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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第26章 帰還座標シード――ただいまの声は罠

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帰りたいまま疑う

帰りたい気持ちは、消しません。

会いたい気持ちも、捨てません。

そのまま、偽物だけを拒みます。


 帰宅願望ミミックの入口に、コヨリはもう一度立った。


 部屋は、また優しかった。玄関灯は温かく、台所からは湯気が上がり、教室の窓辺には親友に似た影がいる。公園のブランコが揺れ、自室のゲーム画面が光る。


 全部が、こっちにおいでと言っている。


「ログル」

「はい」

「帰りたい」

「はい」

「会いたい」

「はい」

「ただいまって言いたい」

「はい」

「でも、ここじゃない」

「はい」


 ログルは、それ以上何も言わなかった。


 帰宅願望ミミックが、母親の声で言う。


「こより、ごはんできてるよ」


 コヨリは答える。


「本物なら、先にどうしたのって聞く」


 父親の影が言う。


「迎えに来たぞ」


「本物なら、待っててくれる」


 親友に似た子が泣く。


「どうして来てくれないの」


「本物なら、怖がってるわたしを無理に呼ばない」


 友達に似た声が、ログルを指す。


「その子、置いていこうよ」


「本物なら、知らないログルをいきなり捨てろなんて言わない」


 食卓の椅子が、空席を見せる。


「座って」


「本物の席は、わたしを食べない」


 ゲーム画面が光る。


【つづきから】


「帰宅とゲームの続きは別!」


 部屋のあちこちが、ひび割れた。


 帰宅願望ミミックは、最後に全部の声を重ねた。


「帰りたくないの?」


 コヨリは、首を横に振った。


「帰りたい」


 声は震えている。でも、もう足は出ない。


「帰りたいよ。何回死んでも帰りたい。千回死んでも、千五十回死んでも、帰りたい。だから、偽物の家には入らない。偽物にただいまは言わない。本物の玄関まで、取っておく」


 足元のマス目が青く変わった。ログルの宝石が、同じ色で光る。


「勇者様、正面の一マスだけ安全です」

「行く」

「次の一手で、中核へ触れます。攻撃ではありません」

「うん」


 コヨリは、胸の前で両手を握った。


 一手。


 正面へ進む。床は抜けない。声も伸びてこない。コヨリは部屋の中央にある小さな鍵へ手を伸ばした。鍵は、家の鍵に似ているが、歯の形が少し違う。これは本物ではない。本物ではないが、帰還座標を測るための欠片だ。


 帰宅願望ミミックが叫ぶ。


「こっちにおいで!」


「行かない!」


 コヨリは鍵をつかんだ。


 部屋が崩れる。家も学校も公園も自室も、全部が白い光へほどけていく。母親の声も、父親の影も、親友の泣き声も、最後にはただのノイズになった。


 それでも、消える直前、どこか遠くで本物ではない「おかえり」が聞こえた。


 コヨリは答えない。


 代わりに、小さく言った。


「本物に会うまで、待ってて」


 白い光が晴れると、コヨリは帰還門の前に立っていた。手の中には、透明な鍵ではなく、細い光の線が残っている。住所の点ではない。玄関まで続く、帰り道の線。


 ログルが、その線を宝石に記録した。


【座標因子:仮安定】

【元世界座標候補:天野こよりの帰宅線】


「家、ひとつじゃなかった」

「はい」

「でも、偽物は分かった」

「はい」

「じゃあ、次は本物に近づける」

「はい。近づけます」


 死亡ログは増えなかった。


 コヨリは、はじめて帰宅願望ミミックに勝った。


 ボス部屋の空気は、甘い匂いがした。帰宅願望ミミックは形を失いながらも、まだ消えていない。壁に母親の声が貼りつき、床に友達の笑い声が染み、天井から父影の手が垂れている。


