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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第26章 帰還座標シード――ただいまの声は罠

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帰還座標は住所じゃない

座標因子が、ようやく形になりました。

でも、それは住所ではありません。

帰る場所は、点ではなく線でした。

 拠点の帰還門建設予定地に、細い光の線が浮かんでいた。


 線はまっすぐではない。途中で何度も曲がり、分かれ、また重なる。家の玄関に似た光、通学路に似た光、学校の廊下に似た光、自室の机に似た光。そのどれもが少しずつ混ざり、最後に一本の帰り道になっている。


「住所じゃないんだ」

「はい」


 ログルは反省会テーブルではなく、帰還門の前に立っている。宝石には、さっき記録した文字が静かに残っていた。


【元世界座標候補:天野こよりの帰宅線】


「家って、点じゃないの?」

「住所としては点に近いです。でも、帰還座標としては、名前、記憶、縁、扉、そして勇者様の帰る意思が重なった線になります」

「神様、こういう大事なこと、なんで最初に言わないの」


 白い窓が開く。アドミニスは、今度は笑っていなかった。


「僕も、最初は住所で十分だと思っていた」

「思っていた?」

「過去の勇者で、場所だけ合わせた例がある。家には着いた。でも、名前がズレていた。家族が、その人をその人として認識しなかった」

「......」

「時間だけズレた例もある。場所は合っていた。でも、帰った日が違った」

「神様」


 コヨリの声は静かだった。だから、アドミニスは余計に姿勢を正した。


「はい」

「そういうの、先に言って」

「はい」

「怖い話を、あと出ししないで」

「はい」


 ベルが横から書類を差し出した。


「主神様、今の発言は後出し情報として記録いたしました」

「ベルさん、いつからいたの」

「重要な失言の匂いがしましたので」

「すごい嗅覚」


 ゼルドは帰還線を眺めながら、腕を組んだ。


「しかし、住所ではなく線というのは納得できる。余の魔王城も、玉座だけでは城ではない。通路、部下、執務室、苦情書類、全部含めて魔王城だ」

「苦情書類も含むんだ」

「含む。悲しいが、含む」


 ネムが死因ログ棚から顔を出した。


「死亡記録側でも、座標因子の反動ログが落ち着いています。おめでとうございます。死に方の種類が一つ減ったかもしれません」

「言い方はあれだけど、ありがとう」

「ただし、時間不一致でまた死ぬ可能性は高いです」

「言い方!」


 ログルの宝石に、次の表示が浮かんだ。


【安定因子:名前/記憶/縁/扉/座標(仮)】

【未攻略因子:時間】


 コヨリは、その最後の文字を見て顔をしかめた。


「時間」

「はい」

「次は時計?」

「おそらく」

「神様の地図の次は、神様の時計を疑う」

「とても正しい判断です」


 アドミニスが反論しかけ、ベルに書類で制された。


「発言権はまだ戻っておりません」

「はい」


 コヨリは少しだけ笑った。偽物の家には入らなかった。でも、帰る道は見えた。


 拠点に戻ると、帰還門建設予定地の床に、細い光の線が残っていた。まっすぐではない。何度も曲がり、ところどころで震え、消えかけている。それでも、確かにどこかへ向かっている。


