時間ダンジョン入口――99Fです
帰還門の先は、玄関ではなく時計塔だった。
時間因子を合わせるためのダンジョンは、まさかの99F。
セーブと最新時刻を信じると、だいたい死ぬ。
帰還門の向こうに見えた玄関は、次に開いた時、玄関ではなく時計塔になっていた。
石造りの丸いホール。天井まで届く柱には、針の長い時計、数字だけが光る時計、学校の廊下にあったような四角い時計、ゲーム機の画面みたいなセーブ時刻、知らない町の電光掲示板まで貼りついている。どれも音を立てているのに、ひとつとして同じ時刻を示していない。
「ログル」
「はい」
「時計、多くない?」
「多いです」
「家に帰るのに、時計の面接ある? わたし、八歳ぐらいの見た目で、時計の圧迫面接を受ける予定は人生に入れてなかったよ?」
「今回は時間因子の照合です。座標が近づいたため、帰る日、帰る時刻、帰る前後の記録を合わせる必要があります」
「帰宅が急に大学入試になってるううううううううううううう!」
叫んだ瞬間、床の一マスがかちりと沈んだ。
【基本ローグライクスキル起動】
【一手一動】
【帰還時間シード:一階】
【到達目標:九十九階】
「九十九階!?」
コヨリは足元を見た。透明な床に、細い文字が浮いている。
【セーブ時刻床】
「セーブって書いてある」
「勇者様、踏まないでください」
「もう踏んだあとに言うの、神様の教育が行き届いてるね! 悪い意味で!」
次の瞬間、ホールがひっくり返った。コヨリは自室に似た小さな部屋へ落ちる。机の上にはゲーム機があり、画面には『つづきから』の文字。思わずボタンへ手を伸ばした瞬間、部屋の壁が閉じてきた。
「ログル! これ、わたしの部屋じゃない! ゲームのセーブ時刻だけが本物っぽい!」
「はい。人生の帰還時刻とは別です」
「ゲームのセーブを人生に混ぜるなああああああああああ!」
【死亡ログ】
【死亡回数:1050回目】
【死因:セーブ時刻床を安全地帯だと思って踏んだ】
【評価:ゲームのセーブと人生の帰宅は別です】
拠点に戻ったコヨリは、床に大の字で転がった。
「セーブって言葉を信じただけなのに」
「この世界の神様が作ったセーブです」
「信用ゼロ!」
再挑戦では、コヨリはセーブ時刻床を避け、隣の床へ移った。今度は『最新時刻』と書かれている。さっきより安全に見える。だからこそ怪しい。コヨリは杖の先でつついた。
床が爆発した。
「つついただけ!」
「一手です」
「つつく一手で爆発は心が狭い!」
【死亡ログ】
【死亡回数:1051回目】
【死因:最新時刻床を杖で確認して爆発させた】
【評価:最新が安全とは限りません】
三度目。コヨリは、時計塔の入口に戻ってもすぐ歩かなかった。床、壁、時計、影。全部を見る。時間の文字は、読めるものほど危ない。読めないものほどもっと危ない。ひどい二択だ。
「ログル、踏んでいい床だけ教えて」
「現在、踏んでいい床はありません」
「入口から詰んでる!」
「違います。時計の針が重なるまで待てば、一マスだけ安全床になります」
「待つのも一手?」
「今回は待機行動です」
コヨリは唇を引き結んだ。動きたい。逃げたい。けれど、針が重なる一瞬まで待つ。
かちり。
床の一マスが、薄い青に光った。
「今!」
コヨリは飛び込んだ。時計塔の奥に階段が現れる。階段には、意地の悪い文字が刻まれていた。
【二階へ】
【九十九階まで、あと九十七階】
「神様ァ! 家に帰るだけなのに長すぎるううううううううううううう!」
ログルは何も言わなかった。ただ、宝石に新しい文字を浮かべる。
階段へ向かう途中、コヨリは壁に貼られた時計のひとつをにらんだ。数字は読める。読めるが、読むたびに違う。十二時、七時、二十三時、そして『昨日』。
「ログル、時計に昨日って表示されることある?」
「普通はありません」
「普通じゃないのは知ってる。でも、時計が日付を名乗るのは職務範囲外だと思う」
「時間因子が混線しています」
「混線してるなら修理してから勇者を入れて! 工事中のダンジョンに幼女を流すな!」
壁の時計が、じり、と音を立てた。針がコヨリの方を向く。見られている。そう感じた瞬間、コヨリは目をそらした。
「見ちゃだめ?」
「時計の視線に反応する床があります」
「時計が視線を持つな!」