「勇者様、残り反応が三つあります」

「多い!」

「座標、記憶、縁の擬態です。どれも勇者様の帰りたい気持ちに結びついています」

「結びつき方がひどい!」


 コヨリは短剣を握り直した。敵を倒す、というより、絡まった糸をほどく作業に近い。切りすぎると、自分の記憶まで傷つけそうで怖い。


「ログル。わたし、これを全部否定したら、帰れなくなる?」

「可能性があります」

「じゃあ、倒し方がむずかしい」

「はい。帰りたい気持ちは保持したまま、偽物の接続だけを切る必要があります」

「ゲームだったら説明欄に長く書かれてるやつ!」


 アドミニスの白い窓が、壁の端に開いた。


「勇者ちゃん、無理に全部消さなくていい。座標として使える反応もある」

「神様」

「うん」

「今さら攻略ヒント出すなら、もっと早くチュートリアルして」

「はい」


 ミミックが、コヨリの母親に似た声を出す。


「帰りたくないの?」

「帰りたい」


 コヨリは即答した。そこだけは迷わない。


「じゃあ、どうして来ないの?」

「ここが偽物だから」


 親友の声が重なる。


「会いたくないの?」

「会いたい」

「じゃあ」

「でも、あなたは違う」


 父影の声が落ちる。


「迎えに来たぞ」

「ありがとう。でも、わたしが帰る」


 友達の声が笑う。


「その変な子も連れていくの?」

「ログルは、変だけど大事」

「勇者様、変は余計です」

「ごめん。大事が本体」


 そのやり取りで、ミミックの表面にひびが入った。言葉を奪えない。気持ちを消せない。コヨリが自分で「帰りたい」と認めているから、敵はそこを餌にしにくくなっている。


 ログルの宝石に、細い光の線が浮かんだ。


「勇者様、その線です。帰宅線の芯が見えています」

「線?」

「住所ではなく、勇者様の記憶と意思を結ぶ線です。切らずに、引き寄せてください」

「引き寄せるって、どうやるの」

「言葉で」

「また言葉! このダンジョン、国語のテスト多すぎ!」


 コヨリは短剣を下ろした。代わりに、両手を胸に当てる。怖い。敵はまだ目の前にいる。牙も口もある。でも、これは殴るだけでは終わらない。


「帰りたい」


 声は震えた。


「お母さんに会いたい。お父さんに会いたい。友達にも、親友にも会いたい。自分の部屋に戻りたい。ゲームのつづきもしたい。ごはんも食べたい。ただいまって言いたい」


 ミミックが、にやりと口を開ける。


「なら」

「だから、偽物には渡さない」


 コヨリは顔を上げた。


「帰りたいまま、疑う。会いたいまま、見分ける。ただいまは、本物の玄関まで取っておく」


 光の線が、コヨリの足元から伸びた。偽の家を通らず、偽の食卓を避け、偽の教室を抜け、どこか遠くへ向かう細い線。


 帰宅願望ミミックの体が崩れる。優しい部屋の壁が紙のようにはがれ、黒い本体がむき出しになった。


「ログル、今なら?」

「はい。今なら、ただのミミックです」

「ただのミミックも嫌だけど、だいぶまし!」


 コヨリは短剣を構え、笑った。泣きながら、少しだけ強い顔で。


「帰る気持ちを餌にしたこと、反省して!」


 短剣が、黒い本体を斬った。


 黒い本体を斬られたミミックは、最後に小さな声を出した。


「帰りたくないって言えば、楽になるよ」


 コヨリは首を横に振った。


「楽にならない。嘘になるだけ」

「帰りたいって言うから、苦しいんだよ」

「苦しくても、本当だから持っていく」


 ログルの宝石が強く光った。光の線が、コヨリの足元からさらに伸びる。偽の部屋が一枚ずつはがれ、暗い床の下から白い門の輪郭が現れた。


「勇者様、帰宅線が固定されます」

「固定って、もうワープ床にならない?」

「仮固定です」

「仮って言葉、神様界隈で信用しにくい!」


 それでも、光は消えなかった。コヨリは短剣を下ろし、息を吐く。

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還座標シード

クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現

総死亡回数:1050回

座標因子:仮安定

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【神様案内警戒 Lv.2】

【帰還座標仮視認 Lv.1】

【ただいま保留 Lv.1】

【帰る意思固定 Lv.1】

【帰宅願望擬態警戒 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【帰宅願望保持 Lv.1】

新規獲得:【偽記憶拒否 Lv.1】

更新:【帰還座標仮視認 Lv.1】→【帰還座標仮視認 Lv.2】


【登場人物紹介】

コヨリ

帰りたい気持ちを捨てずに、偽物の家だけを拒んだ。座標因子を仮安定させた。


ログル

最後の一手を静かに支えた。帰宅線を記録した。


帰宅願望ミミック

本物の願いを餌にした敵。帰りたいまま疑われ、擬態を崩された。


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