「これが、帰宅線?」

「はい。まだ仮ですが」

「仮でも、見えるんだ」


 ログルは、いつもの死因ログとは別に、成功ログ棚を開いた。棚板は一枚から三枚へ増えている。ネムが眠そうな顔で、でも少しだけ誇らしげに言う。


「成功ログ棚、増設しました」

「ネム!」

「死亡ログの勢いには負けます」

「そこは言わないで!」


 ベルは帰還因子の整理表を作っていた。名前、記憶、縁、扉。そして、座標の欄に「仮安定」と書き込む。


「住所だけでは足りませんでしたね」

「うん。家の場所だけじゃ、偽物に引っかかる」

「帰る相手、帰る意思、言葉の保留、偽物を拒む判断。すべて座標に含まれるようです」

「住所欄にそんなに書けないよ」

「異世界の住所票は欄が広いのでしょう」

「広くても嫌!」


 ゼルドが光の線を見下ろし、低く言った。


「勇者よ。魔王城の座標なら、石碑と地図で済む。だが、帰る家はそうはいかぬのだな」

「魔王さんの城、地図で済むんだ」

「たまにシードで移動するがな」

「済んでないじゃん!」


 リュシアは、帰還門の横に小さな椅子を置いた。コヨリ用だ。


「疲れたら座りな。帰り道を作るのに、立ちっぱなしじゃ足がもたないわ」

「ありがとう。でも、椅子がミミックじゃないか確認していい?」

「いいわよ。むしろ確認しなさい」

「信頼できる大人!」


 コヨリは椅子を小石でつついた。噛まない。呼吸しない。安全。座ると、足の力が抜けた。


 アドミニスの白い窓が、帰還門の上に開いた。今回は、軽い笑顔ではなかった。


「勇者ちゃん。過去にも、座標まで近づいた勇者はいた」

「......その人たちは?」

「場所は合った。でも、時間が合わなかった。帰った家に、待っている人がいなかったり、まだ生まれる前だったり、何年も後だったりした」


 コヨリは椅子の縁を握った。怒鳴りたい。けれど、声が出るまでに少し時間がかかった。


「神様」

「うん」

「それも、先に言って」

「ごめん」

「ごめんで済むことじゃない。でも、聞かなきゃ次に進めないから、聞く」


 ログルが、そっとコヨリの膝に前足を乗せた。


「勇者様、座標因子は仮安定しました。次は、時間因子です」

「時間」

「はい。帰る場所だけでなく、帰る日を合わせる必要があります」


 帰還門の光が、少しだけ強くなる。線の先に、玄関のような形が見えた。けれど、その奥で時計の針が何本もばらばらに回っている。


「ログル」

「はい」

「神様の地図の次は、神様の時計を疑う」

「とても正しい判断です」


 アドミニスが何か言いかけたが、ベルが無言で抗議書を一枚掲げたので、口を閉じた。


 コヨリは、壁の【帰る】の下に新しい文字を書いた。


【場所だけじゃだめ。日付も見る】


 字は少し曲がっていた。でも、消えなかった。


 ログルは帰宅線の横に、小さな注釈を浮かべた。


【住所ではない】

【家族そのものでもない】

【帰る意思を含む】


 コヨリはそれを見て、頬をかいた。


「住所じゃないなら、学校の連絡帳に書けないね」

「連絡帳に帰宅線を書く児童は少ないと思います」

「先生に見せたら、保健室に連れていかれそう」

「かなり心配されます」


 ミネルが眼鏡を押し上げた。


「帰還座標とは、物理座標、記憶座標、感情座標、縁座標を複合した多層的な」

「短く」

「家は、地図だけでは表せません」

「最初からそれ言って!」


 コヨリはその短い説明を気に入り、壁に書き足した。


【家は地図だけじゃない】


 文字の下で、帰宅線が小さく明滅した。


 帰還門の横で、アドミニスが小さく言った。


「勇者ちゃん、座標因子は、きみが失敗しながら見つけたものだ」

「失敗って言うと、だいたい死んでるんだけど」

「うん。でも、死因ログだけじゃなくて、選び直した一手も残ってる」


 コヨリは成功ログ棚を見た。まだ少ない。でも、ゼロじゃない。


「じゃあ、次は成功ログ多めで」

「努力します」

「神様も努力する側だからね」

「はい」


 帰還門の光は、壁の文字を淡く照らしている。コヨリはその光を見ながら、まだ遠いけれど、もう真っ暗ではないと思った。


【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還座標シード攻略後

クラス:帰還者見習い

総死亡回数:1050回

安定因子:名前/記憶/縁/扉/座標(仮)

未攻略因子:時間

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【神様案内警戒 Lv.2】

【帰還座標仮視認 Lv.2】

【帰宅願望保持 Lv.1】

【偽記憶拒否 Lv.1】

【帰宅願望擬態警戒 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【帰宅線形成 Lv.1】

統合:【手招き警戒】【返事保留】【親友擬態識別】【母声ごはん警戒】【抱擁距離警戒】→【記憶擬態識別 Lv.1】

統合:【遊び誘導警戒】【校則罠警戒】【泣き声混乱警戒】【食卓モンスターハウス警戒】→【現実擬態フロア警戒 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ

座標因子が住所ではなく帰宅線だと知った。次は時間を疑う。


ログル

帰宅線を記録し、保証できないことを正直に伝えた。


アドミニス

過去勇者の失敗例を開示。後出しでまた怒られた。


ベル

主神の失言を即座に記録する秘書。今回も強い。


ゼルド

魔王城を例にして座標の考え方を補足した苦労人魔王。


ネム

座標因子反動ログの落ち着きを確認した死神。言い方はいつも通り。


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