帰還座標は住所じゃない
座標因子が、ようやく形になりました。
でも、それは住所ではありません。
帰る場所は、点ではなく線でした。
拠点の帰還門建設予定地に、細い光の線が浮かんでいた。
線はまっすぐではない。途中で何度も曲がり、分かれ、また重なる。家の玄関に似た光、通学路に似た光、学校の廊下に似た光、自室の机に似た光。そのどれもが少しずつ混ざり、最後に一本の帰り道になっている。
「住所じゃないんだ」
「はい」
ログルは反省会テーブルではなく、帰還門の前に立っている。宝石には、さっき記録した文字が静かに残っていた。
【元世界座標候補:天野こよりの帰宅線】
「家って、点じゃないの?」
「住所としては点に近いです。でも、帰還座標としては、名前、記憶、縁、扉、そして勇者様の帰る意思が重なった線になります」
「神様、こういう大事なこと、なんで最初に言わないの」
白い窓が開く。アドミニスは、今度は笑っていなかった。
「僕も、最初は住所で十分だと思っていた」
「思っていた?」
「過去の勇者で、場所だけ合わせた例がある。家には着いた。でも、名前がズレていた。家族が、その人をその人として認識しなかった」
「......」
「時間だけズレた例もある。場所は合っていた。でも、帰った日が違った」
「神様」
コヨリの声は静かだった。だから、アドミニスは余計に姿勢を正した。
「はい」
「そういうの、先に言って」
「はい」
「怖い話を、あと出ししないで」
「はい」
ベルが横から書類を差し出した。
「主神様、今の発言は後出し情報として記録いたしました」
「ベルさん、いつからいたの」
「重要な失言の匂いがしましたので」
「すごい嗅覚」
ゼルドは帰還線を眺めながら、腕を組んだ。
「しかし、住所ではなく線というのは納得できる。余の魔王城も、玉座だけでは城ではない。通路、部下、執務室、苦情書類、全部含めて魔王城だ」
「苦情書類も含むんだ」
「含む。悲しいが、含む」
ネムが死因ログ棚から顔を出した。
「死亡記録側でも、座標因子の反動ログが落ち着いています。おめでとうございます。死に方の種類が一つ減ったかもしれません」
「言い方はあれだけど、ありがとう」
「ただし、時間不一致でまた死ぬ可能性は高いです」
「言い方!」
ログルの宝石に、次の表示が浮かんだ。
【安定因子:名前/記憶/縁/扉/座標(仮)】
【未攻略因子:時間】
コヨリは、その最後の文字を見て顔をしかめた。
「時間」
「はい」
「次は時計?」
「おそらく」
「神様の地図の次は、神様の時計を疑う」
「とても正しい判断です」
アドミニスが反論しかけ、ベルに書類で制された。
「発言権はまだ戻っておりません」
「はい」
コヨリは少しだけ笑った。偽物の家には入らなかった。でも、帰る道は見えた。
拠点に戻ると、帰還門建設予定地の床に、細い光の線が残っていた。まっすぐではない。何度も曲がり、ところどころで震え、消えかけている。それでも、確かにどこかへ向かっている。
「これが、帰宅線?」
「はい。まだ仮ですが」
「仮でも、見えるんだ」
ログルは、いつもの死因ログとは別に、成功ログ棚を開いた。棚板は一枚から三枚へ増えている。ネムが眠そうな顔で、でも少しだけ誇らしげに言う。
「成功ログ棚、増設しました」
「ネム!」
「死亡ログの勢いには負けます」
「そこは言わないで!」
ベルは帰還因子の整理表を作っていた。名前、記憶、縁、扉。そして、座標の欄に「仮安定」と書き込む。
「住所だけでは足りませんでしたね」
「うん。家の場所だけじゃ、偽物に引っかかる」
「帰る相手、帰る意思、言葉の保留、偽物を拒む判断。すべて座標に含まれるようです」
「住所欄にそんなに書けないよ」
「異世界の住所票は欄が広いのでしょう」
「広くても嫌!」
ゼルドが光の線を見下ろし、低く言った。
「勇者よ。魔王城の座標なら、石碑と地図で済む。だが、帰る家はそうはいかぬのだな」
「魔王さんの城、地図で済むんだ」
「たまにシードで移動するがな」
「済んでないじゃん!」
リュシアは、帰還門の横に小さな椅子を置いた。コヨリ用だ。
「疲れたら座りな。帰り道を作るのに、立ちっぱなしじゃ足がもたないわ」
「ありがとう。でも、椅子がミミックじゃないか確認していい?」
「いいわよ。むしろ確認しなさい」
「信頼できる大人!」
