:未識別杖確認 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還時間シード
現在階層:10F突破
クラス:帰還者見習い
総死亡回数:1056回
時間停止系エネミー:初確認
帰宅線:維持
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【死亡対象上書き Lv.1】
【千回死亡条件破壊 Lv.1】
【死亡ログ返還 Lv.1】
【神様案内警戒 Lv.2】
【帰還座標仮視認 Lv.2】
【記憶擬態識別 Lv.1】
【現実擬態フロア警戒 Lv.1】
【帰宅線形成 Lv.2】
【時間不一致警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【一秒停止警戒 Lv.1】
新規獲得:【未識別杖確認 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
停止剣士に一秒止められて死んだ。未識別の引き寄せ杖でも死んだ。
ログル
杖は振れば基本必中だが、未識別誤認が危険だと説明した。
停止剣士
一秒停止を使う序盤の理不尽敵。封印されると普通の剣士になる。
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