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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第26章 帰還座標シード――ただいまの声は罠

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時間シード入口――帰れる日はまだ違う

玄関の気配が、少しだけ見えました。

でも、帰る場所と帰る日は別です。

次は、神様の時計を疑います。

 帰還門が、ほんの少しだけ開いた。


 今までの偽玄関とは違う。コヨリの記憶を雑に混ぜた部屋でも、声で誘うミミックでもない。白い光の向こうに、遠い玄関の気配がある。見えないのに、分かる。あそこには、ただいまと言っていい空気がある。


 コヨリは、一歩近づいた。


 足元のマス目は青い。ログルの宝石も、強い警告は出していない。アドミニスは黙っている。今は言葉を選んでいるようだった。


「ログル」

「はい」

「近い?」

「座標は、かなり近いです」

「本物?」

「偽座標反応は、ほとんどありません」

「じゃあ」


 コヨリの喉に、あの言葉が上がってきた。


 ただいま。


 言いたい。今度こそ。偽物には言わなかった。取っておいた。だから、ここで言いたい。


 ログルが、静かに前足を伸ばした。


「勇者様」

「なに」

「時間が、合っていません」


 コヨリの足が止まった。


「時間?」

「はい。座標は近いです。しかし、帰還先の時刻が揺れています」

「何時間くらい?」

「読めません」

「何日?」

「読めません」

「何年?」

「可能性から消せません」


 白い光の向こうで、玄関の気配が揺れた。近いのに遠い。ドアの前に立っているのに、ドアの向こうが昨日なのか、明日なのか、何年も先なのか分からない。


「神様」

「......うん」

「場所だけ合って、日が違った勇者がいるって言ったよね」

「言った」

「今、わたし、それになりかけてる?」

「可能性はある」


 いつもの軽い言い方は出なかった。アドミニスは、言えば怒られると分かっている顔をしていた。


「今入ったら、どうなる?」

「分かりません。召喚直後に戻るかもしれません。元世界では数時間しか経っていないかもしれません。何年も経っている可能性もあります。最悪、勇者様の名前と座標は合っていても、帰る日だけが別人になります」

「別人」

「はい」


 コヨリは、手を胸に当てた。


 天野(あまの)こより。勇者コヨリ。千回以上死んだ自分。帰りたい自分。ログルと一緒にここまで来た自分。


 帰る日を間違えたら、どの自分が帰るのか分からない。


 白い光の向こうから、ほんの少しだけ声がした気がした。


 おかえり。


 コヨリは唇を噛んだ。


「言わない」

「勇者様」

「まだ言わない。座標が近くても、日が違うなら、まだ言わない」


 ログルの宝石が、やわらかく光った。


【時間因子:未攻略】

【時間シード入口:開放】


 帰還門の横に、新しい扉が現れる。時計の針が何本も重なったような扉だった。長針と短針が逆回転し、秒針だけが一手ごとに進んでいる。


「神様の地図の次は、神様の時計」

「はい」

「時計って、普通は人を殺さないよね」

「普通は」

「普通じゃないんだね」

「かなり」


 アドミニスが、小さく手を上げた。


「勇者ちゃん。時間シードは、座標シードより危険かもしれない」

「でしょうね!」

「でも、座標が取れたから、次は時間を合わせられる」

「それ、最初からセットで用意して」

「......はい」


 コヨリは帰還門を見た。開きかけた玄関の気配は、ゆっくり閉じていく。寂しい。悔しい。でも、前より近い。


「帰れませんでした」

「うん」

「でも、近づきました」

「うん」


 コヨリは、帰還門の前で小さく拳を握った。


「ただいまは、まだ言わない」

「はい」

「本物の場所で、本物の日に言う」

「はい」

「だから次、時計を攻略する」


 時計の扉が、かちりと鳴った。


【帰還座標シード:攻略完了】

【座標因子:仮安定】

【総死亡回数:1050回】

【時間シード入口:開放】


 ログルの宝石に、小さな文字が浮かんだ。


【成功ログ:偽物のただいまを拒否した】


 コヨリは、それを見て少しだけ笑った。


 時間シード入口の光は、これまでのどのフロアよりも静かだった。現実世界に似た騒がしさも、偽の声もない。代わりに、遠くで時計の針が重なり合う音がする。かち、かち、かち。三つも四つも、別々の速さで。