足元には、薄い文字がある。さっきは見落とした。
【現在確認床】
【見た時刻を正しいと思うと固定】
コヨリは、床の端を杖で囲むようになぞった。踏むのではなく、覚える。セーブ、最新、現在。全部、言葉だけは安全そうで、中身が違う。
「名前が優しいものほど危ない」
「このシードでは、特にそうです」
「じゃあ、神様の『大丈夫』も?」
「かなり危険です」
「ログルが言い切った!」
階段に足をかける直前、コヨリはもう一度だけ時計塔を見上げた。時計たちはまだばらばらに鳴っている。けれど、最初より少しだけ怖くない。全部を信じなければいい。全部を疑って、必要なものだけ見る。
「ログル、次から時計を見たら怒るかも」
「怒っても構いません。確認はしてください」
「怒りながら確認する」
「はい」
【新規獲得:セーブ時刻疑い Lv.1】
階段へ向かう前、コヨリは一度だけ荷物を開いた。手持ちは、短い杖が二本、パンがひとつ、識別済みの小石袋、それから前の階で拾った札が一枚。札には【最新】と書かれている。最新。いかにも正解っぽい。だから、ものすごく嫌だった。
「ログル、最新って書いてある札、信じていい?」
「このダンジョンで最新という単語は、勇者様にとって安全ではありません」
「最新なのに安全じゃないの、アップデート失敗したゲームみたいで怖い!」
「最新時刻は、勇者様が消えた後の時刻を指す可能性があります」
「家に帰るつもりで未来に飛ばされるやつ! それ、帰宅じゃなくて迷子の高度化!」
コヨリは札を床に置き、拾わずに名前だけ地図へ写した。持たない。使わない。でも忘れない。未識別の道具と同じで、危ないものは捨てれば終わりではない。次に別の形で出てきた時、同じ顔で笑っている。
壁の時計が、また一斉に鳴った。音はばらばらなのに、コヨリの心臓だけは同じ拍子で急かされる。急がないと帰れない。急ぐと死ぬ。そういう悪い二択を、時間そのものが押しつけてくる。
「ログル、わたし、早く帰りたい」
「はい」
「でも、早くって言葉も危ないんだよね」
「はい。早すぎる帰還は、勇者様の現在を消す可能性があります」
「帰りたい気持ちまで罠にするなああああああああああああああ!」
叫んだあと、コヨリは口を両手で押さえた。声も行動判定になるかもしれない。時計の針が一つ、ぴくりと動く。
「今の叫びは?」
「ぎりぎり非戦闘領域です」
「戦闘領域だったら?」
「一手進んでいました」
「感情にも安全地帯が必要!」
コヨリは、地図の隅に大きく書いた。
【早い、最新、現在、セーブ。全部疑う】
書いた文字を見てから、少しだけ顔をしかめる。疑ってばかりだ。でも、疑うことは諦めることではない。帰るために、正しい時刻だけを探すことだ。
「よし。疑うけど、帰る」
「はい。疑いながら進みましょう」
「言い方、ちょっと悪役みたい」
「生存率は上がります」
「じゃあ採用!」
【新規獲得:時計床確認 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還時間シード
現在階層:1F突破
クラス:帰還者見習い
総死亡回数:1052回
安定因子:名前/記憶/縁/扉/座標(仮)
未攻略因子:時間
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【死亡対象上書き Lv.1】
【千回死亡条件破壊 Lv.1】
【死亡ログ返還 Lv.1】
【神様案内警戒 Lv.2】
【帰還座標仮視認 Lv.2】
【記憶擬態識別 Lv.1】
【現実擬態フロア警戒 Lv.1】
【帰宅線形成 Lv.2】
【時間不一致警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【セーブ時刻疑い Lv.1】
新規獲得:【時計床確認 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
セーブ時刻床と最新時刻床で二回死んだ。時計を信じる心が少し減った。
ログル
セーブと帰宅時刻は別だと説明した。説明のタイミングはやや遅い。
アドミニス
直接出てこないが、時計塔の設計疑惑が濃い。
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