コヨリは椅子を小石でつついた。噛まない。呼吸しない。安全。座ると、足の力が抜けた。
アドミニスの白い窓が、帰還門の上に開いた。今回は、軽い笑顔ではなかった。
「勇者ちゃん。過去にも、座標まで近づいた勇者はいた」
「......その人たちは?」
「場所は合った。でも、時間が合わなかった。帰った家に、待っている人がいなかったり、まだ生まれる前だったり、何年も後だったりした」
コヨリは椅子の縁を握った。怒鳴りたい。けれど、声が出るまでに少し時間がかかった。
「神様」
「うん」
「それも、先に言って」
「ごめん」
「ごめんで済むことじゃない。でも、聞かなきゃ次に進めないから、聞く」
ログルが、そっとコヨリの膝に前足を乗せた。
「勇者様、座標因子は仮安定しました。次は、時間因子です」
「時間」
「はい。帰る場所だけでなく、帰る日を合わせる必要があります」
帰還門の光が、少しだけ強くなる。線の先に、玄関のような形が見えた。けれど、その奥で時計の針が何本もばらばらに回っている。
「ログル」
「はい」
「神様の地図の次は、神様の時計を疑う」
「とても正しい判断です」
アドミニスが何か言いかけたが、ベルが無言で抗議書を一枚掲げたので、口を閉じた。
コヨリは、壁の【帰る】の下に新しい文字を書いた。
【場所だけじゃだめ。日付も見る】
字は少し曲がっていた。でも、消えなかった。
ログルは帰宅線の横に、小さな注釈を浮かべた。
【住所ではない】
【家族そのものでもない】
【帰る意思を含む】
コヨリはそれを見て、頬をかいた。
「住所じゃないなら、学校の連絡帳に書けないね」
「連絡帳に帰宅線を書く児童は少ないと思います」
「先生に見せたら、保健室に連れていかれそう」
「かなり心配されます」
ミネルが眼鏡を押し上げた。
「帰還座標とは、物理座標、記憶座標、感情座標、縁座標を複合した多層的な」
「短く」
「家は、地図だけでは表せません」
「最初からそれ言って!」
コヨリはその短い説明を気に入り、壁に書き足した。
【家は地図だけじゃない】
文字の下で、帰宅線が小さく明滅した。
帰還門の横で、アドミニスが小さく言った。
「勇者ちゃん、座標因子は、きみが失敗しながら見つけたものだ」
「失敗って言うと、だいたい死んでるんだけど」
「うん。でも、死因ログだけじゃなくて、選び直した一手も残ってる」
コヨリは成功ログ棚を見た。まだ少ない。でも、ゼロじゃない。
「じゃあ、次は成功ログ多めで」
「努力します」
「神様も努力する側だからね」
「はい」
帰還門の光は、壁の文字を淡く照らしている。コヨリはその光を見ながら、まだ遠いけれど、もう真っ暗ではないと思った。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還座標シード攻略後
クラス:帰還者見習い
総死亡回数:1050回
安定因子:名前/記憶/縁/扉/座標(仮)
未攻略因子:時間
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【神様案内警戒 Lv.2】
【帰還座標仮視認 Lv.2】
【帰宅願望保持 Lv.1】
【偽記憶拒否 Lv.1】
【帰宅願望擬態警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【帰宅線形成 Lv.1】
統合:【手招き警戒】【返事保留】【親友擬態識別】【母声ごはん警戒】【抱擁距離警戒】→【記憶擬態識別 Lv.1】
統合:【遊び誘導警戒】【校則罠警戒】【泣き声混乱警戒】【食卓モンスターハウス警戒】→【現実擬態フロア警戒 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
座標因子が住所ではなく帰宅線だと知った。次は時間を疑う。
ログル
帰宅線を記録し、保証できないことを正直に伝えた。
アドミニス
過去勇者の失敗例を開示。後出しでまた怒られた。
ベル
主神の失言を即座に記録する秘書。今回も強い。
ゼルド
魔王城を例にして座標の考え方を補足した苦労人魔王。
ネム
座標因子反動ログの落ち着きを確認した死神。言い方はいつも通り。
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