「音が多い」

「時間候補が重なっています」

「候補って言い方、嫌」

「帰還日時が未確定です」

「もっと嫌」


 帰還門の奥には、玄関らしい光が見えた。偽玄関とは違う。床が呼吸していない。マットも口を開けない。空気の温度も、食べ物の匂いも、作られた甘さではない。


 だからこそ、コヨリは動けなかった。


「ログル」

「はい」

「これ、本物っぽい」

「はい。座標はかなり近いです」

「じゃあ」

「時間が合っていません」


 その言葉は、静かなのに重かった。


 アドミニスの窓が、今度は門の外側に開く。白い光を背負った顔は、疲れて見えた。


「きみの世界へ戻るには、座標と時間を両方合わせる必要がある。場所だけ合っても、きみが消えた直後に戻れるとは限らない」

「何年も後とか?」

「可能性はある」

「何年も前とか?」

「ある」

「わたしがいないことになってる日とか?」

「......ある」


 コヨリは、拳を握った。


「神様ァ」

「うん」

「帰還条件、重すぎる! 最初に『魔王倒したら帰れる』って言った時のノリ、どこ行ったの! 剣と魔法と仲間と魔王って言ったじゃん! 時間合わせとか、アニメでよくあるやつじゃなかったよ!」

「ごめん。本当に、ごめん」


 謝罪の声に、いつもの軽さはなかった。だからといって許せるわけではない。コヨリは怒ったまま、門を見る。


 奥から、かすかに声が聞こえた気がした。


「こより」


 今度の声は、擬態の甘さがない。近い。遠い。どちらとも言えない。


 コヨリの喉が動く。


「た......」


 ログルが、隣で小さく首を振った。止めるためではない。約束を思い出させるために。


 ただいまは、本物まで。


 コヨリは口を閉じた。涙が一粒だけ落ちる。足元の光の線が、消えずに残った。


「言わない」

「はい」

「でも、忘れない」

「はい」


 門の前には、透明な床が一マスだけ伸びていた。ログルが宝石を光らせる。


「勇者様。試験的に一マスだけ踏めます。ただし、時間反動が来ます」

「死ぬ?」

「可能性があります」

「可能性がある時はだいたい死ぬ」

「否定しにくいです」


 コヨリは笑った。泣いているのに、少しだけ笑った。


「じゃあ、踏む」

「止めません」

「止めてよ、そこは」

「止めても、勇者様は踏むと思います」

「よく分かってる」


 コヨリは透明な一マスに足を置いた。世界が、かちりと鳴る。玄関の光が近づき、同時に遠ざかる。時計の針が逆に回り、進み、折れ、増える。


「うわ、時間、気持ち悪い!」

「勇者様、戻ります!」


 ログルの声が遠くなる。アドミニスの窓が割れるように揺れた。コヨリは最後に、玄関の奥の明かりだけを見た。


 まだ帰れない。


 でも、見えた。


 白い光が落ちる直前、コヨリは叫んだ。


「神様の時計も、絶対攻略してやるからあああああああああああああああ!」


 拠点の床に転がった時、ログルの宝石には静かな文字が浮かんでいた。


【時間シード入口:開放】

【座標因子:仮安定】

【未攻略因子:時間】


 コヨリは仰向けのまま、天井を見た。


「ログル」

「はい」

「家、見えた」

「はい」

「じゃあ、次は日付」

「はい」


 怖い。けれど、遠くなかった。もう、何も見えない場所を走っているわけではない。


 帰る道は、線になった。あとは、帰る日を見つけるだけだ。


 ネムは、転がってきたコヨリの前に受付票を置いた。


「死亡処理ではありません。時間反動による強制帰還です」

「死んでない?」

「死んではいません。ただし、気持ちはだいぶ削れています」

「受付が正確」


 ログルはコヨリの額に前足を乗せた。


「熱はありません。記憶欠損もありません。帰宅線も残っています」

「よかった」

「ただ、時間因子への接触で、新しい警戒が必要です」

「またスキル?」

「はい。【時間不一致警戒 Lv.1】です」

「神様の時計を疑うスキルだね」

「だいたい合っています」


 コヨリは起き上がり、帰還門を見た。さっき見えた玄関の光はもうない。でも、見たという事実だけは残っている。


「次は日付も攻略する」


 ログルだけが小さく尻尾を振った。

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還座標シード攻略完了

クラス:帰還者見習い

総死亡回数:1050回

安定因子:名前/記憶/縁/扉/座標(仮)

未攻略因子:時間

時間シード入口:開放

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【一フレームの神様 Lv.3】

【死亡対象上書き Lv.1】

【千回死亡条件破壊 Lv.1】

【死亡ログ返還 Lv.1】

【神様案内警戒 Lv.2】

【帰還座標仮視認 Lv.2】

【記憶擬態識別 Lv.1】

【現実擬態フロア警戒 Lv.1】

【帰宅線形成 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【時間不一致警戒 Lv.1】

更新:【帰宅線形成 Lv.1】→【帰宅線形成 Lv.2】


【登場人物紹介】

コヨリ

本物に近い玄関を見たが、時間が合わないため踏みとどまった。


ログル

座標は近いが時間が違うと止めた。成功ログを出した。


アドミニス

時間シードの危険を認めた。今度は少しだけ説明が早い。


ベル

発言権管理で主神を制御している。今回は影で効いている。


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